TSおっさん変身美少女戦士渋沢瀧蔵四十二歳身長148センチGカップ

袴垂猫千代

第1話 ミニゴリラは巨大ネズミに敗北する

 福岡の浜崎海岸沖約一キロの海底に、ダンジョンが出現してから十五年が経った。

 最初は見たことのない鳥の死骸が網に掛かった。

 解剖すると、肝臓の下の正中線に透明な球体があった。

 鳥の他に正体不明の四足獣も掛かるようになり、水中探査船で調べたら、海底に円形の平面が出来、中央に四分の一球体が出現していた。

 平面の直径は200メートル、四分の一球体の直径は20メートルあった。

 断面の半円の中には疎林が見えるが、調査船は入れなかった。


 監視カメラを設置しておくと、魚が入って死に、それを食べた鳥や動物が、こちらを泳いでいる魚を狙って出て来て、溺れていた。


 地球の陸地は三割しかないので、海に繋がる確率は高いが、これは日本だけでなく、人類にとって幸運だった。

 陸に同様の物が出現した時の対処の時間を得られた。

 しかし次第に大きな動物が現れ、生き残って陸に辿り着くようになった。


 陸なら一帯を封鎖すればいいが、海中に出て流れてしまったのは何処に辿り着くか判らない。

 それもしばらくすると死んでしまった。

 環境が合わないのだろうと思われたが、次第に一定の範囲内なら生き残る個体が出て来た。

 マナとか霊気といったエネルギーが、平面か断面から出て広がっていると推測された。


 体内の球体はマナコアもしくは霊核と呼ばれ、小説などでよくある設定の通り、熱すると無害なエネルギー源になった。

 異世界の生物はモンスターと呼ばれるようになる。


 三か月後、高崎山の麓に同様の構造物が突然出現した。

 その時の空中写真を見た多くの人間が、イボのある十円ハゲだ、などとのんきな感想を持った。

 モンスターは出てくるが倒せない訳ではなく、生き残れる範囲も限られていた。

 小説などでよくある洞窟型や空間の裂け目などではなかったが、構造物はダンジョンと呼ばれるようになった。

 一年で二十四のダンジョンが環太平洋造山帯付近に現れたが、海中に出現したのは浜崎沖だけだった。

 三年後には、アルプス造山帯の南側の海岸付近にも、ダンジョンが出現するようになった。

 こちらは少しずつ西に向かっている。


 モンスターが生き残れる場所を生存可能域と呼ぶようになり、そこは人間にとっても生命力を補えるのではないかと、わざわざその地域にホテルや病院が建つようになった。

 渋沢瀧蔵しぶさわたつぞうが、そうしたホテルの一つ、オーラム浜崎にハウスキーパーとして勤めて、十年になる。

 最初の就職先を人間関係で辞めた後、清掃会社に勤めていたが、母親が亡くなって天涯孤独となったのを機に、稀に市街地にモンスターが現れるため、危険手当が出る生存可能域のホテルに転職した。


 普通に霊気と呼ばれるようになった謎のエネルギーが平均以上に体に合うのか、四十二歳になっても衰えた感じはなく、むしろ生存可能域に来る前より筋肉質になり、ミニゴリラと陰で呼ばれていた。

 万が一モンスターがホテルに入り込んだ時のための戦闘訓練も受けており、そちらでは頼りにされていた。

  他人と関わりたくなくて、ただ真面目に働けばいい仕事を選んだので、恋人など出来るはずもない。

 休みの日でも、一人で商店街に買い物に行くだけだった。

 長逗留の客が多い観光地の商店街なので、商品を適当に入れ替えているので、見て回るだけでもそれなりに面白い。


 その日も酒のつまみを選んでいると、悲鳴が聞こえた。

 そちらを向くと、人より大きな足の長いネズミがいた。前足が長いだけでなく太い。

 それは本能的に瀧蔵を敵と判断したのか、一瞬で飛びかかって来て、太長い前足を振った。

 咄嗟に右腕で顔をかばったが、ふっ飛ばされて失神した。


 気が付いたら、酸素マスクをして寝ていた。病院なのだろう。

 左手を動かそうとしたら、拘束されている。

『重症です 動かないでください』

 と書いた紙がサイドレールに貼ってあった。

 右手は?


「渋沢さん、気が付かれましたね」


 ナースの声だろうか。放送っぽいなと瀧蔵は思った。

 身分証で名前は判るか。


「はい、口、痒いんですけど」

「今行きます」

 

 中年のナースが来て、酸素マスクを外して口の周りを拭いてくれた。


「あの、手はとっちゃだめですか」

「背骨に損傷があるんですよ。体を動かさない方がいいので」

「当たり所が悪かった?」

「ええ」


 ぶっ飛ばされたのは覚えている。柱か棒に背中が当たったのか。

 話している内に白衣を着た男がやって来た。


「あの、右手、感覚がないんですけど、麻酔?」

「あの」

「いいよ、僕が説明する」

「すいません、先生」


 ドクターだろう、ナースより若い男が代わった。


「渋沢さん、右腕は上腕の半分より上から、がれてしまっていました。前腕の肘より少し下しか見つかっていません」

「食われた?」

「はい、多分」

「背骨は、折れてるんですか」

「胸椎の十一番、十二番、腰椎の一番が潰れています。何か、棒のようなものに斜めに当たったのでしょう」

「そんな気は、しましたけど。動けるようになりますか」

「まだ何とも言えないのですが、属性検査はされてますか」

「いえ、その話が出た時に三十過ぎてたんで。適応者は二十代前半までだって聞きました」

「初めの頃はそうだったんですが、最近は上限が伸びています。もう十年ここで過ごしていらっしゃいますよね。体付きも四十代ではないですし、受けてみられたら、どうでしょう」


 それしか望みがないのだと、瀧蔵は悟った。

 モンスターの霊核の中には、人間と融合し、強化、変身する力を与えるものがある。

 肉体が完全に別のものに作り替えられるので、怪我や病気も治る。

 ただ、男はY染色体が損傷と見なされるので、X染色体化して女体化する。

 女は肉体の最盛期になるので、融合者は全員ミドルティーンの見た目をしている。

 融合可能年齢は、精通、初経から三年後十年以内と言われていた。


 融合可能な霊核は国がすべて管理しており、有料になる。

 特別な事情がなければ、五年のお礼奉公的なモンスター討伐で払わされる。

 大ぴらに国有戦闘奴隷と言われている。

 近代兵器が通用しない訳ではないが、大型犬サイズに重機関銃が必要なので、市街戦は接近戦で倒せる融合者が望ましい。

 出てきてしまったモンスターの討伐人員を確保するために、融合核フューズコアは億単位の値段が付けられている。小さい物でも五、六億する。

 本来金では売れない兵器だが、瀧蔵のような事情があり、戦闘が嫌な人間には、法外な値段で良ければ売ってやると言う事なのである。

 国が法外なのはいかがなものかとは思うが。

 対艦ミサイル一発分、戦車より安いと言われれば、戦力としては妥当な値段か。

 人間が超人化するのだから、野放しには出来ない。


 一生利き腕を失って寝たきりか、美少女戦士になるか。

 こんなのは二択とは言わない。

 医者が話をしたのは、可能な治療方法として基本的な融合適性を調べたからだが、融合適性があっても、自分に合う核があるとは限らない。

 内臓移植のドナーほどではないが、相性がある。


 異世界獣は地水火風金光雷心の属性があり、瀧蔵が助かったのは、襲ったのが火属性の火鼠で、傷口が焼けて出血が抑えられたからだ。

 食われなくとも接合は出来なかっただろう。


「融合検査をお願いします」


 それ以外に瀧蔵に言えることはなかった。



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