第53話 深恋の代わり

 人気のない中庭まで走ってきて、俺はやっと足を止めた。

「どどどどどどどどどうしよ!?」

「亮太ってアホだよね」

 そう言って姫野が笑う。


 

 本人に会わせる、と言った俺の言葉にリーリャは目を細めた。

『本人、ですか。それは面白そうですね』

『詳しい時間や店の住所はまた連絡するよ。にも確認しないといけないからな』

『分かりました。それでは楽しみにしていますね、先輩』

 そう言って、くすっと笑った。


 リーリャが教室を出て行く足音が聞こえなくなったところで、自分の席に座っている姫野にアイコンタクトをした。姫野もこちらを気にしていたようですぐに察してくれた。


 そして、いつも通り購買にでも行くようなテンションで姫野を連れ出し……教室から遠ざかった所で人目のつかない中庭の影まで猛ダッシュして今に至る。



「と、とりあえず深恋に連絡しないと」

 震える手でスマホを取り出し、チャットを開いた。

「なんとかするから何も話さなくて大丈夫、と……」

「それで何か作戦はあるの?」

「いや、何も……」


 どうにかして深恋の秘密を守らないといけないと思って咄嗟に口から出た言葉だ。策なんてまるでない。それでも、深恋をメイドカフェに誘ったあの時、「後悔させない」と言ったからには、俺はこの嘘をつき通さないといけなかった。


 姫野はハァっとため息をついた。


「亮太はアホだし、カッコつけだし、すぐ調子に乗るし」

「返す言葉もございません」

「でもそうやって仲間のために無茶するところ、私は好きだよ」

 そう言って、ふっと笑う。

 姫野の言葉に重くなっていた心が引き上げられた気がした。

「深恋は今日のバイト休みだし、店に着いたら作戦会議だね」

「ありがとう、姫野」

「お礼なら購買のプリンでいいよ」

「はいはい」




 教室に戻ると、何やらざわついていたクラスメイト達がパッと俺の方を向いた。そして、その数人が俺に詰め寄る。


「なあその土曜日、俺達も行ってもいいよな?」

「一ノ瀬のメイド姿でも、一ノ瀬似のメイド姿でも美少女メイドに会えることには変わりない。得しかない」

「私もなんか面白そうだから行きたいんだけど!」


 どうやら席を外している間に話が広まったみたいだ。ちら、と深恋の席に目を向けるがその姿は無かった。ひとまずどこかへ逃げ込めたらしい。

 俺を疑っている理穂や渚の目もある。ここで断るのは自信のなさを見せているのと同じだ。


「いいけど、店のキャパがあるから人数を絞ってくれ」

 俺の言葉に、授業開始のギリギリまで白熱したじゃんけん大会が開催された。




 放課後、店についた俺達は汐姉と皇に事情を説明した。


「誰よ、動画なんて撮った奴! ここに連れて来てよ! 今すぐに!」

 思った通り、話を聞いた皇はキレ始めた。


 俺はスマホを取り出し、投稿された例の動画をみんなに見えるように再生した。


「投稿日はこの前の土曜、ちょうど盗撮騒ぎがあった日だ」

「待って、この動画……」

 そう言って、落ち着きを取り戻した皇がスマホに手を伸ばす。


「客席を立って店を出るまで、歩きながら隠し撮りしてあるでしょ。それで、一瞬だけど近くの席のお客さんの腕時計が映っているのよ」

 皇は腕時計の文字盤が読めるようにスマホを傾けた。

「やっぱり。あの盗撮男が店を出て行った時間と同じね。それと、こっちに映ってる常連さんがいつもは座らない窓際の席にいるから、撮られたのもやっぱりあの日だわ」


 皇の鋭い考察に俺達は茫然としてしまった。


「お前、すごいな……」

「そんなことはいいのよ。あの男が亮太に言われて写真を消した後、帰り際にまた盗撮した可能性が高いってことでしょ。ほんっとムカつく!」

 それは俺も同じ気持ちだ。

 その時、汐姉が皇の肩にポンと手を置いた。

「まあ、動画の件は私に任せてくれよ。大人には大人のやり方っていうのがあるからな」

 そう言って口角を吊り上げる。これは……詳しく聞かないほうがよさそうだ。


「亮太」

 汐姉は真剣な表情で俺を見据えた。

「自分で首を突っ込んだんだ。中途半端なことはするなよ」

「分かってるよ」

 俺の返事を聞いて、汐姉は満足そうに笑った。


「ならいい。私は奥の部屋で知り合いの弁護士に連絡してくる。SNSに詳しい奴がいてな」

 そう言って、奥の部屋へ歩いて行った。相変わらず汐姉の友好関係は謎が深い。


「どうする亮太?」

 姫野が言った。

「本人に会わせるって言っちゃったからな。誰か代役を用意しないといけないんだけど」

「私か茉由が深恋の代わりになる?」

「2人にはリーリャが店に来るとき、サポート役をしてほしいんだ」


 本音を言えば、2人を巻き込むことは避けられないとしても、出来るだけ嘘をつかせたくなかった。噓つきは俺だけで十分だ。


「そうは言っても誰かを深恋役にしないといけないわけでしょ? 別の知り合いでも連れてくる気?」


 皇が首を傾げる。ただでさえクラスメイトまで見に来ることになって、誰にどこをつつかれるか分からない状況だ。店やメイドのことを問い詰められた時に、部外者を連れてきたことでボロを出してしまうのは避けたい。


 この店のことを熟知していて、できれば過去に店で働いていたことを証明できる人物。そんな都合のいいヤツはいないだろ……いや、いた。


「いろいろと乗り越えないといけないハードルはあるけど、一応の筋書きは見えた。協力してくれるか?」

「うん」

「もちろんよ」

 2人は頼もしい顔で笑ってみせてくれた。


「俺にとっては不本意な方法だけど、これがベストな気がするんだ」

 嘘をつき通す。そのために覚悟を決めることにした。




「なあ、姫野」

 その帰り道、隣を歩く姫野に声を掛けた。

「この件が終わったらみんなに話したいことがあるんだ」

 汐姉から言われた話に自分なりの結論が出た。きっといいタイミングだったんだ。

「奇遇だね。私も亮太に話があるの」


 それにはまずこの騒動にカタをつけないといけない。俺達は決意を新たにした。

 

 

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