第48話 一番大切な仕事
結局、姫野を手本として開店時間ギリギリまで藍田の接客練習の相手役をすることになった。藍田の接客は若干ラーメン屋感が残っているけど、まあ及第点というところまで改善した。
天気のいい休日ということもあり、開店からお客が続々と入ってきた。
「らっしゃいませ! あ、えっと……ご主人様!」
俺は藍田の様子に目を配りつつ慌ただしくフロアとキッチンを動き回りながら、頭では別のことを考えていた。
皇はどうして俺を避けているんだろうか。誕生日にあげたヘアピンがやっぱり何かダメだったのか? 俺に嫌なことがあるなら、皇は面と向かって言ってくるような奴だと思っていたのに。
チラとフロアの皇に目を向ける。あんな笑顔だって、ついこの前までは俺にも見せていたのにな。
このまま1人で考えていても答えが出そうにない。仕事が終わったら、本人に直接聞いてみるしかないな……
藍田はしばらくすると接客にも慣れたようで、お客と楽しそうに話している様子が見られた。
特にトラブルもなく、閉店時間が近づいていた。
「うるせぇな! あっち行ってろよ!」
男の怒鳴り声がして、食器を洗う手を止めた。
フロアへ出ていくと、客席に座る一人の男と、その側に立つ皇にみんなの視線が集まっていた。
「ですから、先ほど撮影した写真を削除していただけませんか?」
「だから、写真なんて撮ってないって言ってんだろ!」
「いいえ。先ほどあちらのメイドを撮影しているところを見かけました」
「はぁ? 証拠でもあるのかよ!」
汐姉は業者との電話で奥の部屋へ行ってしまっていて、この場で対応できるのは俺しかいない。
一瞬ためらったが、すぐに2人の方へ足を踏み出した。皇は俺に干渉されるのが嫌だったとしても、俺はそうしたいと思ったから。
男の目の前に体を入れ込んで、皇を下がらせる。男は俺のことを見て少し動揺しているみたいだった。
ふぅん、見ない顔だな。
「お客様、いかがされましたでしょうか?」
男は俺の後ろに立つ皇を指さした。
「こいつが写真を消せってしつこいんだよ! ったく気分悪い」
「うちのスタッフが不快な思いをさせてしまい、申し訳ございません」
「ふん。最初からそういう態度を見せればいいんだよ。大体、お前のことなんて撮ってないのに、いちいち騒ぎやがって……」
「じゃあ、写真は撮ったんだな?」
「え、あ……」
男は動揺したように目を泳がせる。
俺は営業スマイルを貼り付けた。
「当店はメイドを含むスタッフや、他のお客様が映る写真撮影を禁止していると、入店時にご説明しております」
「そっ、それがそもそもおかしいだろ! メイドカフェのくせにメイドの写真も撮れないなんて!」
「当店のルールに不満がおありでしたら、他の店をご利用ください。今この場で、写真を削除していただけますね?」
「クソっ……!」
男は乱暴な手つきでスマホを操作し、深恋や藍田の盗撮写真を削除した。
「ほら! これでいいだろ!」
「はい、ありがとうございます。つきましては、今日のお代は結構ですので、さっさと失せろクソ野郎」
男は荷物を鷲掴みにすると、早足に店を出て行った。
はぁーあ、スッキリした。
その時、店中が静まり返って、俺に視線が集まっていることに気づいた。
あれ、俺、他のお客も見てる中で色々とマズかったのでは……?
すると、客席の誰かが手を叩き始め、それにきっかけに拍手が重なった。
「よく言ってくれた!」
「あんな奴、出禁だ出禁!」
よかった……お客は同じ考えだったみたいだ。あとは……
店の奥へ続く廊下の方へ目を向けると、そこには汐姉が立っていた。
「しお……店長、今出て行った人は、その……」
俺の独断で客を追い出した。もし対応したのが汐姉だったら。もっといい方法があったのかもしれない。
汐姉は真っ直ぐに俺の方へ近づいてくる。そして、頭をぐしゃっと撫でまわした。
「全部見ていたよ。メイドを守ってえらいじゃないか」
「まあ、約束したから……」
プレジィールのオープン前、汐姉は俺を一人で呼び出した。
『亮太、メイドじゃない私達にとって一番大切な仕事はなんだと思う?』
『え……メニューの提供スピードとか、掃除とか?』
『いいや、そうじゃない。何があってもメイドを守ること。これが私と亮太の一番大切な仕事だ。私がいないときは任せたからな』
俺の言葉に、汐姉はニッと笑った。
「そうだな。えらいぞぉ、えらいぞ亮太ぁ」
そう言って、一層手荒く頭を撫でまわす。
「いや、もう分かったから! やめろって!」
俺は慌てて汐姉の近くから逃げ出した。
店の隅に逃げ込んで、はぁっと深い息をついた。店内はまたいつもの活気を取り戻している。ホッとした半面、疲れが押し寄せてきた。
「ちょっと」
シャツの袖口を引っ張られて、俺は後ろを振り向いた。
「さっきは、ありがと」
遠慮がちに皇は俺と目を合わせて言った。
「あ、ああ……写真撮ってたの、気づいてくれて助かったよ」
自分から声を掛けてくるなんて思わなくて、少し驚いた。
皇はふっと目を逸らす。
「言いたかったのはそれだけ。店長がもうすぐ閉店だから先に着替えてていいって言ってくれたから行くね」
「ああ、うん……」
ここ最近よりも少しだけ、皇の空気が優しい感じがする。
俺は遠ざかっていく背中をぼんやりと目で追っていた。
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