大切だから
第45話 軽率
放課後、少し早く店に着いた俺と皇は汐姉から仕事を与えられていた。
「これって、俺達が判断していいものなのか……?」
「このままにしておくよりはマシだと思うけど」
俺達が向かい合うテーブルの上には、汐姉が溜め込んだ書類の山が置かれている。
「広告とか要らないものは処分で、その他の必要そうな書類とか判断に困るものはこのカゴに入れて。前にも何度か頼まれたことがあるけど、期限までに提出が必要な書類も紛れてることがあるからよく確認してね」
「そんなことまでさせてたのか……」
「いいのよ。店長に任せるより自分の目で確認できた方が安心だし」
5歳も年下の女子高生に心配されるのはどうなんだろうか。
「それに、頼られるのは嫌いじゃないから」
独り言のように言うと、皇は紙の山を綺麗にまとめると2つに分けた。そして片方の束を俺に差し出す。
「ほら、開店までにさっさと終わらせるわよ」
「そうだな」
渡された書類に目を通す。その視界の向こうでは、皇が手際よく書類を仕分けていた。
「ところで皇」
「なに」
皇は書類から目を上げずに答えた。
「昨日渡したヘアピン使ってくれてるんだな。渡したとき、反応がイマイチだったから気に入らなかったんだと……」
「はぁ?」
そう言って俺の方を睨みつけた。
「別に使ってなんかないし。勝手なこと言わないでくれる?」
「いや、その頭の」
耳の上あたりについたオレンジ色の花を指さすと、皇は疑わしそうに頭を手で探った。そしてヘアピンに触れる。
「はぁっ!?」
途端に顔が赤くなって、目線を逸らした。
「こ、これは違くて……その、ちょっと試しにつけてみようと思ったら、外すの忘れてたっていうか、あの、別に深いイミなんてないんだからっ!」
皇はそう言い切って、はぁはぁと荒い息をついた。意味がないのなんて分かってるし、そんなに強調する必要ないだろ?
「何でもいいけどさ。せっかくなら使ってやってくれよ。思った通り、よく似合ってるし」
俺の言葉に、皇はわなわなと口元を震わせた。
「もう! なんであんたはそんなこと言うのよ!」
「なんでって、事実を言っただけだろ」
「バカ! 軽率!」
そう言って、皇は両手を強く握りしめた。手にした紙がグシャっと音を立てる。
「ってお前! その書類、そんなにして大丈夫なのかよ!?」
「ああっ!?」
皇が慌てて紙を開いてみると、駅前にオープンしたカフェのチラシだった。
「よ、よかったぁ……」
そう言って胸を撫でおろす。
「ほら、そろそろ作業に戻るか」
「……うん」
黙って書類の仕分けを再開すると、フロアには紙の擦れる音だけが聞こえる。2人きりの沈黙は普段なら間を埋めようと思って落ち着かないけど、この空気は不思議と悪くなかった。
「なあこの書類さ、間が抜けてるみたいなんだけど、そっちに紛れてない?」
「見せて」
そう言って皇が俺の方に身を乗り出す。俺は2枚の書類をテーブルの真ん中にスライドさせた。
「ほら、ここ。右上に書類1と書類3は書いてあるのに、2がないんだよ」
「本当だ。こっちで探してみる」
皇が書類から顔を上げると、バチッと目が合った。そしてじっと俺の顔を見つめている。
「なんだよ」
「目の下にまつ毛ついてる。取ってあげるから、こっち寄って」
「え? あ、うん」
そう言われて身を乗り出すと、今までにないほど皇の顔が近くなった。
「目に指が刺さらないように気を付けてね」
「それはどう気をつけろと!?」
「じゃあ目、閉じてよ」
その言葉に大人しく目を閉じる。
皇の指が顔に触れた―――
「なにしてるの」
その声に目を開けると、店の入り口に姫野が立っていた。
「補習早かったな。今、汐姉に頼まれて書類の整理を……」
ガタッと椅子の動く音がしてその方を向くと、皇が慌てた様子で立ち上がっていた。
「皇?」
皇はバッグを掴むと俺達に背を向けた。
「書類の整理は着替えたら私がやっておくから。じゃあ、着替えてくる」
「そうか、ありがと」
そして足早に店の奥へ歩いて行った。
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