第36話 隠しごと
「……え?」
「今までずっと言わなくてごめん。騙すみたいになってごめんね。ちゃんと1から説明するから、聞いて欲しいの」
その表情と声から、これが冗談なんかではないとすぐに分かった。
キラが姫野……? いや、確かに似ていると思ったことはあった。同じ時期に青黒いクマを作っていたことも、俺の家を知っていることも説明がつく。それでも、一年の頃からの付き合いで親友の姫野と、噂の三大美少女の一人であるキラが同一人物なんて信じられなかった。
「……ごめん、まだ信じられない」
「そうだよね。まずはどうしたら信じてもらえるかな……例えば、亮太の本棚は作品名のあいうえお順に並んでいるとか、大体金髪のツンデレキャラが好きとか、勢いでキャラTシャツを買ったけど恥ずかしくて一回も着てないとか、あとは……」
「もうわかったから! 信じるから!」
それは姫野しか知らないことだ。これ以上聞かされるのは耐えられないし、もう信じるしかない。
「ありがとう。少し長くなるから隣に座って話そうよ。いつもみたいにさ」
そう言われて俺達はソファに並んで座った。すぐ隣にはキラがいる。でもキラは姫野で……脳がバグっているみたいで変な感じがする。
「小学生の頃に初めてソークロのレイチェルを見て、メイド服にすごく興味を持ったの。レイチェル以外にもいろんなメイドのイラストなんかを調べて、すごく綺麗で可愛らしくて憧れてた。髪を伸ばしたり、ロングスカートできれいに歩く練習をしてたんだよ」
「へぇ……」
キラが初めて店にやってきた時、「メイドが好き」と話していたことを思い出した。
「中学1年生のクリスマスプレゼントにメイド服を頼んだの。それで、もらったメイド服を着てその頃よく遊んでもらってた近所のお兄さんに見せに行ったんだよね。そうしたら、『晶ちゃんはメイドより執事の方が似合いそうだね』って言われたんだ」
そう言って彼女は目を伏せた。
「今なら分かるの。お兄さんが言ったことに深い意味なんてないって。それでも、分かっていても苦しいの。お前にはふさわしくないって言われてるみたいでさ。中学に入った頃から一気に身長が伸びたし、可愛いのが似合う顔じゃないっていうのも分かってた。だからもうこれっきりにしようって思ったの。もらったメイド服をクローゼットの奥にしまって、髪もバッサリ切った。そうしたら『すごく似合う』ってみんなが褒めてくれたんだ。だからみんなに求められている私になって、でも心は満たされなくて……『求められる私』と『本当になりたい私』、2人の私が出来ちゃった」
それが王子としての姫野と三大美少女のキラだったんだ。
「おかしいでしょ……でもやめられなかった。どっちも私だからどちらかを切り捨てることなんて出来なくて、だから余計にこじらせた」
うつむいていて表情は見えないけど、ぎゅっとソファを掴むその手は何かを堪えているみたいだった。
「キラとしてメイドカフェのバイトを始めたのは、亮太のためになりたかったから。最初のうちだけ働いてすぐ辞めればそんなに印象に残らないかなって思ってたんだけど、思ってたよりもずっと楽しくてさ。なかなか辞められなくって。亮太に本当のことを打ち明けられないまま、ずるずると来ちゃった。亮太に嫌われるのが怖かったの」
そう言うと、彼女は顔を上げて俺の方を向いた。苦しそうな顔で微笑む。
「だからさ、こんな卑怯な私とは縁を切ってよ。亮太のことを大切だと思っているからこそ、こんな私が側にいる資格なんてない。いつか、歪んでない私になれたら、その時はまた……」
「馬鹿なこと言うなよ」
俺の言葉に彼女はビクッと身をすくませた。
「俺とお前は、もうずっと前から大切な仲間だろ?」
そう言って彼女の目の前に、両手剣のキーホルダーをぶら下げた。
「今更縁を切りたいなんて言われても困るんだよ。お前がいなくなったら誰が俺と一緒にアニメの話してくれるんだよ」
俺を見つめる瞳は不安でいっぱいになっている。
「いいの……? 私、ずっと亮太に隠し事してたんだよ。それに、学校では王子なんて呼ばれてるのに、本当はフリルのついたメイド服が好きなんておかしいでしょ……?」
「じゃあこれからは隠し事なしにしてくれよ。それと、王子でも姫でもお前は似合ってると思うよ」
「……ずるいよ、そういうところ」
そう言って顔を逸らした。
「話が終わったんなら、ソークロのBlu-ray観ようぜ。な、姫野?」
「……うん」
Blu-rayをセットし、再び姫野の隣に座った。黒髪を耳に掛ける仕草を見てふと思った。
「その髪、よく出来てるな。本物みたいだ」
俺の言葉に姫野がこっちを向く。
「本物だよ」
「え?」
「学校でのショートカットはウィッグで、こっちが地毛。あと他に亮太に言ってなかったことは……あ、キラって呼ばれてたのは、前にキラの姿で名前を聞かれた時に『晶』って言ったつもりが『キラ』って聞こえてたみたい。あとは亮太のことが好きなこととか」
「ん?」
今、さらっと「好き」って言わなかったか?
「隠し事なしって言ったのはそっちだよ」
そう言っていたずらっぽく笑った。
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