第6話 ミッションクリアの余韻
それから汐姉がバイトに必要な書類の説明をしたところで今日は解散となった。
一ノ瀬も店を出る頃には俺が間に入らなくても汐姉と意思疎通できるようになっていて、少し安心した。
駅へ向かう大通りは夕飯時ということでそこそこにぎわっている。すれ違う男からはちらちらと視線を向けられているが、まあ無理もない。彼氏とは見られてないだろうが、虫よけにはなっているらしい。
「あ、あの亮太君、今日はありがとうございました」
「え? いや、別に俺は……」
一ノ瀬のスカウトに成功したことで俺には報酬が入る訳で、素直に感謝されるのは悪い気がする。
「亮太君が声をかけてくれたおかげで、私は一歩踏み出すことが出来たんです。
あの……もしよかったら、私のことは名前で呼んでくれませんか?」
え、
「あ、私の名前、深恋って言います」
いや、名前が分からない訳じゃないんだけど……まあ、いいか。
「じゃあ……深恋」
「はい、亮太君」
そう言って深恋は嬉しそうに微笑んだ。今日はいろいろと距離感がバグっていて困る。
「それならそっちもタメ口にしてくれよ。クラスではそうなんだし」
「んー、それもそうですね……」
深恋は考えるように口元に手を当てた後、困ったように笑った。
「善処します」
ああ、これは変えてもらえないやつだ。
駅のホームで深恋と別れると、ふぅっと息が漏れた。高難度ミッションをクリアしたという達成感と緊張から解放された程よい疲労感で、その夜はよく眠れた。
そして翌朝。
ぐっすりと眠れたおかげて清々しい朝を迎えた俺は、いつもより20分も早く家を出た。
時間に余裕をもって行動できることはなんてすばらしいんだろう。朝の澄んだ空気。頬を撫でる心地よい風。「限界まで寝たのち学校まで全力ダッシュ」なんて朝とは大違いだ。
学校が見えてくると、道を歩く学生の数が一気に増える。そんな中で、俺はある違和感を感じていた。
なんか、見られてないか……?
チラチラと無遠慮な視線を感じる。それはもちろんいい意味なんかじゃなく、敵意、嫌悪、殺気まで……ってほんとにどういう事!?
理解できない状況に俺は頭を抱えた。
「なにやってんの」
その声に顔を上げると、唯一の友人であるはずの
センターパートにセットされた髪、切れ長な目、そして膝上で揺れるスカート。こいつの性別が女じゃなければ、人生イージーモードだっただろうにな。
姫野は俺より1cm低い172cmのスラッとした体格や、整った顔立ち、短髪の中性的な見た目から、女子に「王子」と呼ばれている。女子には好意を、男子には嫉妬を向けられて人間関係に疲れた姫野は、ちょっといろいろあって友達がいない俺と話すようになった。
いつもなら姫野が通るだけですれ違う女子が色めき立つのに、今日ははっきりとした負の感情が辺りに充満している。
俺は姫野に顔を向けた。
「そうだ、風邪はもう治ったのか?」
「うん、もう元気。ありがと」
「そうか、よかった。ところで、俺の自意識過剰だったら笑ってくれ……みんな、俺を敵視してないか?」
俺の言葉に姫野は顔色を変えずに口を開いた。
「そうだね。あんな告白したら、まあそうなるよね」
姫野の言葉で思考が停止する。あんな……告白?
「昨日の夜、SNSでこの動画が拡散されてきたんだけど、どういう事か私も聞きたい」
そう言ってスマホの画面を俺の目の前にかざした。画面に映っているのは、夕暮れ時の教室で、入り口の扉の陰から覗き込むような画角になっている。中央には向かい合う男女。
画面の中心にズームされると、不安げな表情で男を見上げる美少女にピントが合う。
『俺のところに来いよ。後悔させないから』
撮影者の息を飲むような音がして、そこで動画は終わった。
「……ってこれ昨日のアレじゃねえか!?」
赤字回避まで、あと5万円。
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