第4話 優しい勘違い
俺は今自室で、Xたちの勉強が終わるのを今か今かと待ち望んでいる。
三人でのゲームがそれほど楽しみなのだ。
今回もまた二時間ほど待った後に、姉の部屋へと訪問をする予定だった。
俺は暇を潰すため、また姉の思う壺にならないため、勉強をせずにゲームを始めた。
ふと、あのノートどうしよう、やっぱり返すべきだよな、なんて考えが脳裏をよぎった。
人間一度気になったことはなかなか忘れられないらしい。
俺はゲームをやめて、ノートのこれからについて、頭を悩ませた。
少しして、俺は良い案を思いついた。
実はこの世界には、
「目には目を歯には歯を」
なんて言葉がある。
多分恩は同じくらいで返そう、みたいなやつなはずだ。
なんとなく意味を履き違えている気がするが、とにかく同じ方法で返す、ということで俺もノートに書いて渡すのがいいだろう。
最初自分のノートを使ってもいいか、と思ったが、それではXにノートを返せないので、置かれていたあのノートを使うことにした。
ノートを一ページずつめくり、例のページへと辿り着く。
薄く綺麗に書かれたあの一文の上に、矢印をピッと伸ばす。
2Bの鉛筆だからか、下の字が薄いからかは分からないが、矢印の黒が少し濃く見えた。
そして矢印の先に一文書く。
『たのしみにする』
あまりに字が濃く写りすぎて、もはや怒られるんじゃなかろうか、なんて少し不安になった。
そして俺は、ノートを持って立った。
特に何かしようってわけじゃなかったが、ただとりあえず立ち上がった。
後ろに気配を感じる。
すごく嫌な予感がする。
恐る恐る後ろを振り返ると、三メートル先くらいにある部屋の扉のそばに立った少女が、何か疑うような目つきで、俺を不思議そうに見つめていた。
「なにこそこそしてんの?」
勉強中であるはずの姉だった。
振り返った俺の手には、表紙が新品のような、題名の書いていないノートがあった。
表紙の色は黄色である。
それを見た瞬間、姉は先手を取るかのように早足でこちらへと近づいてきた。
「あんたが黄色使うなんてめずらしい。ちょっとノートチェックさせてよ」
姉は何かに気づいているかのようだった。
俺が言葉を発するより前に、俺の手から黄色いノートを優しく奪い取った。
俺は、別にこそこそしてないし! と証明するかのように、何も抵抗せずに手を離した。
当時の俺は、あの一文がバレたら、また姉に勉強のことうるさく言われちゃうのかな、なんて勉強について姉から口酸っぱく言われることを危惧していた。
しかし、そんな心配は杞憂だった。
姉は一、二ページほどめくってその文字を凝視したのち、こちらを見て嫌な顔をした。
「これ、Xちゃんのだよね。勝手に取ったんでしょ。なんで取ったの」
え?
俺は状況を理解するのに少し時間がかかった。
つまり、姉は、俺がXのこのノートを何かしらの理由があって盗んできた、そう思ってるのか。
なんでだよ!
俺は誤解を解くための言い訳を必死に考えた。
悪いことをしていないはずなのに、額から汗が垂れてくる。
このままでは姉に一文がバレる以前に、別の問題に発展してしまうかもしれない。
しかし焦れど言い訳は出てこない。
俺は嘘がつけない体質なのだ。
俺は黙り込み、ついに進退窮まってしまった。
そんな俺を見かねて、姉が口を開いた。
「とりあえずこれはXちゃんに返しとくね。あとで謝ったほうがいいよ」
ふう。難を逃れた、のかは分からない。
いや逃れてない。姉はおそらくひどい勘違いをしている。
俺は墓穴を掘りたくなかったので、そのまま姉が黄色いノートを持って部屋から出ていく後ろ姿を、ただただ見守っていた。
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