波乱⑪

遊園地を出た二人は、そのまま狭い路地裏に入っていく。


何だ。一体、どこへ。


嫌な緊張感が漂う。それを更に強めるかのように、ポツポツと雨が降り出してきた。


その雨を気にする様子もなく、哲也くんは二人から視線を外さない。


「兄貴、何だかとてもヤな感じがしやす」


「ぁあ」


路地を抜けた先の光景を見て、嫌な予感は加速する。そこは、ラブホテル街だった。


そこで山岸が立ち止まり、何かを説明している。

そして、手で「待ってて」とジェスチャーをしてその場を去った。


「‥どうしやす?」


アイに電話をしても繋がらない。

どうする、駆け寄るか?

いや、今駆け寄ったら今まで我慢してきたのが水の泡に‥。


「あ?」


高く、しかし威圧がある声が横から聞こえる。


目の前を見ると、二人の男性がアイに近づいていった。


一人はフードを被っていてこちらに背を向けており顔は分からない。

もう一人はサングラスをしており、アイの肩に軽く触れている。


「‥兄貴、奴らは知り合いですかい」


「いや、どう見ても違うだろ」


遠目から見ても、高校生には見えない。

俺よりも二、三歳上の感じがする。


「行きやしょう」


哲也くんが勢いよく駆け出すのを俺は「まって!」と止めた。


振り向く哲也くんの驚きの顔。

小雨は段々と強さを増す。


「ま、まってよ」


「‥なにを、まつんで?」


雨は、哲也くんのジェルで固めた髪を溶かしていく。

驚きの表情も相まって、懇願しているようにも見えた。


「あいつらが、どんなやつか、俺たちは知らない」


「そうです。得体もしれない奴らが、今姉御をホテルに連れ込もうとしてやす」


アイは抵抗するわけでもなく、二人の男肩を抱かれ歩いていく。


何してるんだ。

早く逃げろよ。

意味わかんねーよ。


このまま、俺が行ったとして、何が。

山岸が来たら?

学校で噂に。


「ちょっと、まってよ。警察とか、その、何か他の人に—‐」


どんっと勢いよく腹に衝撃が走る。

俺は尻餅をついた。


べちゃっとした不快な音と、俺を見下ろす、小さな男の子。


「ふざけんじゃねーよ!」


甲高い声が、その場に響いた。


「ごちゃごちゃ、何に対して言い訳してんすか!自分の保身ばっか考えんじゃねーよ!」


そう言った哲也くんは、そのまま走り出した。

見ると、二人の男性とアイは俺たちの方を見ている。


自分の、保身?


「勝手な事ばっか言いやがって」


俺の気持ちも何も考えないで。


哲也くんは小さいその体で、フードを被っている男に体当たりをした。


ガタイがいいその男にはびくともしない。

男は片腕で哲也くんを持ち上げる。


アイが「やめてください!」と叫ぶ。


ふざけんな。

ふざけんなよ。


近くのラブホテルから、二人の男女が出てきてアイ達を見ている。


男二人は顔を見合わし、哲也くんを下ろしてその場を去った。


アイは哲也くんを抱きしめている。

そして、そのまま俺の方へ駆け寄って来て「ご主人様!」と満面の笑みで話しかけてくるのだった。


何事もなかったかのように笑うアイと、俺に失望した目で俺を睨む哲也くん。


なんだ、この状況。

俺が何したって言うんだよ。


冷たい雨は勢いを増す。


ヒリヒリと転んだ所が痛む。


体にべっとり服が張り付く。


気持ち悪い‥。悪夢だ。

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