第29話 初めての飛行機 (前編)
社員旅行で沖縄行きが決定してから一日が経過し、旅行前日の夜を迎えた。ちゅうじんはわくわくしながら、スーツケースに荷物を詰めている最中だ。
あれから沖縄について企画課の皆に聞きまくったので、事前情報はバッチリちゅうじんの頭の中に入っている。
「えっと、後は……」
ちゅうじんは課長から貰ったしおりを確認する。流石は旅行会社の企画課に勤めているだけあって、中身はさることながら、表紙もかなり本格的なものだ。しおりには旅行の際に必要なものが書かれているので、ちゅうじんはそれを見ながら順番にチェックしていく。
「水着と日焼け止めクリーム? 何だこれ?」
持ち物リストの一覧にそう書かれているのを見つけるちゅうじん。何のことやらさっぱり分からないので、自室で同じく明日に向けての準備をしているであろう多田に聞きに行くことにする。
「ちょっと良いかー?」
「んー? 何だ?」
「水着と日焼け止めクリームってしおりに書いてあったけど、これって何なんだ?」
「あー、それはだな――」
多田から詳しい説明を受けるちゅうじん。だが、そんなものちゅうじんは持っていないので、どうしたら良いのか分からない。今から買いに行こうにも、夜遅い時間帯なので、当然店も開いていないだろう。どうすれば良いのか多田に訊いてみる。
「そうだな。今からじゃ店開いてないだろうし、そうなったら明日飛行機に乗る前に近場の店で買いに行くか、現地調達しかないだろ」
「なるほど。ってことは予定よりも早くここを出た方が良いよな?」
「まあ、そうなるな。んで、用は済んだか?」
多田は準備がまだ終わっていないから、それに集中したいのだろう。ちゅうじんもまだ準備が残っているため、軽くお礼を言うと、リビングの方に戻っていった。
リビングに戻ったちゅうじんは準備を再開する。あらかた必要なものは詰め終わったので、次はベンジャミンの分を準備していく。ペット用品を取りに台所に向かうちゅうじん。
一昨日課長に相談したら、ペットも連れて行って良いそうなので、今回の旅行はベンジャミンも一緒だ。今日のお昼にみやびから、旅行に持っていくペット用品をリストアップしてもらったので、それを左手に持ちながら必要なものを取り出す。
手に持ちきれないものは念力で浮かして、スーツケースのある方に持っていく。それらをスーツケースに詰めると、いつもベンジャミンが遊んでいるおもちゃを取りに室内に設置されている犬小屋へと向かった。
「ばふ?」
「明日の旅行にいつも遊んでるおもちゃを持って行ったほうが、お前も良いだろ?」
「ばふばふ!」
旅行の準備をしていた飼い主が突如やってきたので、首を傾げるベンジャミン。ベンジャミンが不思議そうにしているので、ちゅうじんは軽く説明をしてやる。それを聞いたベンジャミンは納得したようで、嬉しそうに吠えた。
その間にちゅうじんが、あちこちに散らかっているおもちゃの中から、何個か手に取ると、スーツケースの中に入れ始める。その様子を見ていたベンジャミンは気になったのか、ちゅうじんの傍に寄ってきた。
「ば、ばふ?」
「っと、これで完成だな! それじゃあ多田に見せてくるから、ちょっと待ってろよ」
ちゅうじんはそう言いながら、ベンジャミンの頭をふわりと撫でると、再び多田の部屋へと歩いていった。取り残されたベンジャミンは、ふと、スーツケースの中を覗く。
すると、荷物がてんこ盛りになっているのを発見する。これではスーツケースが閉まらないのではないだろうかと、ベンジャミンが不安に思っていると、ちゅうじんが多田を連れて戻ってきた。
「これで良いか?」
多田に確認を取る。旅行に慣れている多田から合格が貰えれば、ちゅうじんの準備は完了なのだが、多田は困惑した表情でスーツケースを見ていた。
「なあ、ちゅうじん。流石に詰めすぎじゃないか?」
「ばふぅ……」
「……え⁉」
てっきり合格をもらえるかと思って、自信有りげに多田の返事を待っていたちゅうじんだが、まさかの返答に唖然とした表情を浮かべる。スーツケースには衣類の他に普段使っているものやゲーム機など様々なものが入っていた。
「一旦、全部出すけど良いか?」
「お、おう」
多田はちゅうじんに許可をとると、スーツケースの中身を出し始める。部類ごとに仕分けをすると、多田は呆れた表情をしながらちゅうじんの方を向いた。ちゅうじんは絶対なんか言われると感じながら、多田の返事を待つ。
「……まず、こんなに入れたら絶対閉まらない。だから今から要るものと要らないものに分ける。良いな?」
「は、はい」
「ばふばふ!」
多田から静かな圧を感じながら、ちゅうじんは頷く。しょげているちゅうじんを慰めるために、ベンジャミンが身体をすりすりしてきた。ちゅうじんはベンジャミンに癒されたところで、多田の言う通りに要るものと要らないものに仕分けていく。それが終わると、多田が改めて確認する。
「よし。後は手荷物検査に引っかからないように、金属類を抜いたら完了だ。あー、それとベンジャミン用の荷物は分けた方が良いかもな」
「分かったぞ!」
多田から言われた通りに、金属を含むものはなるべく抜いていくちゅうじん。一方、多田はベンジャミン用を荷物を入れるための袋を取りに行く。
そうして、明日の準備を整えた二人。多田は睡眠を取るために自室へと戻っていった。ベンジャミンも同様に、犬小屋へと戻っていく。
◇◆◇◆
そして迎えた旅行当日。ベンジャミンをキャリーケースに入れて、集合場所である空港へと向かう多田とちゅうじん。二人と一匹が着く頃には、企画課のみんなが揃っていた。
まだ集合時間まで十分もあるというのに、皆早いな。いつもは遅刻してくる癖に。
多田がそう思っていると、ちゅうじんがあっ! と声をあげた。ちゅうじんの目線を辿ると、飛行機が滑走路を走っている様子が見える。飛行機は徐々に速度を上げると、空へと飛んでいった。
それを見たちゅうじんはおお〜!と歓声を上げる。ちゅうじんは、初めて飛行機が飛ぶ瞬間を目にしたのだ。それはもう興奮することだろう。一方、他の企画課のみんなは、ちゅうじんの様子を温かい目で見ている。
「もうそろそろ検査場が開く頃だろうから、俺たちも移動するか」
課長がそう言うと、皆スーツケースを持って移動し始める。ちゅうじんはスーツケースに乗って進んでいく。それを真似して王子も同じように移動しようとする。
「うーたんはまだ許せるとして、何でお前もやってんだよ!」
「えー、誰でも一度ぐらいはやるだろこれ。案外楽しいから多田くんもやってみなよ〜」
「誰がやるか! ほらさっさと行くぞ」
多田がそう言うと、王子をスーツケースごと引っ張っていく。わーい楽し〜、と声を上げながら引っ張られていく王子。面白そうなことをやっているなと思ったちゅうじんが、ボクもボクも! とノってくるが無視だ。
そんな感じで、検査場についた企画課一同。朝にもかかわらず、かなりの行列ができている。二十分ほど暇を潰すために雑談をしていると、順番が回ってきた。多田はちゅうじんと別れる前に言っておくことがあることを思い出したので、後ろにいるちゅうじんに声をかける。
「あー、そうだ。ベンジャミンの入ったキャリーケースは、検査場のスタッフに預けとけよ。その際にお金もいるからな」
「分かったぞ!」
ちゅうじんに伝えるだけ伝えると、多田は検査場の職員に荷物を預けた。スマホや身につけている腕時計をトレイの中に出すと、多田は金属探知機を通過する。特に引っかかった様子もないので、まっすぐ荷物を取りに向かう多田。トレイに入った荷物を取り出して、荷物カウンターにスーツケースを預けると、企画課の皆が集まっている場所へ移動する。
「あれ? うーたんは?」
「あいつならベンジャミンを預けにいったぞ」
「あ、了解です」
夜宵がそう言いながら、検査場の中の荷物カウンターの方向に視線をやった。ちゅうじんは受付のスタッフとやり取りをしている。しばらくすると、キャリーケースを預け終わったのかこちらに向かってきた。
全員揃ったところで、待合室へと移動し始める。搭乗までまだ時間があるので、しばらく各自で自由に過ごしていると、搭乗口が開くアナウンスが流れ出す。いよいよ搭乗できると知って、ちゅうじんのテンションは最高潮に達していた。
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