第13話−大地神イグナツ−
ステラは、ジェラルジズの元へ行くため足早に歩いていた。
(帝国に役立つことって、今の私にどんなことができるだろう)
ティアナはもう帰ってしまったから、先ほど皇帝から聞いた話を今すぐに伝えることができる相手はジェラルジズしかいない。
メイドから、ジェラルジズは森へ向かったらしいと聞いたので、敷地内にある森へステラも歩いて向かっていた。
森といっても、鬱蒼と木が生い茂っているような原生林めいたものではなく、むしろ陽の光がさんさんと降り注ぐ明るい平地だ。
木と木との間は見晴らしがよく、先の方まで見渡せる場所もある。
「ジェラルジズー!」
大声で呼びながら少し歩いて行くと、近くから「ステラー」と答える声がした。
声のした方に行けば、大きな木のそばで寝転がっているジェラルジズが見えた。
「お話、終わったの?」
ジェラルジズは、そう言って起き上がる。
「うん。大変なの」
「大変なの?」
ステラは、ドレスをさっと整えながらジェラルジズの隣に腰をおろした。
「あのね、シーマス皇帝が、新しい奥さんを連れて来たの」
「えっ!」
「それでその奥さん、お腹にもう赤ちゃんがいて、私ががんばらないと、その赤ちゃんが皇太子になるんだって」
「そんな…ステラはもうこんなにがんばってるのに、これ以上どうがんばるの?」
すごく真面目な顔をしてジェラルジズは訊ねた。
ステラは慌てて否定する。
「わ、私なんてまだまだ全然がんばれてないのよ」
「そう?でもたくさん本を読んでるし、俺とも仲良くなろうとしてるし、結婚だって…皇太子になるためじゃないの?」
「それはそうだけど…」
「ほらね、ステラはがんばってるよ」
えらいえらい、と言って、ジェラルジズはステラの頭を優しく撫でた。
先ほどメイヴィアに撫でられた時とは全然違う、穏やかな感覚だった。
「でも、皇帝にはそのがんばりは認められてないの。
テストを出されたのよ」
「テスト?」
「これをクリアできれば、私は皇太子になれる」
「皇帝にもなれる?」
「よっぽど何事もなければね」
ふう、と息をついて、ジェラルジズはステラの肩を抱き寄せた。
二人は横に並んで、木漏れ日が煌めくなか静かに木々を見た。
「…すぐ皇帝になれればいいのにね、ステラならいい治世を築けるよ」
「ありがとうジェラルジズ」
「それで、どんなテストなの?」
「帝国に役立つことをしてみせろって」
「わあ、曖昧だ…」
「この辺はティアナと話してみる。あの子そういうの得意だから」
「ステラは、何が帝国のためになると思うの?」
少し体を離して、お互い顔を見合わせる。
「そうねえ、帝国の役に立つかはわからないんだけど、私が皇帝になった時にやりたいことならあるわ」
「へえ、なんだろ」
「身分の差を無くすことよ」
ジェラルジズは、驚いて言った。
「貴族がいなくなるってこと?」
だがステラは、首を横に振る。
「ううん、全部のじゃないの。まずは仕事に関してね」
「仕事の、身分差…?」
「まず、皇帝でも国王でも、それから貴族でも、当主は世襲制で、長男が継ぐことになってるの」
「女の子しかいなかったら?」
「他の由緒ある家から婿をとって、その婿に当主になってもらうのよ」
スッとジェラルジズは自分を指差した。
「そうそう、ジェラルジズみたいにね。
そして、宮廷にいる官僚たち、それから学者たち、あと医者、これらは今、貴族にしか許されてない職業なの」
「貴族じゃない人達は何をやってるの?」
「色々。農夫の子は農夫。パン屋の子はパン屋。仕立て屋の子は仕立て屋。
みんな、家を継いでいるの」
「へえ」
ジェラルジズは興味深そうに頷いた。
天空の島での人々の暮らしも気になるが、好奇心をぐっとこらえてステラは話を続けた。
「それで、ティアナを知ってるでしょ?
あの子はとても優秀なんだけど、女の子だから、職に就けないの」
「えっ!?」
「医者にも学者にも官僚にもなれないのよ。当主にもなれない」
「た、大変だ」
「そうなの。それで、きっとティアナ以外にも、平民の男の子にだって、優秀な子がいるはず。
でも貴族じゃないから、その子がパン屋の家に生まれていたら、たとえ医者の才能があってもパン屋にしかなれないの」
「ジャム作りが苦手でも…」
「そう!パン屋にしかなれないの…!」
「なんてことだ!!」
ジェラルジズは叫んだ。
「だから、まずは仕事に関して身分の差を無くしたいのよ。
帝国は広いわ。その中から優秀な人材を広く募りたいの」
「や、やるべきだ、ステラ!」
「でもそれは私がやりたいことでしょ?
皇帝になってからじゃないとやれることも限られてくるし…。
それに、国民が求めること、じゃないと、今回のテストには合格できないんじゃないかなって思ってるの」
「ティアナはそれを求めてないの?」
「え?あ、きっと望んでると思うけど…」
「ティアナは国民じゃないの?」
「ティアナももちろん国民だけど、そういうことじゃないのよ。
個人個人じゃなくて、この課題を通してシーマスを納得させないといけないの」
ジェラルジズは考え込むようにして黙ってしまった。
ステラは何とか元気づけようと、あれこれ喋る。
「何か手はあるはずだし、大丈夫よ!
私も考えてみるし、ティアナとも相談してみる!
地上のことは、ジェラルジズよりティアナの方が詳しいでしょ?」
「うん…」
ジェラルジズはしょんぼりしたままだ。
優しい性格の彼には、計略の相談は向いてなかったかもしれない。
そう思い、別の話題を振ってみることにした。
「あ~…ジェラルジズはここで何してたの?」
「ここで?あ…結婚生活について相談してた」
「だ、誰に?」
ジェラルジズの他には誰もいない。
もしかして、また妖精だろうか。
あるいは何かのニンフ。
いや、まさか――。
「た、太陽神に?」
「え?ソヴォロム?――ああ、違うよ、イグナツだよ」
イグナツといえば、大地の神の名だ。
大地の神とも喋れるのか。
ステラは、神と共生する精霊族の習慣にはまだ慣れることができていなかった。
結婚し、一緒に生活する時間がもっと増えれば、いずれ慣れるのだろうか。
「大地の女神よね…。その、イグナツは、ソヴォロムみたいに姿は現さないの?」
「会ってみたい?」
「ええと…怖いのと、半々かな」
「あはは、怖いだって」
ジェラルジズは楽しそうに笑った。
怖くない人なのかな、と、一瞬ステラは思ったが、ふと神話を思い出す。
「だ、だって、大陸を割ったんでしょ?」
あはは!と、ジェラルジズはとうとうお腹を抱えて笑いだした。
精霊族にとってはよほど面白い冗談だったらしい。
だがステラは真剣だ。
「もう!ジェラルジズ!私なんにも知らないんだからしょうがないじゃない!」
「ごめんごめん。そうだよね、あはは。
イグナツは怖くないよ。
大地を割ったのだって、彼女には卵を割るのと同じぐらい簡単なことだよ」
「卵…」
「そう、だから、大地を割るイグナツが怖いなら、ふふ、ステラは卵を割るから、きっと卵からおんなじように怖がられてるなって…ははは!」
まだ面白がっている。
理由を聞いても、ここまで笑われるのは納得がいかなかった。
『ジェリーぼうや、その辺にしなさいな』
大地が揺れるような低い声が耳に響く。
すると、いつの間にいたのか(きっとずっといたんだろう)大地の女神がジェラルジズのすぐ後ろに座っていた。
座っているのに見上げるほど巨大な体。
髪は長く、一本一本というよりは、一房一房と言った方がいいだろう、束状になり、苔が生い茂ったような緑色をしていた。
頭には花冠をつけており、髪のところどころにも花が咲いていた。
肌はジェラルジズのものより濃い茶色で、大地の神らしくまさしく土壌だ。
唇とまぶたには金の粉が塗られていて、優しそうな瞳は、そのままジェラルジズを見つめていた。
ジェラルジズとの位置関係から察するに、もしかしてジェラルジズはこの大地の神に膝枕をしてもらっていたのではないだろうか?
ステラは少しムッとし、ムッとした自分に驚いた。
「イグナツ」
ジェラルジズは、彼女を振り返り見た。
『あら、ソヴォロムの言ってた通りね』
大地の神は自分の手をまじまじと見つめている。
太陽神から何か聞いたのだろうか。
実体化すると、見え方が変わるんだろうか?
「ステラ、見える?」
「み、見える…」
にっこりと笑い、イグナツはステラの頬にそっと手を触れた。
大人っぽさや、仕草、立ち振る舞いなどがメイヴィアに似てるかも、と思ったが、包み込まれるような母性に圧倒される。
これはメイヴィアにはない魅力だ、とステラは思った。
『桃水晶のお嬢さん、ジェリーぼうやがごめんなさいね』
「ジェリーぼうや…」
口にしてみると、ジェラルジズはバツが悪そうな顔をした。
「は、恥ずかしいからやめて」
「恥ずかしがることないじゃない、ジェリーぼうや」
「ステラ!」
さっき笑われた仕返し、とステラは笑って、それから謝った。
「もう言わない、ごめん」
『謝れたのね、いい子』
「えへへ…」
ステラは褒められて、なんとなく祖国にいる母を思い出した。
『ジェリーぼうやは?』
イグナツに促され、ジェラルジズは姿勢を正す。
「ごめんステラ。面白くて、つい笑いすぎちゃった。
でも、ステラのことを笑ったんじゃないよ」
「わかってる。いいよ、もう怒ってない」
ジェラルジズはほっとしたように肩の力を抜いた。
『二人とも、いい子ね』
ステラは、じっとイグナツを見る。
やっぱりちょっと透けている。
神様はみんなこうなんだろうか。
「そういえば、結婚生活の相談って?」
ふと、さきほどのジェラルジズの話を思い出して聞いてみた。
まだ結婚もしていないのに、結婚生活の何を相談していたというのだろう。
「あ、えっと…」
「ん?」
ステラは小首を傾げる。
言いにくいことなんだろうか。
イグナツは黙って見ているだけで、言うも言わぬもジェラルジズに任せているようだ。
「その…ステラと、どうしたら、……」
何か言っているが聞き取れない。
「なに?」
顔を近づけて、よく聞こうとする。
「っ!」
ジェラルジズは顔を赤らめた。
「ど、どうしたら、ステラに、好きになってもらえるかなって!………相談してた」
「ええ?」
ステラは近づけていた顔を戻し、ジェラルジズの返事に困惑した。
「私からの好意と、結婚生活と何の関係があるの?」
この結婚は生まれた時に決められたもので、つまりは先祖の約束による婚約だ。
もしステラが皇帝に就けば、ジェラルジズは皇配となる。
仕事は皇后と変わらない。
皇后の仕事は皇帝の世継ぎを誕生させること、公務で忙しい皇帝に代わり、宮殿内において政治以外の部分の統率をすることが求められる。
帝国内がつつがなく運営されるよう働くのが皇帝ならば、宮廷内がつつがなく運営されるよう働くのが皇后だ。
皇帝と皇配。そこに恋愛感情がいるとは、考えてもみなかった。
(でもそういえば、精霊族は伴侶を愛するためにきてるんだっけ。
今までの皇后たちと変わらずに、ジェラルジズも、私を愛するためにきてる…ってこと…?)
ステラは思い至り、ぶわぁっと顔を赤くした。
この瞳のせいだろうか、皇女という立場からだろうか、今まで異性に好意を向けられたことがなかったため、ステラは途端に緊張しだした。
『あら、あらあら。まあまあ』
イグナツが大げさに驚いて見せる。
『ウブな二人。可愛いわね』
そして両腕を広げた。
すると、何もなかった地面に一斉に花が咲き、頭上からも花びらがたくさん降ってきた。
神の織り成す不思議な光景に、ステラは少し緊張が解けた。
『恋というのは、花と同じ。
かわいいジェリーぼうや。天空の島でずうっとココモのことを想ってきたわね』
そういえば、名前がわからないからずっとココモって呼んでたって言ってたな。
ジェラルジズの言っていた言葉を思い出す。
(そんなに昔から、想ってきてくれていたということ?)
自分は結婚が嫌で婚約者の存在を忘れていたというのに。
ステラは胸が切なくなった。
『ジェリーぼうやの花は今ちょうど咲いたところ。
桃水晶のお嬢さん、あなたの花は、まだ種が蒔かれたところよ』
ステラはイグナツを見た。
愛おしくてしょうがない、という眼差しにぶつかる。
『咲いた花と蒔かれた種。同じでないのは当たり前。
あなたたちは、これから愛という実を結ぶ…。
でもジェリーぼうや、焦らないで。
桃水晶のお嬢さんも、急いではだめ。
花は、自分の咲く時を知っている…。
無理やり開いては、だめなのよ?』
「わかったよイグナツ」
「今の話でわかったの!?」
素直に頷くジェラルジズに、ステラはつい突っ込んでしまった。
「あれ?ステラはわからなかった?」
「完全にはわからなかった…」
『それでいいのよ。すべては完璧なの。
わかる時にわかることがわかるだけ。
わからないなら、今はその時じゃないと教えてくれているだけなのよ』
うーん、とステラは何とか飲み込もうとしてみたが、やっぱりイグナツの言っていることはよくわからなかった。
「ステラ、ゆっくりでいいんだよ」
ジェラルジズはそう言って、イグナツの膝の上に頭をおいて寝ころんだ。
(やっぱり膝枕してた…)
そう思ったが、不思議と、さっきのようにムッとはしなかった。
代わりに、自分も同じようにイグナツの膝に頭をおいて寝ころんでみる。
ジェラルジズと寝そべりながら顔を見合わせて、ふふっと笑い合った。
『ねえ二人とも、キスはもうしたの?』
「!」
ステラは急に耳に飛び込んできたキスという単語に、思わずイグナツを仰ぎ見る。
だがジェラルジズは慌てる素振りも見せず「まだだよ」と笑顔で返した。
「初めてのキスは、誓いのキスのときにって取ってあるんだ」
そう言って風に心地よさそうに目を閉じたジェラルジズに、イグナツは『ダメよ』と口を尖らせた。
『初めてのキスは二人だけのものにしないと』
「そういうもんかなぁ?」
と、ジェラルジズは目を開けて、寝たままイグナツを見る。
『そういうものよ。思い出って、大事なのよ』
ほら、と言って、イグナツは両手を重ね葉を生い茂らせ、イグナツからも見えないように二人を囲った。
(キ、キスしろってこと…!?)
急にお膳立てされた状況に、ステラは顔を赤くして慌てる。
嫌ではないが、突然すぎてどうしたらいいかわからなかった。
「え、えっと、神様って強引なんだね」
「ごめんね、ちょっと過保護なんだ」
「えーっと、アハハ、その、」
ス…と、ジェラルジズの手がステラの頭を撫でた。
びくっと肩を震わせる。
髪を撫で、そしてジェラルジズの温かい手は頬に移る。
「す、するの…?」
ステラは顔を真っ赤にさせ、訊ねた。
だが心ではわかっていた。
きっと、このままキスをするのだと。
「俺は、したい」
ジェラルジズの顔が近づく。
吸い込まれるような翡翠の瞳に、ステラは、目が離せなかった。
ジェラルジズの目がステラの桃水晶の瞳を捉え、そしてそっと瞼にキスを落とす。
思わずぎゅ、と目をつぶったステラが、ゆっくりと再び瞼をあけると、それを待っていたかのように、ジェラルジズが優しく、今度は唇に、キスをする。
ステラは唇から伝わるジェラルジズの体温に、そっと目を閉じた。
名残惜しそうに唇は離れ、ステラが目を開けると、ジェラルジズは顔がよく見える距離にいた。
「耳まで真っ赤。かわいいね、ステラ」
そう言われてまた顔を熱くするが、ステラは、
「ジェラルジズも、真っ赤」
と指摘した。
二人でふふっと笑い合い、照れからくる恥ずかしさにクスクスと笑いが止まらない。
『ああ、素晴らしい愛の果実…』
恍惚とした声が上から聞こえて、囲っていた葉が落ち視界が開けた。
『これは大勢の前ではできないことだったでしょう?』
と聞かれる。
「うん、そうだった」
「ふふふ」
『ああ…尊き愛の花園…』
イグナツは幸せそうにため息をこぼした。
イグナツの膝の上で、ステラとジェラルジズはしばらく穏やかに木々が風に揺れる音を聞いていた。
ふと、ステラがジェラルジズに向き直る。
「ねえ、ジェラルジズ」
「なに?ステラ」
「私の瞳にも、エイウィン様やウージオ様と同じように門を開く力があるって言ってたでしょ?
もし、私も神から加護を授かれたとして、精霊族みたいにまた別の力が備わったりするのかな?」
うーん?とジェラルジズが考えていると、
『するわよ』
代わりにイグナツが答えた。
『あなた、とっても可愛いから、私が加護を授けてもいいんだけど…。
でも、私じゃだめね、あなたの器を満たせない』
ジェラルジズがイグナツを見た。
「器?そんなものがあるの?」
精霊族にもわからないことがあるんだなぁ、とステラはぼんやり考えた。
『あるわよぉ。ココモの器はとっても大きいの。
ソヴォロムにも難しいかもしれない』
「ほんと?」
「あの、本当に私も加護を授かれるんですか?」
例え話として自分からしたことだが、まさか本当に精霊族じゃなくても加護を授かれるなんて。
この瞳のおかげなんだろうか。
どの神からの加護だろうと有難い。
もしかして、加護の活かし方によっては帝国の役にも立てるかも…、と思った時、先ほどの黄金の間でのことを思い出してステラはがばっと起き上がった。
「あ!ちょ、ちょっと待って下さい!」
「?」『?』
急に起き上がり大声を上げたステラに、ジェラルジズとイグナツは首を傾げた。
「イグナツもさっきの話、聞いてました?帝国の役に立つって、あれです!皇太子になるためのテスト!」
『興味なかったけど、聞いてたわよ』
「私にとっては大事なことなんです!大地の神なら、帝国の役に立つことって何かアイデアがありませんか?」
『あら?』
イグナツがむくっと膨らみ、ひと際巨大化する。
ジェラルジズも慌てて起き上がり、ステラは首が痛くなるほど高くを見上げた。
『私がアイデアとやらを出したら、叶えてくれるのかしら?』
「え、えっと」
『帝国の役に立つことなど知らないわ。
帝国なんてただの組織。実体のない幻。
でもあなたは同じように聞いたわね?』
イグナツの声は地鳴りのように低く轟いた。
『人間に聞くのと同じように、神に聞いたわね?
それは、何をしてほしいかという質問?
我々神はそなたたち人間の祈りを聞いてきたが、とうとう人間も神のために動いてくれるのかえ?
聞くからには、叶えてくれるのかえ?』
神に対する畏怖をひしひしと自分の内に感じたが、ステラは怯むことなく応える。
「が、がんばります!あなたは帝国民が暮らす大地その人です。
そんなあなたが望むことなら、帝国民のためにもなることでしょう。
何が、お望みですか…?」
『………南の方…』
そう呟くと、イグナツはしゅるしゅると先ほどと同じ大きさに戻った。
ジェラルジズはほっと息をつく。
「南の方?」
ステラは繰り返した。
『…とても、渇いてるの…』
イグナツはシュン…とうなだれた。
南、というと、砂漠地帯のある方角だ。
「わかりました。原因究明をして、あなたの南を潤してみます」
『期待せずに待ってるわね、お嬢さん。
今のあなたには、もっと他にやるべきことがあるのよ?』
「そうだよステラ、まずは確実に皇太子になるために、できそうなことからリストアップしてみよう」
「もし南の問題が難しそうなことだったら…すぐには叶えてあげられないもんね…。
わかった、もし難しくても皇帝になったら絶対叶える。
そのためにも確実に皇太子になることが必要よね。
イグナツのお願いを優先順位高く設定しながら、他にもリストアップしてみよう」
意気込むステラとジェラルジズに
『二人とも?
私が言った他のやるべきこと…って、それじゃないのよ?』
とイグナツが言う。
なんだ?という顔でステラとジェラルジズは顔を見合わせた。
『結婚式よ』
イグナツは呆れたように笑いながら言った。
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