第34話 勇者? ボッコボコにしてやりますよマジで!③

「レオルグさん……どうして……」

「申し訳ありません、ミーサさん。ですが我々は騎士団として、どうしてもこの決闘を見て見ぬふりはできませんでした」


 俺と同じく絶句するミーサに、レオルグさんは言葉どおり深く頭を下げた。


「……クク」

「!?」

「馬鹿どもがっ。モタモタしてるからこうなるんだよ。これで形勢逆転だな」

 さっきまでの絶望から一転、勇者はこれでもかとばかりに愉快そうに笑った。


 こ、こいつ……自分が優勢になったと見るや急にイキりだしやがって……!

 なんでレオルグさんはこんなヤツを……あの約束はなんだったんだ!


 騎士団の本部を訪れた際、レオルグさんは確かに約束してくれた。

 無事に勝利することができたらミーサのことは見逃すと。それなのに……。


 ……でも、頭では理解できてしまっている自分もいた。


 どんなにクソ野郎でも、この男が王子であり主君であることは事実。

 言い方は悪いが、あくまで中間管理職である騎士団長は従うしかない。


 それが主従関係というものであり、組織というもの。

 抗うことのできない社会の仕組み。


「ほら、さっさとソイツらを捕まえろよ、え~っと……そこのオマエ。こいつら二人とも牢屋にぶち込んで繋いどけ。あとでオレがズタズタに拷問してやるっ……!」

 くっ、俺が甘かった。こんな部下の名前も覚えられないクソ野郎、見逃すんじゃなかった。

 ミーサに罪を背負わせないだけなら、俺が殺すという手もあったのに……。


 ちくしょう、こうなったらせめてミーサだけでも逃がさないと……。


 ――しかし。


「残念ながら、それはできません」


 レオルグさんの声が、俺の行動を制した。


「あ……?」

 絶対服従であるはずの部下から出た予期せぬ言葉に、勇者が怪訝な顔を浮かべる。


「私がここへ来たのはあくまで別の目的のため。この場に介入する意思はありません」

「別の目的ぃ? てめぇ、なに言ってやがる……!」

「つまり、こういうことです」


 言って、レオルグさんは懐から手のひらサイズの黒い物体を取り出した。

 そしてそれは、異世界人である俺にとってはとてもよく見知ったモノだった。


「ビデオ……カメラ?」

 間違いない、ビデオカメラだ。運動会とかでよくみるハンディタイプ。

 俺の実家にもたぶんある。


「実のところ、この決闘については一部始終を記録させていただきました」

「!? て、てめぇ……なんでそんなことを……!」

「そうですね……強いて言えば過去の教訓です。大事なことはきちんと記録に残しておくべきと、6年前のとある事件の際に学びましたので」

 苛立つ勇者に、レオルグさんはわざとらしく答えた。


 とある事件……なんだ、そういうことだったのか。

 今度こそ俺は本当に理解した。


 と同時に、肩の力が抜ける。


 どうやら最初から心配など必要なかったらしい。

 というか、一杯食わされてしまった。なんだ、そういうことなら前もって教えてくれてればよかったのに……。


 そこからの勇者とレオルグさんのやり取りは、コントとしか言いようがなかった。


「な、なにが記録だ……てめぇら、主を見殺しにする気か……!?」

「ですがこれは決闘。誰であろうと決着前の介入はご法度です」

「くっ……!」

 たしかに。よく考えたら正確にはまだ決着はついてなかったな。


「そ、そもそもっ! オレは決闘を受けた覚えなんてねぇっ……!」

「大丈夫です。きちんと冒頭のやり取りから撮っていますのですぐに確認いたします」

「がっ……!?」

 ま、マジか。俺もずっと前から隠れてたのに全然気づかなかったぞ。いや、もしかして俺より前に……?


「ふ、ふざけんな……。第一、二対一のどこが決闘だ……そんなもん誰も決闘なんて認めるわけが……」

「なるほど。ではこの映像を公開して尋ねてみましょう。……ですが、きっと国民は悲しむでしょうねぇ。魔王にも勝った偉大な英雄が、二対一とはいえたかが人間相手に無様に負ける姿を見るなど想像してなかったでしょうから……」

「ま、待て……それは……!」

 わざとらし! この騎士団長、すごくわざとらしい!


「ちなみにですが、吉川さん(彼)は住民登録はおろか戸籍すらない異世界人ですので、決闘記録に名前を残すこともできません」

「な、なにっ……!?」

 え、そうなの!?

「つまり、公式の記録上でも、この勝負は正真正銘一対一として扱われます。どうぞご安心ください」

「あ……あ……」

 全ての退路を断たれ、勇者が狼狽する。


「と、とにかく! オレはゼッタイに認めねぇからな……! 父上と母上に言ってオマエらみんなまとめて――」

「あーもううっさい!」

「ぐふッ……!?」


 尚もゴチャゴチャ往生際の悪い勇者を、ミーサが無理やり黙らせた――足の裏で。


 う、うわぁ……。すごいな、仮にも一国の王子なのに……。

 さすがのイケメンも踏みつけられて歪むと台無しだ。無残極まりない。

 今この瞬間限定だが、俺は勇者にちょっとだけ親近感を覚えてしまった。


「いい? アンタの首がまだつながってるのは私の慈悲。その気になれば今すぐ落とせるんだから」

「ひッ……!?」


 キラリと手刀が光る。


「わかったらさっさと負けを認めなさい。この……クソ雑魚エセ勇者ッ!!!」

「――――ッ!?!?!?!?」


 ここが決着だった。


 最後の言葉がよっぽど効いたのか、勇者はそれきり動かなくなった。

 ガックシと項垂れ、さながらKOされたボクサーのごとく両脇を騎士に抱えられ連行されていく。


 どうやら完全にプライドをへし折られたらしい。

 まあ無理もないか。たぶん面と向かって暴言なんて初めての体験に違いない。よかったな、童貞卒業おめでとう。俺も早く卒業したいぜ。


 それにしてもクソ雑魚とは……普通にタイマンだったら余裕で負けてたろうに。

 改めて女とは恐ろしい生き物だ。いざとなったら理屈や過去なんて無視して開き直って来る。あと数で勝ってるとき。マジで急に強気になるからな。なんか小学校の女子との口喧嘩を思い出してしまった……。


 ともあれ勝ちは勝ちだ。実力がどうあれ、勝負なんて結果がすべて。

 俺たち……じゃなかった、ミーサは勝利したのだ。それは公式の決闘記録も証明してくれる。


 もし他にあと問題があるとすれば、本人がこの結末に満足しているかだが……。


 諸々の事後処理のためレオルグさんたちも去り、ミーサと二人っきりになる。

 そのタイミングを見計らって、俺は恐る恐る尋ねてみた。


「止めた俺が言うのもなんなんだけど……これでよかったのか?」


 俺が止めなければ、きっと今頃別の結果になっていた。

 そしてそれこそ、当初のミーサが望んだものだったはず。


 そう考えたら、もしかしたら恨まれているかもと思ってミーサの顔を直視できなかった。


「……プ」

「え」


 だが、ミーサは笑った。普段通りに。


「なに、もしかしてビビってんの? 私が怒ってると思って?」

 う……全部お見通しか。


「言っとくけど、ぜんぜん気にしてないから。あのときはついカッとなっただけ」

「そうなのか……?」

「おじさんも言ってたでしょ? ペロを一人にできないし。あとそれに、あのムカつく顔も思いっきり踏めてスッキリしたしね」

「…………」


 ……よかった。


 どこまで本心かはわからない。むしろこれでしこりが完全に消えるはずもないだろう。

 でも、その笑顔を見たとき、俺はやっぱり止めてよかったと思った。


 きっとこの先、彼女は前を向いて生きられるだろうと……勝手だがそんな気がしたのだ。


「う……!?」

「おじさん?」

 突然うずくまった俺をミーサが心配そうにのぞき込む。


「さすがに限界……」

「限界?」

「いや、ダメージもそうなんだけど、MRBを体内に取り込んだせいでなんか自分の魔力すらゴリゴリ削られてる……まさかこんなデメリットもあったとは」


 いくら死んでも生き返るとはいえ無茶しすぎた。

 苦しい。もう二度とやらん。


 ……まあやる機会なんてもうないんだけど。


「……なあ」

「なに?」

「約束……覚えてるよな?」

「!」


 俺の言葉に、ミーサがハッとする。

 そして神妙な面持ちで頷く。


「……もちろん」

「そりゃよかった……」


 なんとなく、ちょっと嬉しかった。

 一応、こいつも名残惜しいと思ってくれているのだろうか。あるいはイジる奴がいなくなって残念なだけという線もあるが……。


 そう。勇者に勝ったら元の世界に帰してもらうというのが俺たちの約束。

 つまり、ミーサとはお別れということになる。


 もう共闘する必要も、レベルアップの生贄になる必要もない。ミーサにとって俺はもう不要な存在。

 俺にしたって、帰って再就職を目指してまた社会の荒波に立ち向かわねばならない。果てしなく気は重いが……。


 というわけで、長いようで短かった異世界生活もここでおしまい。

 いつまでも呑気に留まるわけにいかないし、やるなら早い方がいいだろう。


「じゃあな……ペロにも……よろしく……」


 瞼が重い。意識が遠ざかっていく感覚。

 思えば何回も死ぬとか凄まじい体験だったな……。


 ある意味貴重な体験だった。もうお腹いっぱいだけど。


「……うん」


 ミーサが笑う。

 穏やかでお淑やかな、年相応の実に可愛らしい笑顔だった。


 あーあ、普段からこんな感じだったらいいのに……。


「それじゃ、おやすみ」

「ああ……おやすみ……」




 ――こうして、俺の奇妙な異世界体験はひっそりと終わりを告げた。

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