第10話 ここが異世界の町か……でかっ

 翌日。


「ここが異世界の町か……でかっ」


 異世界生活、約2週間目。

 俺はついに初めて町を訪れた。


 自分の何倍もの背丈の外壁。そしてその奥に見える西洋風の城。

 草原からでも遠目に見えていたから知ってはいたが、改めて近づくとその大きさに圧倒される。


 しかし、ここで怯んでいるわけにはいかない。

 そう、こうして訪れたのには理由がある。


 ――遡ること30分前。


「……やはり戦うしかない」

 起床後、俺は改めて決意した。


 逃げても無駄。それは昨日の敗戦で十分理解した。

 なんとか発信機こそ破壊できたが(不可抗力だけど)、あのメスガキのことだ。俺を捕捉する手段など二手三手と他にも用意しているに違いない。

 で、どうせ引っかかったあかつきには「ププ、マヌケw」みたいにまた俺を嘲笑う気だろう。

 くっ、ムカつく……そんなのはもうご免だ。


 そもそも逃げるという考え自体が間違っていた。

 目的はあくまで元の世界に帰ること。

 俺を召喚したのがあのメスガキである以上、逃げたところでどっちみち根本的な解決にはならない。


 ただそうは言っても普通に勝負を挑んだところで当然勝ち目はない。

 ゆえに考えた。


「武器だ。武器が欲しい」

 この前みたいなチャチな木の棒ではなく、ちゃんとした武器。

 そいつで今度こそメスガキを打倒してやる。


「あ」


 だが、ここでひとつ重大な問題に気づく。


「そういやカネなかった……」


 改めて自分の境遇を思い出す。


 そう、俺は異世界人。

 この世界の通貨など持っているはずがない。


 つまり、無一文。


 財布はあるが、入っているのは当然日本円。

 元の世界ではあんなに頼もしかった諭吉も樋口も英世も、今となってはただの烏合の衆。


「……しょうがない。働くか」


 金がないなら稼ぐしかない。

 そのためには仕事。仕事を探さねば……!


 ――というわけで、俺は町へとやってきた……のだが。


「な、なんかすごいことになってる……」


 門を潜って中へと踏み入れた瞬間、俺はドン引きした。


 ひとことで言えば、町はお祭り騒ぎだった。

 至る所が装飾で彩られ、道行く人も派手な服装の人が多い。


 なんだこれ……いくらなんでも賑わいすぎだろ。

 それともこれがスタンダードなの? だとすると余計引くわ。異世界怖すぎだろ。

 つーかマジでパリピしかいねぇ。下手したらいきなり誰かに絡まれてダンスバトルでも挑まれかねない勢いなんですけど……。


 ……まあでも考えようによっては、これはこれでラッキーか。


 実のところ、ちょっと不安もあった。

 見た目こそ同じだが、俺は異世界人。いきなり赴いてアウェーの空気に晒されないかと日和っていたのだ。

 今日まで町を来訪しなかったのもそれが理由だ。


 しかし、どうやら杞憂だったらしい。

 誰も俺の存在を気にしていない。お祭り気分でそれどころじゃないようだ。

 これなら心置きなく仕事を探せる。


 しっかし、まさかこっちの世界でも仕事探しをする羽目になるとは……。

 こんなとこ、あのメスガキに見られたらまた馬鹿にされそうだな……。


 ワァアアアアア――――!!!


「うおっ……!」

 び、びっくりした……なんだいきなり?


 町の中央、大通りの方から聞こえたひときわ大きな歓声。

 気になって近づいてみると、ひと目で理由がわかった。


「パレード……?」

 しかも相当な規模。

 剣を構えた兵隊や馬車、それに音楽隊やらが長い列を成して行進している。


 ウオオォォォオオオオオオ――!!!

 歓声がさらに大きくなる。


 もしかして、アレが主役か……?


 行列の後方、巨大な神輿のような乗り物がゆっくりと近づいてくる。

 てっぺんにあるひと際豪華な椅子には、金髪の見目麗しい青年が腰かけていた。


「勇者様~!」「アルフレッド様~!」


 勇者……?


 ああ、あれが。

 そういえば以前あのメスガキが言っていたな。勇者が魔王を倒して平和をもたらした、と。

 たしかによく見ると建物の外壁の至る所に『祝!魔王討伐!』だの、『勇者様おかえりなさい!』だのの垂れ幕がかかっている。


 それにしても凄まじい人気だな。

 勇者が軽く手を振っただけで女性たちの金切り声が飛び交う。空気が黄色く塗りつぶされそうだ。


 かといって喜んでいるのが女性だけかと言うとそうでもないのがすごい。

 老若男女、その場にいるすべての人間が笑顔で感謝を叫んでいる。


 かくいう俺までちょっと感動していた。

 パレードなんていつ以来だろう? ずいぶん久しぶりな気がする。小学生のとき親に連れられて行った某夢の国以来じゃなかろうか。

 彼女もいない生涯独身予備軍の俺にはもう一生無縁なものかと思ったが……これは思わぬラッキーだった。ちょっと得した気分だ。


 さすがは魔王を倒しただけある。

 まさしく英雄の凱旋だった。


「ふぅ、すごかったな……」

 ひとしきりパレードを堪能した俺は、人混みをかき分けなんとか脱出した。


 さて、そろそろ真面目に仕事探さないと。

 あぶないあぶない、当初の目的を忘れるとこだった。


 とはいえ、実際問題どこに行けばいいんだ?

 ハロワーク……なんてないよな当然。


 いやでもさすがにそれっぽい場所がどこもないなんてことはないよな。

 よし、ここは思い切って話しかけてみよう。


 俺は道行く人の中からなるべく温和そうな男性に声をかけた。

 ほんとは女性がよかったがその勇気はなかった。


「あの、すいません」

「はい?」

「実は仕事を探してるんですけど……」

「ん? ああそれなら――」

 おお、マジか。こんなにすんなり!


 紹介されたのは町の役所が運営する職業斡旋所だった。

 そしてなんとラッキーなことに、仕事は即ゲットできた。


 なんでもパレード期間は交通整理やらゴミの始末やら人手が猛烈に不足しているらしい。

 ゆえに細かい手続きやらは取っ払ってすぐにでも働いてほしいと言われた。

 まさかこんなにあっさり仕事に就くことができるとは。転職活動に失敗しまくっていたのが嘘みたいだ。

 まあ言ってしまえば短期バイトだけど。


 ちなみに時給は2000G。これはでかい。

 いいとこ元の世界基準で1000Gくらいだと思っていた俺からすればウハウハである。


 しかもこのパレード。さすが魔王討伐という歴史的な偉業の祝賀だけあって1か月も続くらしい。

 つまり、これで俺は最低でも1か月は仕事に困らないことになる。

 いやぁ、勇者さまさまだ。


 これで資金調達の目途も立ったし、いずれ武器も買えるだろう。

 動きやすいにと作業着と靴も支給されたし、ようやくスーツに革靴生活ともおさらばできる。


 いい。いい流れだ。今ならなんでもうまくいく気がする。

 ハハ、なんて素晴らしいんだこの町はっ!!


「見てろメスガキ。いずれ俺がぶっ倒してやる。首を洗って待って――」

「――それって私のこと?」



 ザシュ。



 ……はい?


 ゴロリと石畳を転がる俺の首。

 誰の仕業かなんて、もはや説明するまでもなかった。


 路地の裏からニッコリと笑顔で出てきたのは、例のメスガキだった。

「まさか自分から私の住んでる町に乗り込んでくるなんて。まさに飛んで火にいる夏の虫、ってやつだね。ていうか気づかなかったの? いっつもこっちの方角から飛んできてたのに。ほんとマヌケだよね、おじさんってw」

「…………」


 ……やっぱ最低の町です、ここ。




☆本日の勝敗

●俺 × 〇メスガキ


敗者の弁:親愛なる勇者様へ。ここに悪魔がいます。魔王討伐でお疲れのところ大変恐縮ですが、ついでに倒してはいただけないでしょうか。(吉川)

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