異世界転移したアラサー~いきなりメスガキに襲われたけど、コイツに勝たないと元の世界に帰れないってマ?~
やまたふ
第1話 美少女()
「今日もダメ……か。ハァ」
職場から受けた突然のリストラ宣告から3か月。
俺――
新しい仕事は全然見つからず、今日も面接に落ちた。もう何社目かも覚えていない。
貯金が乏しいので失業保険がもらえなくなる前に次が決まらないとマズいことになる。
正直、俺は焦っていた。
だからだろう。
“ソレ”を見つけたとき、俺は奇妙な運命を感じてしまった。
「『求人募集』……?」
アパートのポストに挟まっていたチラシ。
「『年収5000万、残業なし、社員寮あり、福利厚生充実、未経験歓迎、優しい上司が丁寧に指導します』……マジか」
気づけば、俺はくたびれたスーツの内ポケットからスマホを取り出していた。
まあ、今になって冷静になって考えればありえない話だ。
こんな好条件、仮にあったとしてそんな優良企業が求人サイトじゃなく、わざわざチラシなんてアナログな方法で募集をかけるなんておかしい。
完全に俺が馬鹿だった。
だが、当時の俺は正常な判断能力を失っていた。
この頃は将来への不安から、寝るときは布団の中で震えが止まらず、便器は血に塗れていた。
たぶん、話しかけられればすべての宗教に入信していたんじゃないだろうか。
そんな精神状態の俺には、このチラシが当選した宝くじにしか見えなかったのだ。
――そして、俺は “異世界”にやってきた。
「……………………おや?」
正直、何が起きたのかよく分からなかった。
チラシに書かれた番号に電話をかけた俺は、気づけば見知らぬ草原にいて、気づけば謎の集団に襲われて、そして気づけば冷たい牢屋の中にいた。
ペットショップ――と彼らは言っていた。彼らというのは俺を襲った集団。
どうやらここは生物の売買場らしい。他の牢屋には亜人やモンスターなど、いかにも異世界らしい生物たちが捕らわれていた。
「……騙された」
結論から言うと、つまりそういうことだった。
あの求人広告は獲物をおびき寄せるための餌。好条件に釣られた馬鹿な異世界人を召喚し、この場所で売りさばく。それが彼らのやり口。
その証拠に、俺の牢にも漏れなく他の商品たちと同じく値札の看板が吊るされている。
『異世界人(5G)――特価!』
……いや、安くね?
5Gてお前。さすがにビックリしたわ。
Gはゴールドの略で、ほぼほぼ1G=1円の価値らしい。つまり、俺の値段は約5円。
いやいやいや。どんだけ評価低いんだよ。駄菓子感覚かよ。舐めてんのか。特価!――じゃねぇんだわ。
「はぁ……」
……でもそんなもんなのかもな、俺の価値なんて。
資格もなければスキルもない。見た目も平凡。自慢できることなど何もない。
一般的な30歳であれば、昇進の一つでもして会社の主力になっているくらいの年齢だ。きっと辞表を出そうものなら全力で引き留められるに違いない。
なのに、現実の俺はその真逆。むしろ捨てられた身。こんなゴミカス、いったい誰が好き好んで購入するというのか……。
ワンチャン食料にだってなりやしない。運動不足だし、たぶん血もドロドロだろう。肉質的にはC3くらいじゃなかろうか?
こうなるともはや拷問の実験材料くらいしか使い道が思いつかん。
……ヤバい、自分で言ってて泣けてきた。
「――ま、そう落ち込むなよ、兄ちゃん」
ふいに、どこからともなくそんな声が聞こえてきた。
「スライムさん……」
隣の牢のスライムさんだった。時折こうして話しかけてくれる。
愛くるしい見た目に反して、渋いおっさんみたいな声。ギャップが激しすぎて最初は戸惑った。
だがいい人だ。俺のしょうもない身の上話にも親身に耳を傾けてくれる(耳ないけど)。自分だってつらい境遇のはずなのに。
スライムさんは俺よりもずっと古株だ。言い換えれば、それだけ長く売れ残っているということ。
俺たちはいつしかお互いに妙な親近感を覚えていた。
価格も同じ5G。このペットショップの最底辺の二人。いや二匹。
「人生これからだって。まだまだいくらでも成長できるさ。元気出してこうぜ」
「はい……そうですね!」
「ま、残りもん同士これからも仲良くしてこーや。抜け駆けすんなよ」
「はは、スライムさんこそ」
「ヘヘ」
「フフ」
牢屋に響く笑い声。
少しだけ元気が出た。仲間がいるというのはこんなにも人に希望を与えてくれるのか。
翌日、スライムさんはいなくなっていた。
『SOLD OUT』の看板だけを残して。
「あの裏切り者がああぁぁッッッ……!!!」
ふざけんなよ。なにがこれからも仲良くしていこう、だ。抜け駆けしやがってあの軟体生物……!!
去りゆくヤツの最後の顔が忘れられない。とんでもないドヤ顔だった。殺してやろうかと思った。
「……ダメだ。完全に心折れた」
この世界に神はいない。いや、この世界も、か。
きっと俺は誰にも必要とされないまま、この吹き溜まりのような場所で朽ち果てていくのだ。
目の前が真っ暗になる。
心が闇に染まっていく。
しかし。
「――あ、いたいた。この人です」
「!?」
牢の前から聞こえた声に、俺はハッとなって顔を上げた。
そして、思わず大声を出しそうになった。
女の子だ。
しかもとんでもなく可愛い。
ややツリ目気味な目元に、ふんわりとしたツインテール。
学生……なのかは不明だが、幼い顔立ちに華奢な体つきを見るに少なくとも一回り以上は年下っぽい。
そのくせ服装はどこか大人っぽくて……正直ちょっと目のやり場に困るレベル。
そんな美少女が、ハッキリと俺を指さしている。
どうやら俺を購入しに来たらしい。ま、マジかよ……嘘じゃないよな?
「でもいいんですか? 売り物にしといてなんですけど、ペットにするなら他にもっとかわいいのとかいますよ」
代金を受け取りながら隣にいた店員が不思議そうに尋ねる。
おいバカやめろ。余計なことを言うな。気が変わったらどうする……!
だが、俺の懸念をよそに少女は首を横に振った。
「いいんです。最初からこの人目当てで来たので」
なっ……!?
「じゃあ、あとはこちらで引き取るので大丈夫です」
そう言って店員を下がらせると、少女は扉を開けて牢の中へと入ってきた。
暗くてカビ臭いだけの室内に、まるで桜の花が咲き誇ったかのようだった。
「フフッ。やっと見つけた」
少女が嬉しそうに俺の前にしゃがみ込む。
「とまあそういうわけだから。これからよろしくね」
「―――ッ!?」
……め、女神だ。
ニコリと笑った少女の顔に、俺の心は一撃で打ち抜かれた。
神などいないと言ったがあれは嘘だ。そうだ、神はここにいたのだ。
「じゃ、早速だけどイこっか」
はい、どこまでもついて行きます!
――と、俺が言おうとした瞬間だった。
ザシュッ。
ナニか太くてみずみずしいものが一息に斬れる、そんな音だった。
……………………あれ?
少女の笑顔がグルンと逆さになる。
……いや、違う。逆さになっているのは俺だ。
でも変だな。身体は別に動いてないのに……。
ゴツッという鈍い音が響く。
見上げた先に映る、返り血を浴びた少女の姿。
ここに至って、俺はようやく気づいた。
少女も自分も動いていない。ただ……俺の首が取れたのだ。
な、なぜ……。
声なき声で問う。だが、少女は答えない。それどころか、相も変わらずにこやかな笑顔でこう言った。
「じゃ、またあとでね。お~じさん♪」
こうして、俺は出会ってしまったのだ。
俺の人生を激しく狂わせた――“メスガキ”に。
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