絶望サラリーマンの異世界放浪記
ほげほげ太郎
プロローグ
深夜から降り続く雨は、やがて豪雨となり、林立する高層ビル群の窓を強く打ち付けていた。
午前2時。
その1つのビルの高層階、薄暗い灯りの中、まだ灯りが灯っているフロアがある事を眠気覚ましのコーヒーを片手に見下ろしていた。
- 俺と同じ徹夜組か。ご苦労なこったな。-
その日50になる葛城恭一は冷めかけたコーヒーを一気に喉に流し込んだ。後ろを見れば誰もいないオフィス。同時期に入った者は上席になったり、新たな新天地を求め転職している。創造力や野心はとうの昔に心に封じ込めてはいるものの、自分だけが取り残された気分に時々襲われる。
- こんなことならもっと気楽に過ごしていればよかった。-
今さら思い返しても仕方のない後悔の念が頭をよぎる。
この不景気なご時世、仕事があるだけでもマシと考えるしかないという考えをもてればいいのだが心のどこかでは否定している自分がいる。
- さっさとこんな人生終わればいいのに。-
恭一は心の中でそう呟く。そういえば、5時間程前に電車の人身事故のニュースがスマートフォンの通知に表示されていた。昔はただ迷惑だとしか感じなかったが、今では自分もいつかそうするのではないかと思ってしまう。
そこで考えを切ると、スクリーンセイバーになったPCへとのろのろと戻っていった。
PCの画面上には新着メールを示す表示が映っていた。送信元はいつもやりとりをしている取引先のシステム部の人物からの質問のメールだった。
- 大変だねぇ。-
そう思いながらメールの内容をざっとチェックする。さすがに業務時間外のため備忘録のメモ帳に返信の旨とメールの概要を書き留める。と、その時だったいきなりの激しい頭痛に襲われる。
「くそっ。またか。」
思わず毒づく。ここ3ヶ月程、彼は時折激しい頭痛に襲われていた。精密検査をしたが何も問題は出なく片頭痛の薬を処方されるのみに留まっていた。頭を押さえながら鞄を漁る。手探りで薬のシートを取り出すと、自販機までのろのろと歩いて行った。
本当はよくないと思いつつも適当なジュースを買い錠剤を飲んだ。飲んだからと言ってすぐ効くわけではない、席に戻ってくると頭痛が収まるのを祈りながらなんとか残りの仕事を進めていた。
仕事がだいぶ終わりに近づいてきて一息ついたときだった。一瞬寝たのかもしれない。頭の中に一瞬映像が浮かんだ。複数の柱が立ち並ぶ大理石の広間。その中央に巨大な魔法陣らしきものが書かれており、その中央に儀式的な服装をした女性が印を結んだ状態で立っていた。口元は何か小声でつぶやいているように少し動いているのがみえる。
はっと我に返る。夢まで見るとは相当疲れているようだ。さっさと仕事を終わらせて朝まで待機しよう。そう考えて最後の仕上げにとりかかる。
最終確認まで思ったより時間がかかり時計は午前4:30になっていた。もうそろそろ始発が動き出す頃だ。成果物を送信し終えると恭一は鞄に荷物をまとめた。荷物とはいってもスマートフォンと手帳、飲み残しのペットボトルしかないが、ペットボトルは一気に飲んでしまおうと思ったが半分以上残っていたのでそのまま鞄に入れた。ふと外を見やると雨は勢いを増すばかりで駅までは傘を広げていくしかなさそうだ。
オフィスの照明を落とし、扉のロックを確認すると折りたたみ傘を左手に持ちながらエレベータのボタンを押す。
- 無茶なスケジュール時間通りには終わらせたが、大した評価もされんだろう…。知った事か。-
暗澹たる気持ちになりながらエレベータに乗り込む。いつもこうだ。ねぎらいの言葉など期待する方が間違っている。仕事を終わらせたのに嫌な気分だ。
ビルを出て駅に向かう。駅に着けば始発電車が動き出す頃だ。朝から緊急車両の音が遠くに聞きながら大通りに歩を進める。
彼のオフィスから駅までは微妙に距離がある。移転直後はその距離にうんざりしたものだ。人気のない路地、シャッターが閉まった個人事務所が集まったような路地を抜ける。いつも通る道だがこんな時間に歩くのは久しぶりでそこに自分しかいないような気分になる。
駅のホームに上がるとちょうど到着した電車に乗り込む事ができた。酔っ払いと思しき数人が座っているだけで車内はガラガラだった。自分も端の席に腰を下ろす。あまり眠くはなかったが乗り凄し防止に待ち受け画面が初期設定のまま変更していないスマーフォンを取り出しおよその到着時刻10分前にセットして胸ポケットにしまい背もたれに体重をかける。
眠らないつもりだったが電車の振動がちょうどよく眠気を誘う。会社からは電車で30分。大した移動距離ではないがアラームもあるし少しくらいは大丈夫だろうと思いながら目を閉じる。
一瞬だけ夢を見た。
また先ほどと同じ景色だ。複数の柱が立ち並ぶ大理石と魔法陣が描かれた広間。相変わらず何かを必死で呟いている女性。先ほどと違うのは魔法陣がより光を増している。
スマホのアラームが鳴って彼は現実に引き戻された。ゲームのやりすぎでそういう夢を見るのだろうと自嘲する。その数秒後、アラームの後を追うように
『お出口は右側です』
といういつもの聞きなれたアナウンスが流れる。何度も目にしている見慣れた街並みがそこには見える。会社と家の往復。それが葛城恭一の一生だ。
いつもと変わらない道をいつもと変わらない歩幅で歩き家路につく。門を開けて家に入る。既に寝ている両親を起こさないよう音をたてないように玄関に入り自室に向かうが、父親の良平が気付いたらしい。階下に降りてきた。
「お帰り。大変だな」
「ああ、シャワーでも浴びて寝るわ。どうせ今日祝日だし今から寝る。」
他愛のない会話を交わしそれぞれ自室に向かう。
シャワーで汗を流し自室に戻る。
なんとなく先ほどの見た夢が気にかかっていた。
少し起きてようかと読みかけの本を手に取るが再び頭痛が襲ってきた。舌打ちをしてベッドを整え倒れ込み目を閉じる。眠ろうと思ったが何故か眠れなかった。元々寝つきのいい方ではないのでいつもの事だったが。
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