第39話 命名、たまご屋ココ商会

 商会を立ち上げるにあたって、まず必要なのは――名前だ。


「ねえ。名前って、やっぱり大事だよね」


 朝の光が差し込む食卓で、ユーリは家族に問いかけた。前夜に商会を作ると宣言してから一夜明け、今日はその具体的な準備を進める日だった。


「たしかにな。名前で覚えてもらえるし、雰囲気や信頼にも関わるからな」


 ダンが腕を組んでうなずく。リリーも微笑みながら相槌を打った。


「あなたは、どんな名前にしたいの?」


 少し考え込んでいたユーリは、ふと視線を足下に向けた。そこには、ふかふかの羽毛を揺らしながら、のんびりと丸まっているココがいる。


「……“たまご屋ココ”っていうのはどうかな?」


 その言葉に、一瞬、場が静かになった。


「“たまご屋ココ”? ココって……ココ?」


「うん。最初に卵だったココと出会って、たまご屋のジョブがわかった。そのおかげで、キャタピラーとも出会えたし、今こうして商会まで作ろうって思えた。全部、ココのおかげだから」


 ユーリはココのふわふわの羽をそっとなでながら、にっこりと微笑んだ。


「それに、“ココ”って響きも可愛いし、覚えやすいかなって」


 ダンとリリーは顔を見合わせ、やがて優しく笑った。


「いいじゃないか。意味も想いもこもってるし、何よりお前らしい」


「ええ、私も素敵な名前だと思うわ。“たまご屋ココ”、ふふ、口に出すとなんだか可愛くて、元気が出るわね」


「じゃあ、決まりだね!」


 こうして、“たまご屋ココ”の名前が正式に決定した。


 その日の午後、ユーリはギルドを訪れ、商会設立の手続きを行った。


 ギルドの会議室で、アヤナとギルド長のバルド、そして紹介された補佐役の候補者――落ち着いた雰囲気の女性が待っていた。


「ユーリちゃん、紹介するわ。こちらはミーナさん。ギルドの会計部門で長く働いていた方よ。事情があって第一線からは退いたけれど、裏方としては頼りになる方なの」


 落ち着いた声と柔らかい笑顔のミーナは、ユーリに丁寧にお辞儀をした。


「はじめまして、ユーリさん。“たまご屋ココ”の立ち上げに、少しでも力になれたら嬉しいです」


「ミーナさん、よろしくお願いします!」


 書類への記入や、今後の活動内容、登録する職務範囲などを一つひとつ丁寧に確認しながら、商会の登録は順調に進んでいった。



————————————————


商会名:たまご屋ココ

業務内容:卵および関連製品の生産・販売、魔法付与製品の流通、素材の供給および管理

代表者:ユーリ

補佐役:ミーナ(ギルド推薦)

支援組織:フィール冒険者ギルド


————————————————


 「正式に登録が完了したわ。これで“たまご屋ココ”は、商会としてギルド認定を受けたわよ!」


 アヤナが嬉しそうに宣言し、バルドも豪快に笑った。


「さぁ、ここからが本番だな、ユーリ」


「はい!」






 商会設立の手続きが終わったあと、ユーリとミーナはギルドの小会議室に残り、具体的な仕事の流れや人材の募集方法について話し合っていた。


「キャタピラーの世話と糸の管理、それから刺繍品の配達、卵の流通も……かなりの作業量になりますね」


 ミーナはユーリがまとめた業務内容を見ながら、丁寧にメモを取り始めた。


「一人では到底回せない規模だと思いますが、ユーリさんはまずどの仕事から人を増やしたいですか?」


「えっと……糸の管理と、配達かな。クレアさんのところに行くのは好きだけど、最近は刺繍品が増えて、納品も多くなってきてて」


「そうですね。何かあった時のことを考えても小柄なユーリさんが大きな商品を持っているのはいささか無謀に過ぎます」


 ミーナはさらさらと筆を走らせ、いくつかの名前を書き出した。


「ギルドの中に、すぐに紹介できそうな人が何人かいます。動物や魔物の世話が得意な人、器用で責任感のある人……簡単な面談をして、試用期間を設けましょうか?」


「面談ですか!? 私がやるんですか?」


「ふふふ、大丈夫。私も隣にいますし、最初は一緒にやりましょう。でも、雇うのはユーリさんですからね」


 ミーナの落ち着いた言葉に、ユーリは少し背筋を伸ばしてうなずいた。


「……はい。ちゃんと、自分の言葉で決めます」


 その帰り道、ギルドを出たユーリは、夕暮れの空を見上げた。空は茜色に染まり、あたたかい風が頬を撫でる。


 (“たまご屋ココ”。この名前で、みんなの力を借りて、もっとたくさんの人に役立つお仕事ができたらいいな)


 その時、背後からふわりと羽ばたく音がして、ココがぴょこんと肩に乗ってきた。


「わっ……もう、びっくりしたよ」


 ココは「クワッ」と鳴いて、ユーリの頬に首をすり寄せた。


「……うん、ありがとう。頑張るよ。人を雇うんだもん。お金もかかるし、ちゃんと稼がなきゃね」


「ユーリさんとしてはお金のことも不安ですよね」


「はい。最近は少しはお金が増えているとは思いますが、何にいくらかかるのかとか、今後は何が必要でそれはどのくらいのお金が必要なのかとか…」


「そうですよね。その辺は私も力になれるので、安心してください。経理もお手伝いしますから。」


「ミーナさん、ありがとうございます。」


「いえいえ。さてユーリさんさえよければ明日にでも候補の2人と会ってみませんか?」


「そうですね!よろしくお願いします!」


こうして、商会を立ち上げたユーリは、子どもながら採用のための面談を行うことになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る