追い詰められた胆礬色の男爵令嬢~(逆)ハーレムを作る為に必要なもの~

紺名 音子

第1話 卑屈で訳ありな男爵令嬢



「ヴィオラ、私達の村はこの村と合併する事になったんだ」

「私達はその準備で忙しくなるから、ヴィオラはこの村で待っててね」



 真っ暗な空間の中、お父さんとお母さんの優しい声が聞こえる。

 ああ、またこの夢か――と思っても、どうやって起きればいいのか分からない。


 だから私は耳を塞いで走り出す。そこから続く声が少しでも聞こえてこないように、早く夢から醒めたいと願いながら。

 

「その花、毒があるから触らないで」


 これ以上は聞きたくない。


「シュゼムを独り占めしないで」

「貴族だからってズルくない?」

「ねー、ヴィオラだけ先に来て仲良くなってるんだもん」

「ヴィオラがいなくても楽しかったよね」


「こんな田舎村を管理する貴族なんて1つあれば良くない?」

「ヴィオラなんて、いなくなればいいのに」



 ――――ああ、もう、嫌!!




 消えたくなる位の絶望に悲鳴を上げた後、闇が晴れて灰色の布団が視界に広がった。

 布団を照らす柔らかな日差しは最高の天気を告げているけど、寝覚めは最悪。


「……水玉オーバール


 上半身を起こし、宙に小さな水玉を出現させて口をつける。カラカラになっていた喉が潤った所でベッドから立ち上がり、窓の向こうにそびえ立つ学院を眺めた。


 逃げるように村を出て、12歳でこの学院の中等部に入ってもう3年――良い事なんて一つもなく。


(……後、2節で卒業かぁ)


 首を横に振って憂鬱な気持ちを散らした後、重い溜息をついて私はベッドから起き上がった。




 その日、最悪なのは寝覚めだけじゃなかった。


 皇国各地の貴族子息達が集まる魔導学院の食堂の隅――私は昼食を取りながら、自分の市場価値を再確認せざるをえない状況に追い込まれていた。


 ヴィオラ・フォン・ゼクス・サイアン――フォンやゼクスを名に乗せる事もおこがましい位ど田舎の村の貧乏男爵家の娘、という点がこの場において私の価値を著しく貶めてるのは分かってる。


 それでも艶のある栗色の髪と深く渋みのある青緑の目は自分で言うのも何だけど結構綺麗だと思うし、顔の作りもスタイルも良い方だと思う。


 村の男の子達から声かけられたりしなかったけど、お父様もお母様も『この村の中ではヴィオラが一番可愛い』って言っていたし。

 実際、ここに来ている女の子達の中でもけして「下」には属していないと思う。


(うん、絶対悪くはない……悪くはない、と思いたい……)


 だけど悲しい事に、私と同じテーブルを囲っている4人の男達は私の隣で愛想振りまいている私のクラスメートしか見ていない。


「で、その時虫に追いかけ回されてたヴィオラがすっごく可愛くて~、ね、ヴィオラ?」


 隣に座るやや舌っ足らずな声の主がこっちに話を振る。

 うっすら桃色がかった柔らかい銀髪と同じ色の瞳を持つ、素朴な顔立ちのクラスメイト、レナ・ズィーベン・ベスタ。


(……何でこの席に座る男達は皆、私じゃなくてレナに惹かれてるんだろう?)


 化粧品にお金を使うのはもったいないから、と頬のそばかすを隠そうともしない彼女に見目麗しい令息達は皆、温かな眼差しを向けている。


 税を収められないほど困窮している民――貧民でありながら強い魔力を見出され、このヴァイゼ魔導学院に特待生として招かれたレナは一般の令嬢達と全く価値観が違う。


 貧民上がりの彼女は入学当初とてもか細い体をしていて貧民丸出しの品性のない振る舞いも相まって周りから失笑と同情を買っていた。

 3年経った今では大分見られるようにはなってきたけれど、彼女の容姿はさして褒められる部分もなく。

 その上欠点を隠す化粧すらしない彼女は到底美女とは言い難い。それに――


「は、恥ずかしいから何度も言わないでよ……」

「だって、可愛かったんだもん。『やだぁ~』って私のまわりをグルグル走り回るヴィオラ!」


 人が恥ずかしいって言ってるのに何で話し続けるんだろう? 『人が嫌がってたらそれ以上言わないの』と教えてくれる人達がいなかったとしても、私が眉潜めてる事に気づけないのっておかしくない?


 しかも何でこの席の男の人達はこのやりとりを微笑ましい表情で眺めてるんだろう?


 皇家直属の騎士団の1つを任されている伯爵家のご子息、蜂蜜を溶かしたような艶のある髪と目を持つタイラー様。

 この学院の理事長のご令孫であられる、紫がかった銀の髪と目を持つチェスター様。

 侯爵家に仕えている伯爵家の跡継ぎ、鮮やかな藍の髪と目を持つツィリン様。

 子爵家の出だけど既に教会の治癒師として認められている、明るく薄い青紫の髪と目を持つテト様。


 ――皆、本来なら私のようなど田舎の男爵令嬢がお目にかかる事も出来ない高貴な方々なのに。


 この人達の周りに『嫌がってるんだからやめなさい』って言ってくれる人がいないとも思えないし――多分、私が本当に嫌がってるように見えないだけなんだろう。


(でも私が本当に嫌がったら、この人達は私に対して失望する……)


 それだけは避けないといけない。この人達がレナを見ていたとしても、レナの為に私に男の人を紹介してくれるかも知れない。

 この人達にアプローチして全く効果がなくて部屋で涙を流す度にそう心に言い聞かせて、私はこれまでずっとレナの隣で耐えてきたのだ。


 でも、今日の昼食も新たな出会いに繋がる事はなさそうだ。今朝見た夢が惨めさに拍車をかける。

 居た堪れなさに耐えかねて昼食を食べ終えると『ちょっと寄りたい所があるから』とレナを置いてその場所を離れた。


 少し離れた所でチラ、と振り返れば私が抜けた席で皆楽しそうに笑っている。


 私は彼女達にとっていてもいなくてもいい、その程度の存在。それでも村にいた頃よりはずっとマシだと思ってしまう。


 レナはいい子だ、と思う。ああして高位貴族に囲まれるようになってもこんな大した取り柄もない、ただ入学してしばらく同じ様に笑われ、1人で勉強するより2人の方が捗るだろう、と共に勉強しただけの私と一緒にいようとしてくれる。


 レナのおこぼれ目当てにレナの横で男達がレナに向ける熱い視線に何とも言えない思いをさせられている惨めな私とは大違いだ。


(……あーあ、こんな考え方、したくないのに)


 性格の悪い自分が嫌になる。学院に来れば少しはマシになるかなと思ったのに、卑屈な思考は酷くなる一方だ。


 私だってレナと同じ様に礼節を学んで、振る舞いだってそれらしくなっているはずのに、周囲の態度は入学時とさほど変わらないのもきっと私の底の浅さが見透かされているんだろう。


(苦しいなぁ……)


 外廊下に出た所で空を見上げる。雲ひとつない空に似つかわしくない重々しい気持ちを抱えながら教室の方に歩を進めようとすると、


「ヴィオラ!」


 呼び止められて振り返る。ダークグリーンのボサボサ頭にいかにも野暮ったい印象を受ける白衣の男がこちらに近づいてきた。


 シュゼム・フォン・ゼクス・キャクタス――この学院の高等部の薬学科に在籍する3歳上の幼馴染であり、私が卑屈になってしまった原因。


「……何?」

「ついさっき、卒業課題の合格をもらってね。ヴィオラを探してたんだ」


 眼にかかる程長い、癖のある前髪の向こうでダークグリーンの眼が弧を描いている。

 いくら頭ボサボサでだらしない服装をしていても、風の方向によってはちょっとムワッとする匂いを感じても、目の下にクマがあっても――一度は好きになった相手の笑顔を見ると、心が微かに疼くから嫌だ。


「まさかシュゼム、貴方そんなだらしない姿で先生に卒業課題を提出したの……? ただでさえ貴方近づいたらちょっと変な臭いするんだから、身だしなみには一層気をつけないと……」

「薬学部は皆こんな感じだから大丈夫だよ。身だしなみに気をつけた所できゃあきゃあ言われるだけで煩わしいだけだ」

「煩わしいなら分けて欲しいわ」


 シュゼムはちゃんとすれば先程の方々に勝るとも劣らずの美形だ。

 私だって、シュゼム位、美貌に恵まれたなら――と思うと、自分の武器を生かさないシュゼムについ嫌味の一つも言いたくなってしまう。


 美貌か魔力――どちらか1つでもあれば良い男を捕まえたり、誰かによりかからずに生きられるような仕事が見つかるのに。


「ヴィオラに僕の美貌とやらを分けた所で玉の輿が上手くいくとは思えないけどね」


 ケラケラと笑う初恋相手にもう何百回と抱いた殺意が込み上がる。でもこんな所で彼を蹴飛ばしたり罵倒したら私の評判に関わる。


「私を馬鹿にする以外に用がないならもう行くから」


 この幼馴染に関われば関わるほど、不幸になる。


「えー? せっかく兄さんとの結婚を回避できる薬を持ってきたのに?」


 その言葉に足を止めてシュゼムを振り返ると、彼はいつものように綺麗で、嫌味な笑顔を浮かべていた。


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