2話 電話番号
S県K市の一角にある中規模店の居酒屋「まるしぇ」
お洒落でない内装がかえって居心地が良く、料理の品目の多さが売りのまるしぇは、水曜日にも関わらず多くの客で賑わっている。テーブル間もある程度のゆとりがあり、となりの客席を気にせず飲めるのも人気の秘訣なのかも知れない。
トイレ近くに位置する中テーブルに4人の作業服の男が酒を飲み交わしていた。
4人の年齢にバラつきは見えるが、上下関係のようなものはなく気楽な飲みの席。その光景は至って普通そのものだ。
「今日の国道ルートしんどかったわ。駐車場なさすぎな。」ガタイの良い1人、松下がぼやけば他3人も云々と頷く。
「やっと停めても、ほぼ切れてないしさ。」再び3人がわかると頷く。
4人全員が同じ業務であれば出てくる愚痴もだいたい同じである。
「俺なんか、ムツゴロウに15分も粘着された。」別の1人、竹園も愚痴をこぼす。
誰が言い始めたのか、自動販売機の補充、点検修理中に来て、作業が終わるまでその場でムッツリ顔で待っている人のことをムツゴロウと言いだした。馬鹿にしている感じが気に入ったのか、なぜか定着してしまった。
20代後半の菅井はふと店内の時計を見て、自身のスマホでも時刻を確認し菅井が言った。
「そろそろ、遅番のコールセンターの子が上がりですよ。誰か呼びません?」
「いいね。誰が来てたっけ」
「吉野、呼びます。」即答したのも菅井だった。
コールセンターは男女比、2:8、女性率が高いシフト制の部署。人数もそれなりならば誘ってやって来てくれるノリの良い子も当然いる。その代表格とも言える、吉野が今日出勤していることを菅井は知っていた。
直ぐにLINEの画面を開き、通話のボタンをタップする。こういう時にチャットを使っていては難癖つけて逃げられるので、通話でサッと伝えたほうが良い。
「お疲れ様。今さ現場の4人でまるしぇにいるんだけど、吉野さん来ない?‥‥あぁ、俺と松下さんと、広瀬君と竹園君‥‥いや、まだ1時間経ってない感じ‥‥一番奥のテーブルだから宜しく。」
そう話すと菅井は笑顔で携帯をテーブルに置き、何人で来るんだ?という松下の問いには2人と返した。
吉野と二人で来るとなれば、同じくらいノリの良い岡田だろう。見知った顔で物珍しさはないが、華があるだけマシだ。
それから15分もした頃に、二人の女性、吉野とやはり岡田がやって来た。二人は軽く挨拶すると特に気を使うことなく、直ぐに自分達の飲み物を頼み始めた。
物怖じしない性格であり別部署の年上男性であっても委縮しないのが彼女たちの良い所だ。
今日は何か面白いことあった?に対して何もないよと続く他愛ない会話。どこにでもあるような至って普通の酒の場であった。
「そういえば、昼過ぎに幽霊から電話あって、気付かず出ちゃった。」
しばらくして忘れていた事を思い出したように口を開いたのは吉野だった。
事情を知らない人が効いていれば目を丸くして聞き返すだろうが、幽霊が出ると言われる自動販売機の話を吉野や菅井らの会社の中で知らない者はいない。
—―自動販売機の幽霊
S県T市のとあるビル、5階にある自動販売機に現れる幽霊で、釣り銭切れのランプが出ているとカスタマーセンターへ電話してくる。補充員が向かうと釣り銭切れのランプは点灯しているものの、肝心のお釣りは十分なほど補充されているのだ。しかも、肝心の電話相手がいつもその場にいない。
5階には1つの企業がテナントを借りているのだが、企業に問い合わせても誰もカスタマーセンターへ電話した者はいないという。
現場で作業したスタッフの中には、幽霊らしきものを見たという人が多数いるため、この件は幽霊の仕業なのだ。と噂されている。
見解としては2つに分かれていた。
5階に入っている会社の陰湿なイタズラ。きっと上司に虐められた部下の1人が憂さ晴らししてるんだよという意見が1つ。
少数派ではあるが、異質な体験をしたスタッフは心霊現象によるものだと言うので2つだ。
菅井はどちらにもつかずだが、これだけ異質な体験をした者が多いなら霊的な何かがあってもおかしくないと思っていた。とは言え、答えの出ない見解には飽き飽きしている所だった---この場にいる他の皆もだいたい同じである。
ここにいる作業スタッフは緊急のヘルプでもない限り、T市には出向かない。
「つか、電話取るなっての」
軽いノリで同僚の岡田が言う。
「で、今日もお釣りが切れてるって言われたの?」
「いや、ずっと無言っぽくてさ、何もしゃべらないの。だから、こっちから切った。」
勝手に切ったらダメだろと松下がツッコミを入れた。しかし、それに反応することなく吉野は続けた。菅井も広瀬も興味深々である。竹園は興味があまりないのか、俯いてスマホを操作していた。
「でも何かボソッと言った気がするんだよね・・・それで、電話番号メモしてきた。」
吉野はそう言いながら、自身のスマホを取り出してメモ帳のようなアプリに記された携帯電話番号を見せた。
その瞬間、皆の注目が高まったのが菅井にも分かった。
「掛けてみようぜ」と誰かが言うと、軽い返事とともに電話番号を入力し始めた。
恐らく、そのつもりで吉野も電話番号をメモし、話を持ち出したのだろう。
吉野がスピーカーモードに設定すると、全員がスマホに耳を近づけた。
「お掛けになった電話番号は現在使われておりません。」
「あれ・・・番号間違ってたかも」
咄嗟に通話終了を押した吉野が冗談っぽく言う。予想しなかった結果に誰もが間違いではないのではと思っていた。
吉野が念入りに確認するかのように、スマホをじっと見ていた。菅井には、吉野の笑顔が失せていくように見えた。
「つか個人情報!」「それな」と軽いノリで場を和ませ、また別の話題となった。
それでも終始、若干の焦りを隠せないでいる吉野に菅井と岡田だけ気づいていた。
——次の日、吉野はシフトに入っていたにも関わらず仕事には来なかった。
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