子供達と神々の神楽 ～月の章～

胡蝶の夢の始まり Bパート

　夜（よ）空（ぞら）には、星（ほし）が月（つき）を飾（かざ）り付（つ）ける様（よう）に輝（かがや）いている。

　肌（はだ）寒（ざむ）い４月（がつ）の深（しん）夜（や）。

　澪（みお）はキーホルダーを持（も）って、通（かよ）っている小（しょう）学（がっ）校（こう）の屋（おく）上（しょう）に居（い）た。

　部（へ）屋（や）で目（め）が覚（さ）めた澪（みお）は、現（あら）われた刻（とき）代（よ）にキーホルダーを持（も）って来（く）る様（よう）に言（い）われた後（あと）、キーホルダーを持（も）てこの場（ば）所（しょ）までワープで連（つ）れて来（こ）られたのだ。

「澪（みお）、キーホルダーを天（てん）に翳（かざ）して」

　刻（とき）代（よ）に言（い）われ澪（みお）が翳（かざ）したキーホルダーの罅（ひび）は、澪（みお）が目（め）を覚（さ）まし確（かく）認（にん）した時（とき）には既（すで）に直（なお）っていた。

「月（つき）の鏡（かがみ）よ、生（せい）命（めい）の光（ひか）り……業（ごう）の輝（かがや）きを写（うつ）し自（みずか）らを臣（おみ）たる器（うつわ）えと変（か）えよ」

　そう言（い）った刻（とき）代（よ）の言（こと）葉（ば）と、月（つき）と星（ほし）の光（ひか）りでキーホルダーの形（かたち）は白（はく）銅（どう）鏡（きょう）から、針（はり）の無（な）い、楕（だ）円（えん）の和（わ）時（ど）計（けい）の文（も）字（じ）盤（ばん）へと変（へん）化（か）する。

「さぁ澪（みお）、貴方（あなた）の臣器（おみき）の姿（すがた）と名（な）前（まえ）を考（かんが）えなさい」

　刻（とき）代（よ）がそう言（い）うと、言（い）われた澪（みお）は刻（とき）代（よ）の顔（かお）を見（み）て言（い）い返（かえ）す。

「……それは刻（とき）代（よ）ちゃんが考（かんが）えて」

「考（かんが）えてって、アンタねぇ。それぐらい自（じ）分（ぶん）で考（かんが）え……――」

　呆（あき）れた顔（かお）でそう言（い）い返（かえ）す刻（とき）代（よ）に、澪（みお）は首（くび）を横（よこ）に振（ふ）り、刻（とき）代（よ）の言（こと）葉（ば）を遮（さえぎ）る。

「違（ちが）う。今（いま）思（おも）い付（つ）かないのも有（あ）るけど、そう言（い）うんじゃなくて……　刻（とき）代（よ）ちゃんが考（かんが）えて欲（ほ）しいんだ」

　きちんと言（い）いたい事（こと）が伝（つた）わっているか不（ふ）安（あん）な澪（みお）に、刻（とき）代（よ）は呆（あき）れた顔（かお）を止（や）め言（こと）葉（ば）を返（かえ）す。

「……分（わ）かったわ、それじゃ形（かたち）だけは決（き）めて頂（ちょう）戴（だい）」

「鳥（とり）が良（い）い……」

　今（こん）度（ど）は即（そく）答（とう）した澪（みお）に、刻（とき）代（よ）は右（みぎ）手（て）を差（さ）し出（だ）して言（い）う。

「それじゃ、そのキーホルダー貸（か）して」

「はい」

　澪（みお）からキーホルダーを手（て）渡（わた）された刻（とき）代（よ）は少（すこ）し考（かんが）える。

（鳥（とり）か……　さて、名（な）前（まえ）を頼（たの）まれたが……）

　刻（とき）代（よ）は澪（みお）を見（み）て思（おも）い付（つ）く。

「お出（い）で埜（ヌ）依（エ）丸（マル）」

　そう呼（よ）ばれた澪（みお）の臣（おみ）器（き）が、暗（くら）闇（やみ）の中（なか）から姿（すがた）を現（あら）わす。

「ヒョー」

　澪（みお）に近（ちか）付（つ）くと、そう鳴（な）いた虎（とら）鶫（つぐみ）を模（も）したそのロボットは、全（ぜん）身（しん）黄（おう）褐（かつ）色（しょく）で全（ぜん）長（ちょう）１メートル程（ほど）。

「よろしくね、埜（ヌ）依（エ）丸（マル）」

　埜（ヌ）依（エ）丸（マル）に澪（みお）がそう挨（あい）拶（さつ）すると、刻（とき）代（よ）が澪（みお）に言（い）う。

「色（いろ）々（いろ）な練（れん）習（しゅう）は明日（あした）からね。１時（じ）半（はん）ぐらいに向（む）かえに……――」

　そこまで刻（とき）代（よ）が言（い）うと、澪（みお）は刻（とき）代（よ）の言（こと）葉（ば）を遮（さえぎ）る。

「土（ど）曜（よう）はスイミングとソロバンが有（あ）るから無（む）理（り）」

「それじゃ日（にち）曜（よう）ね。９時（じ）半（はん）頃（ごろ）に迎（むか）えに行（い）って良（い）いかしら？」

「鉄（てつ）……アニメ見（み）たいんだけど？」

「アンタねぇ……　まぁいいわ、それは私（わたし）の家（うち）で見（み）なさい。それじゃあ最（さい）後（ご）に、貴方（あなた）のもう１つの姿（すがた）は如何（どう）する？」

　刻（とき）代（よ）のこの言（こと）葉（ば）に澪（みお）がキョトンとしたので、刻（とき）代（よ）は説（せつ）明（めい）をする。

「言（い）った筈（はず）よ、好（す）きな貴方（あなた）に変（か）えてあげるって。まぁ正（しょう）体（たい）を隠（かく）す意（い）味（み）合（あ）いも有（あ）るから、顔（かお）は変（か）えるか隠（かく）さないと駄（だ）目（め）だけど」

「どんなのでも良（い）いの？」

　そう聞（き）き返（かえ）した澪（みお）に、刻（とき）代（よ）は自（じ）身（しん）満（まん）々（まん）に言（い）い返（かえ）す。

「ええ。それと服（ふく）装（そう）は、考（かんが）えが無（な）いならこちらで決（き）めさせてもらう。あと、飛（ひ）行（こう）能（のう）力（りょく）も付（つ）く。さぁ考（かんが）えなさい、自（じ）分（ぶん）が自（じ）信（しん）を持（も）てるだけの偽（いつわ）りの自（じ）分（ぶん）を」

（僕（ぼく）は……）

　刻（とき）代（よ）の言（こと）葉（ば）で澪（みお）は考（かんが）え、そしてその考（かんが）えを刻（とき）代（よ）に言（い）う。

「もう少（すこ）し物（もの）覚（おぼ）えを良（よ）くしたい。それと僕（ぼく）は友（とも）達（だち）ときちんと話（はな）したい、せめて噛（か）んだり詰（つ）まったりしないぐらいには」

　その原（げん）因（いん）が自（じ）分（ぶん）に有（あ）ると、澪（みお）は理（り）解（かい）をしながら……

「あら、思（おも）ったより欲（よく）が薄（うす）いわね。なら姿（すがた）は如何（どう）するの？」

　そう尋（たず）ねる刻（とき）代（よ）に、澪（みお）は真（ま）面（じ）目（め）な顔（かお）で言（こと）葉（ば）を返（かえ）す。

「考（かんが）えてる。服（ふく）装（そう）は任（まか）せる」

「なら行（い）くわよ。夢（ゆめ）を見（み）守（まも）る月（げっ）光（こう）よ、澪（みお）の姿（すがた）を望（のぞ）みの姿（すがた）に変（か）えよ」

　刻（とき）代（よ）の言（こと）葉（ば）で澪（みお）は光（ひか）りに包（つつ）まれ、姿（すがた）が変（か）わって行（い）く。

　光（ひか）りが消（き）えると、澪（みお）はその姿（すがた）を刻（とき）代（よ）の前（まえ）に現（あら）わした。

　そう、現（あら）わしたのだが……

「何（なに）その姿（すがた）？」

　驚（おどろ）いている刻（とき）代（よ）に、澪（みお）は尋（たず）ねる。

「ねぇ、自（じ）分（ぶん）で姿（すがた）見（み）てみたいんだけど？」

　すると澪（みお）の目（め）の前（まえ）に、月（つき）明（あか）りに照（て）らされた全（ぜん）身（しん）鏡（きょう）が出（しゅつ）現（げん）した。

　鏡（かがみ）に映（うつ）った澪（みお）の姿（すがた）は、例（たと）えるなら和（わ）風（ふう）のアンテークドール。

　もしくは冠（かんむり）の無（な）い、派（は）出（で）さを抑（おさ）えた化（け）粧（しょう）の無（な）いお稚（ち）児（ご）さん的（てき）なもの。

　服（ふく）装（そう）は薄（うす）い水（みず）色（いろ）の単（ひとえ）と括（くくり）袴（はかま）の上（うえ）に、半（はん）透（とう）明（めい）の黒（くろ）い水（すい）干（かん）姿（すがた）で、水（すい）干（かん）には蝶（ちょう）を模（も）した刺（し）繍（しゅう）。

　足（あし）元（もと）は、足袋（たび）に漆（うるし）塗（ぬ）りのぽっくり下駄（げた）。

　体（からだ）そのものはと言（い）うと、身（しん）長（ちょう）そのものは変（か）わらないが、髪（かみ）は長（なが）く成（な）り、肩（かた）の辺（あた）りで結（ゆ）っている垂（すい）髪（はつ）は白（はく）銀（ぎん）色（いろ）で腰（こし）まで有（あ）り、右（みぎ）目（め）は青（あお）く左（ひだり）目（め）は赤（あか）い。

　更（さら）に顔（かお）自（じ）体（たい）も、元（もと）々（もと）体（たい）格（かく）に合（あ）った少（すこ）し可（か）愛（わい）らしい男（おとこ）の子（こ）の顔（かお）から、女（おんな）の子（こ）の可（か）愛（わい）らしい感（かん）じの顔（かお）に変（か）わり、澪（みお）とは分（わ）からない。

「あれ、目（め）の色（いろ）が違（ちが）う？」

　鏡（かがみ）で自（じ）分（ぶん）の顔（かお）を確（かく）認（にん）し、不（ふ）思（し）議（ぎ）がってそう言（い）った、澪（みお）の目（め）の前（まえ）の鏡（かがみ）が消（き）えると刻（とき）代（よ）は言（い）う。

「それは私（わたし）の力（ちから）の影（えい）響（きょう）よ……って、何所（どこ）触（さわ）ってんのよ！」

　怪（け）訝（げん）そうな顔（かお）で刻（とき）代（よ）がそう怒（おこ）った理（り）由（ゆう）は、澪（みお）が服（ふく）の上（うえ）からある物（もの）の存（そん）在（ざい）を確（かく）認（にん）していた為（ため）。

「ごめん、でも本（ほん）当（とう）に女（おんな）の子（こ）に変（か）わったのか確（かく）認（にん）したくて」

　性（せい）別（べつ）が変（か）わった事（こと）を確（かく）認（にん）した澪（みお）は、そう言（い）うと両（りょう）手（て）を広（ひろ）げクルっと一（いっ）回（かい）転（てん）した後（あと）、軽（かる）く飛（と）び跳（は）ねてから更（さら）に言（い）う。

「確（たし）かに僕（ぼく）だ。刻（とき）代（よ）ちゃん、元（もと）に戻（もど）るにはどうするの？」

　すると刻（とき）代（よ）は澪（みお）にキーホルダーを投（な）げ渡（わた）す。

「ぅわっと。暗（くら）いんだから止（や）めてよ」

　澪（みお）はキーホルダーを如何（どう）にかキャッチすると、そう文（もん）句（く）を言（い）った。

「じゃあ何（なん）で、月（つき）明（あか）りだけで鏡（かがみ）に映（うつ）った姿（すがた）が見（み）えたのかしら？」

　刻（とき）代（よ）の言（こと）葉（ば）に、澪（みお）は疑（ぎ）問（もん）が沸（わ）く。

（確（たし）かに、どうして……）

「ふふふ。ほら、キーホルダーの裏（うら）が鏡（かがみ）になってる筈（はず）だから、それに向（む）かってこれから言（い）う呪（じゅ）文（もん）を唱（とな）えて。その姿（すがた）になる時（とき）もよ」

　そう説（せつ）明（めい）する刻（とき）代（よ）に、澪（みお）は聞（き）き返（かえ）す。

「呪（じゅ）文（もん）？」

「トゥ、エゴゥ、インヴァラスウス、ルクス」

　刻（とき）代（よ）から呪（じゅ）文（もん）を聞（き）いた澪（みお）は、キーホルダーの裏（うら）の鏡（かがみ）を見（み）ながら呪（じゅ）文（もん）を言（い）おうとしたが……

「トゥ、エゴゥ、インヴァスス……　トゥ、エゴゥ、インヴァウラ……」

　まったく上手（うま）く言（い）えない。

（ふふ、きちんと話（はな）せるのは日（に）本（ほん）語（ご）だけのようね。にしてもまさか女（おんな）の子（こ）に成（な）るなんて、緋（ひ）衣（い）を見（み）たからか恵（めぐみ）の影（えい）響（きょう）か？　憧（あこが）れるのが太（たい）耀（よう）で女（おんな）の子（こ）に姿（すがた）を変（か）えるなんて、面（おも）白（しろ）い思（し）考（こう）してるわねこの子（こ））

　そんな事（こと）を考（かんが）えていた刻（とき）代（よ）に、澪（みお）が助（たす）けを求（もと）める。

「呪（じゅ）文（もん）、何（なん）だっけ？」

　そんな澪（みお）に、刻（とき）代（よ）は微（ほほ）笑（え）んで言（い）い返（かえ）す。

「落（お）ち着（つ）きなさい。私（わたし）がゆっくり言（い）うから続（つづ）けて、トゥ、エゴゥ……」

　★★★★

「お早（はよ）う刻（とき）代（よ）、澪（みお）君（くん）」

　日（ひ）が登（のぼ）り、時（じ）刻（こく）は８時（じ）20分（ふん）。

　学（がっ）校（こう）に着（つ）いた恵（めぐみ）は、空（あ）き教（きょう）室（しつ）に居（い）た刻（とき）代（よ）と澪（みお）を探（さが）し出（だ）し、朝（あさ）の挨拶（あいさつ）をした。

「お早（はよ）う恵（めぐみ）。どうしたの、貴女（あなた）の方（ほう）から話（はな）しかけて来（く）る何（なん）て珍（めずら）しい？」

　刻（とき）代（よ）はそう返（へん）事（じ）を返（かえ）したが、澪（みお）は眠（ねむ）そうにフラフラしている。

「それより 澪（みお）君（くん）、どうしたの？」

　驚（おどろ）いた恵（めぐみ）が刻（とき）代（よ）にそう聞（き）くと、刻（とき）代（よ）は言（い）う。

「上手（うま）く眠（ねむ）れなかったらしいのよ」

「……お早（はよ）う恵（めぐみ）ちゃん」

　そう恵（めぐみ）に言（い）った澪（みお）は、かなりフラフラしていて見（み）ていてとても危（あぶ）ない。

（確（たし）かにあんな事（こと）が起（お）きたら眠（ねむ）れないわよね、あの子（こ）達（たち）が平（へい）気（き）だったから放（ほう）っといたけど……）

　葉（よう）司（じ）達（たち）の姿（すがた）を思（おも）い浮（う）かべ、澪（みお）の様（よう）子（す）を確（かく）認（にん）しながら刻（とき）代（よ）はそう考（かんが）えていた。

　そして思（おも）う。

（……仕（し）方（かた）ない、後（あと）で溺（おぼ）れられても困（こま）るし）

「ほら澪（みお）、そんな事（こと）じゃスイミングで溺（おぼ）れるわよ。保（ほ）健（けん）室（しつ）で寝（ね）てなさい」

　刻（とき）代（よ）が澪（みお）にそう言（い）うと、フラフラしながら澪（みお）は言（い）い返（かえ）す。

「でも、具（ぐ）合（あ）いは……　やっぱり何（なん）か、気（き）持（も）ち悪（わる）い……」

　気（き）持（も）ち悪（わる）そうな澪（みお）に、刻（とき）代（よ）は心（しん）配（ぱい）そうに言（い）う。

「ほら、無（む）理（り）はしない。アンタ元（もと）々（もと）血（けつ）圧（あつ）低（ひく）そうだし」

「本（ほん）当（とう）に大（だい）丈（じょう）夫（ぶ）、鐘（じょう）治（じ）先（せん）生（せい）呼（よ）んで来（き）ましょうか？」

　更（さら）に心（しん）配（ぱい）そうに恵（めぐみ）がそう言（い）うと、刻（とき）代（よ）は恵（めぐみ）にお願（ねが）いをする。

「いや私（わたし）が呼（よ）んでくるから恵（めぐみ）は澪（みお）の事（こと）見（み）てて、それと二（に）組（くみ）に連（つ）れてってくれる。倒（たお）てると危（あぶ）ないし」

　言（い）い終（お）わると、刻（とき）代（よ）は保（ほ）健（けん）室（しつ）に駆（か）けて行（い）く。

「大（だい）丈（じょう）夫（ぶ）、澪（みお）君（くん）」

　残（のこ）された恵（めぐみ）はそう言（い）い、澪（みお）が無（む）言（ごん）で頷（うなず）き二（ふた）人（り）は五（ご）年（ねん）二（に）組（くみ）に移（い）動（どう）した。

　澪（みお）が余（あま）りにフラフラしているので、恵（めぐみ）が手（て）を引（ひ）いて。

　恵（めぐみ）と澪（みお）が五（ご）年（ねん）二（に）組（くみ）に戻（もど）ると、康（やす）実（み）と言（い）う少（しょう）年（ねん）が二（ふた）人（り）を見（み）付（つ）け囃（はや）し立（た）てる。

「朝（あさ）から仲（なか）良（い）いなご両（りょう）人（にん）。ヒュウ、ヒュウ」

「そんなんじゃ……」

　小（ちい）さな声（こえ）で恵（めぐみ）は反（はん）論（ろん）しようとする。

　太（たい）耀（よう）はそれに気（き）が付（つ）き助（たす）け様（よう）とするが、恵（めぐみ）は言（こと）葉（ば）をいったん止（や）め、少（すこ）し考（かんが）えてから少（すこ）し声（こえ）を張（は）って、再（さい）度（ど）言（い）い返（かえ）す。

「澪（みお）君（くん）の具（ぐ）合（あ）いが悪（わる）いの、からかわないで！」

　その言（こと）葉（ば）に組（クラス）の子（こ）供（ども）達（たち）が少（すこ）し驚（おどろ）き、恵（めぐみ）の方（ほう）に目（め）を向（む）ける。

「大（だい）丈（じょう）夫（ぶ）か、澪（みお）」

　太（たい）耀（よう）が康（やす）実（み）に軽（かる）くチョークスリーパーを掛（か）けながらそう言（い）うと、澪（みお）は大（おお）欠伸（あくび）をした後（あと）に言（い）う。

「……大（だい）丈（じょう）夫（ぶ）、眠（ねむ）い……だけ……だから」

「何（なん）だ、夜（よ）更（ふ）かししただけか……　体（たい）調（ちょう）管（かん）理（り）が出（で）来（き）ないなんて、まるで幼（よう）稚（ち）園（えん）児（じ）や保（ほ）育（いく）園（えん）児（じ）みたいだな」

　呆（あき）れた様（よう）にそう言（い）った太（たい）耀（よう）だが、明（あき）らかにフラフラしている澪（みお）を確（かく）認（にん）して続（つづ）ける。

「このままじゃ授（じゅ）業（ぎょう）受（う）けてもダメだろう、保（ほ）健（けん）室（しつ）にでも行（い）って来（き）たらどうだ？」

「もう刻（とき）代（よ）が、鐘（じょう）治（じ）先（せん）生（せい）を呼（よ）びに行（い）ってるわ。この状（じょう）態（たい）だと階（かい）段（だん）から落（お）ちそうだし、渡（わた）辺（なべ）先（せん）生（せい）にも説（せつ）明（めい）しないと」

　恵（めぐみ）が言（い）い終（お）わると、太（たい）耀（よう）は康（やす）実（み）へのチョークスリーパーを外（はず）してから澪（みお）に聞（き）く。

「だいたいお前（まえ）、何（なん）でそんな状（じょう）況（きょう）で学（がっ）校（こう）来（き）たんだ」

　すると澪（みお）は、フラフラしながら太（たい）耀（よう）の質（しつ）問（もん）に答（こた）える。

「……昨日（きのう）、……約（やく）束（そく）したから……」

　しかしその声（こえ）は小（ちい）さく、誰（だれ）にも届（とど）かない。

　そこまで言（い）って澪（みお）は、その場（ば）に座（すわ）り込（こ）んでしまった。

　★★★★

【翌（よく）日（じつ）　日（にち）曜（よう）日（び）午（ご）前（ぜん）10時（じ）頃（ごろ）　黒（くろ）沢（さわ）家（け） 】

　葉（よう）司（じ）、北（ほく）斗（と）、太（たい）耀（よう）、恵（え）理（り）花（か）、薫（かおる）、緋（ひ）衣（い）は黒（くろ）沢（さわ）家（け）に集（あつ）まっていた。

　理（り）由（ゆう）は、緋（ひ）衣（い）が薫（かおる）経（けい）由（ゆ）で皆（みんな）に謝（あやま）りたいと言（い）った事（こと）と、黒（くろ）沢（さわ）家（け）以（い）外（がい）だと他（ほか）の家（か）族（ぞく）に、話（はな）しを聞（き）かれる可（か）能（のう）性（せい）が有（あ）った為（ため）。

「……私（わたし）は貴方（あなた）達（たち）を助（たす）けたかったのも有（あ）ありますが、自（じ）分（ぶん）で不（ふ）思（し）議（ぎ）な事（こと）を確（かく）認（にん）したかったんです。お祖父（じい）様（さま）が私（わたし）を危（き）険（けん）から遠（とお）避（ざ）けていると聞（き）かされ、手（て）伝（つだ）えば自（じ）分（ぶん）で確（かく）認（にん）出（で）来（き）ると……　そして薫（かおる）君（くん）に貴方（あなた）達（たち）の話（はな）しを聞（き）いた時（とき）、私（わたし）は考（かんが）えたのです。今（いま）までの事（こと）が貴方（あなた）達（たち）の所為（せい）なら、間（ま）違（ちが）った私（わたし）の行（こう）動（どう）も、本（ほん）心（しん）を隠（かく）していれば許（ゆる）されると……　でも、もしバレたらとも考（かんが）えていました……」

　緋（ひ）衣（い）が俯（うつむ）き加（か）減（げん）でそう説（せつ）明（めい）すると、突（とつ）然（ぜん）オモイカネがその場（ば）に現（あら）われて言（い）う。

「成（な）る程（ほど）、その心（こころ）を天（てん）狗（ぐ）丸（まる）は使（つか）って大（だい）竜（りゅう）神（じん）を動（うご）かしていたのか。騙（だま）された子（こ）、迷（めい）惑（わく）を掛（か）けた子（こ）には成（な）りたくないと……」

「本（ほん）当（とう）にごめんなさい！」

　緋（ひ）衣（い）はそう言（い）って頭（あたま）を下（さ）げると、葉（よう）司（じ）が緋（ひ）衣（い）に言（い）い返（かえ）す。

「何（なん）だ、そんな事（こと）気（き）にしてたのかよ緋（ひ）衣（い）。だいたい、助（たす）けたいって気（き）持（も）ちも有（あ）ったんなら良（い）いじゃねぇか」

　葉（よう）司（じ）がそう言（い）うと緋（ひ）衣（い）は頭（あたま）を上（あ）げ、何所（どこ）からか現（あら）われたスセリが話（はな）しを続（つづ）ける。

「それに貴女（あなた）、薫（かおる）の立（たち）場（ば）も考（かんが）えたんでしょう。貴女（あなた）の行（こう）動（どう）は褒（ほ）められたモノでは無（な）いけれど、頭（あたま）を下（さ）げるモノでもない筈（はず）よ」

「ありがとう御（ご）座（ざ）います。それにしても私（わたし）が臣器（あのこ）達（たち）に会（あ）えなかったのは、結（けっ）局（きょく）何（なん）だったのでしょう？」

　お礼（れい）を言（い）った後（のち）に緋（ひ）衣（い）が不（ふ）思（し）議（ぎ）そうにそう言（い）ったので、スセリは緋（ひ）衣（い）に少（すこ）し本（ほん）当（とう）の事（こと）を教（おし）える事（こと）にした。

「それは多（た）分（ぶん）、円（まどか）が私（わたし）の知（し）っている神（かみ）様（さま）に何処（どこ）かで……、もしかしたら死（し）後（ご）の世（せ）界（かい）で頼（たの）んだからかも知（し）れないわね」

　スセリがそう言（い）うと、北（ほく）斗（と）がスセリに尋（たず）ねる。

「そんな神（かみ）様（さま）が居（い）るんだ？」

　するとスセリはクスクス笑（わら）い、葉（よう）司（じ）と北（ほく）斗（と）に向（む）かって言（い）う。

「縁（えにし）の……、運（うん）命（めい）の赤（あか）い糸（いと）の神（かみ）様（さま）と言（い）った方（ほう）が分（わ）かり易（やす）いかしら。葉（よう）司（じ）と北（ほく）斗（と）には必（ひつ）要（よう）かしらね？」

　そう言（い）われた葉（よう）司（じ）と北（ほく）斗（と）は、一（いち）度（ど）恵（え）理（り）花（か）にこっそり目（め）を向（む）けた後（あと）少（すこ）し照（て）れた。

「まぁ自（みずか）らが行（こう）動（どう）しないと行（い）けないし、変（か）わった神（かみ）様（さま）だからそう簡（かん）単（たん）に力（ちから）は貸（か）してはくれないけど」

　スセリがそう言（い）い終（お）わると、緋（ひ）衣（い）が申（もう）し訳（わけ）無（な）さそうに葉（よう）司（じ）達（たち）に聞（き）く。

「……すみませんが、臣器（おみき）達（たち）は何処（どこ）に？」

「アイツ等（ら）なら偵（てい）察（さつ）中（ちゅう）だけど？」

　太（たい）耀（よう）がそう答（こた）えると、緋（ひ）衣（い）は言（い）う。

「もし宜（よろ）しければ、私（わたし）に紹（しょう）介（かい）して頂（いただ）けませんか？」

　そう言（い）った緋（ひ）衣（い）の言（こと）葉（ば）に、スセリは微（ほほ）笑（え）んで続（つづ）ける。

「あら、それなら少（すこ）し呼（よ）び戻（もど）しましょうか。中（なか）庭（にわ）に外（そと）から見（み）えない様（よう）に結（けっ）界（かい）を張（は）ってあげるから」

　こうして子（こ）供（ども）達（たち）は中（なか）庭（にわ）に移（い）動（どう）する事（こと）となり、子（こ）供（ども）達（たち）は玄（げん）関（かん）経（けい）由（ゆ）で中（なか）庭（にわ）に移（い）動（どう）した。

　薫（かおる）が見（み）た緋（ひ）衣（い）は、目（め）を輝（かがや）かせている。