子供達と神々の神楽 ～月の章～

始業式に乱入 天狗丸

「今（け）朝（さ）の先（せん）生（せい）の話（はな）しは、そう言（い）う事（こと）だったんですね……」

「一（いち）時（じ）はどうなるかと思（おも）ったよ」

　北（ほく）斗（と）と薫（かおる）は朝（あさ）のホームルームが終（お）わった後（あと）、椅子（いす）を持（も）ちヒソヒソ話（ばな）しをしながら体（たい）育（いく）館（かん）に向（む）かっていた。

　理（り）由（ゆう）は、これから始（はじ）まる始（し）業（ぎょう）式（しき）の為（ため）。

「そう言（い）えば薫（かおる）君（くん）、オモイカネは？」

「図（と）書（しょ）室（しつ）に居（い）るそうです。それより昨日（きのう）は、何（なに）も出（で）来（き）ず申（もう）し訳（わけ）有（あ）りません」

「気（き）にしないで。薫（かおる）君（くん）には戦（たたか）う力（ちから）は無（な）いんだから」

「そうなんですが……」

　北（ほく）斗（と）にそう言（い）い返（かえ）す薫（かおる）は思（おも）う。

（私（わたし）は、それでは駄目（だめ）な気（き）がするんです……）

　五（ご）年（ねん）生（せい）達（たち）が体（たい）育（いく）館（かん）に到（とう）着（ちゃく）すると、下（か）級（きゅう）生（せい）達（たち）は一（いち）年（ねん）生（せい）達（たち）を除（のぞ）き、椅子（いす）を横（よこ）に並（なら）べてきちんと座（す）わって待（ま）って居（い）た。

「今（いま）から仮（かり）の身（しん）長（ちょう）順（じゅん）を言（い）っていくから、早（はや）く椅子（いす）を置（お）いて座（すわ）れ」

　渡（わた）辺（なべ）先（せん）生（せい）がそう言（い）うと、五（ご）年（ねん）二（に）組（くみ）の子供（こども）達（たち）は先（せん）生（せい）が言（い）う通（とお）りの順（じゅん）番（ばん）で、椅子（いす）を置（お）いて座（すわ）って行（い）く。

　　キーン　コーン

　　　カーン　コーン

　チャイムが鳴（な）り終（お）わる頃（ころ）には、生（せい）徒（と）達（たち）は皆（みんな）キチンと椅子（いす）に座（すわ）り、一（いち）学（がっ）期（き）の始（し）業（ぎょう）式（しき）が始（はじ）まるのを待（ま）っている。

「これより平（へい）静（せい）四（よ）年（ねん）度（ど）、第（だい）16回（かい）玄（しず）見（み）小（しょう）学（がっ）校（こう）一（いち）学（がっ）期（き）の、始（し）業（ぎょう）式（しき）を始（はじ）めます。校（こう）長（ちょう）先（せん）生（せい）、挨（あい）拶（さつ）」

　マイクによるエコーの掛（か）かった男（だん）性（せい）の先（せん）生（せい）の声（こえ）が体（たい）育（いく）館（かん）に響（ひび）くと、校（こう）長（ちょう）先（せん）生（せい）がステージに上（あ）がり教（きょう）壇（だん）の前（まえ）まで行（い）く。

「起（き）立（りつ）、礼（れい）、着（ちゃく）席（せき）」

　男（だん）性（せい）の先（せん）生（せい）の声（こえ）と共（とも）に、一（いち）年（ねん）生（せい）以（い）外（がい）の生（せい）徒（と）達（たち）は言（こと）葉（ば）通（どお）り起（き）立（りつ）、礼（れい）、着（ちゃく）席（せき）を行（おこな）い、一（いち）年（ねん）生（せい）は先（せん）生（せい）に教（おし）えられながらの所為（せい）かワンテンポ遅（おそ）い動（どう）作（さ）で、起（き）立（りつ）、礼（れい）、着（ちゃく）席（せき）を行（おこな）った。

「生（せい）徒（と）の皆（みな）さん、お早（はよ）うございます」

「「お早（はよ）うございます！」」

　校（こう）長（ちょう）先（せん）生（せい）と生（せい）徒（と）の挨（あい）拶（さつ）から、校（こう）長（ちょう）先（せん）生（せい）の話（はな）しが始（はじ）まったのだが……

　長（なが）い。

　本（ほん）人（にん）は昨日（きのう）の件（けん）も有（あ）り、何（なん）とか自（じ）分（ぶん）達（たち）がいれば学（がっ）校（こう）は安（あん）全（ぜん）だと伝（つた）えたいのだろうが、５分（ふん）過（す）ぎた頃（ころ）に一（いち）年（ねん）生（せい）がそわそわしだし、10分（ぷん）過（す）ぎた頃（ころ）には上（じょう）級（きゅう）生（せい）達（たち）もダレ出（だ）し、ヒソヒソ話（ばな）しを始（はじ）める。

　先（せん）生（せい）達（たち）も一（いち）年（ねん）生（せい）の事（こと）や進（しん）行（こう）を考（かんが）えて、話（はな）しを止（と）める事（こと）を考（かんが）え出（だ）した。

「校（こう）長（ちょう）先（せん）生（せい）、まだ話（はな）す気（き）かしら？」

「一（いち）年（ねん）生（せい）の子（こ）の事（こと）を考（かんが）えると、いい加（か）減（げん）止（や）めて欲（ほ）しい所（ところ）よねぇ」

　五（ご）年（ねん）二（に）組（くみ）の葵（あおい）と麗（うらら）が小（こ）声（ごえ）でそんな話（はな）しをしていると、何所（どこ）からか初（しょ）老（ろう）の男（だん）性（せい）の声（こえ）が聞（き）こえて来（く）る。

「その言（こと）霊（だま）、貰（もら）い受（う）けるぞ！　オン、ヒラヒラケン、ヒラケンノウソワカ」

　　ジャラン

　そして錫（しゃく）杖（じょう）の音（おと）と共（とも）に、天（てん）狗（ぐ）丸（まる）がステージ上（じょう）に現（あらわ）れた。

（（！））

「「何だアレ！」」

　天（てん）狗（ぐ）丸（まる）の姿（すがた）を見（み）た子（こ）供（ども）達（たち）や、若（わか）い先（せん）生（せい）は驚（おどろ）くが、40代（だい）から上（うえ）の先（せん）生（せい）達（たち）は皆（みんな）の反（はん）応（のう）を不（ふ）思（し）議（ぎ）がっている。

　一（いっ）方（ぽう）その頃（ころ）、葉（よう）司（じ）達（たち）はスセリに動（うご）かない様（よう）に念（ねん）話（わ）で注（ちゅう）意（い）されていた。

（「皆（みんな）聞（き）いて。動（うご）いては駄（だ）目（め）よ、貴方（あなた）達（たち）がコ（・）コ（・）に居（い）る事（こと）がバレてしまうわ。多（た）分（ぶん）、臣器（おみき）達（たち）が奴（やつ）の存（そん）在（ざい）を感（かん）じ取（と）って、向（む）かって来（き）てくれる筈（はず）だから」）

　葉（よう）司（じ）達（たち）は、会（かい）議（ぎ）室（しつ）から渡（わた）辺（なべ）先（せん）生（せい）と行（こう）動（どう）を一（いっ）緒（しょ）にしていた事（こと）と、天（てん）狗（ぐ）丸（まる）が復（ふっ）活（かつ）し、学（がっ）校（こう）に現（あらわ）れるとは思（おも）ってもいなかった為（ため）、臣器（おみき）のキーホルダーがランドセルに付（つ）いたままで手（て）元（もと）に無（な）い。

（やはり昨日（きのう）確（かく）認（にん）したが、一（いっ）定（てい）層（そう）には見（み）えておらんか。不（ふ）本（ほん）意（い）では有（あ）るが……）

　そんな事（こと）を考（かんが）えた後（あと）、天（てん）狗（ぐ）丸（まる）は大（おお）立（た）ち回（まわ）りをしながら大（おお）声（ごえ）で言（い）う。

「聞（き）けぇぇぇい童（わらし）共（ども）。貴（き）様（さま）らの恐（きょう）怖（ふ）を糧（かて）に、この世（よ）を過去（かこ）に戻（もど）してくれるわ！」

　すると子供（こども）達（たち）は天（てん）狗（ぐ）丸（まる）を大（だい）なり小（しょう）なり怖（こわ）がり、一（いち）部（ぶ）の子（こ）供（ども）達（たち）は泣（な）き出（だ）した。

「うぇぇぇぇん！」

　その泣（な）き声（こえ）が響（ひび）くと同（どう）時（じ）に、異（い）様（よう）さに気（き）付（づ）いた40代（だい）から上（うえ）の先（せん）生（せい）達（たち）も、天（てん）狗（ぐ）丸（まる）が見（み）える様（よう）に成（な）る。

「これは何（なに）事（ごと）だ！」

　驚（おどろ）いている校（こう）長（ちょう）先（せん）生（せい）に、天（てん）狗（ぐ）丸（まる）はとても偉（えら）そうに言（い）う。

「なぁに……　貴（き）様（さま）の話（はな）し、童（わらし）達（たち）が迷惑（めいわく）がっていたのでな。長（なが）すぎる話（はな）しは人（ひと）の為（ため）にならんぞ。フフフ、フハハハハ！」

　天（てん）狗（ぐ）丸（まる）がそう言（い）うと、校（こう）長（ちょう）は天（てん）狗（ぐ）丸（まる）に怒（ど）鳴（な）る。

「貴（き）様（さま）、何（なに）者（もの）だ！」

「儂（わし）か？　儂（わし）は見（み）ての通（とお）り天（てん）狗（ぐ）だが、見（み）て分（わ）からんとは愚（おろ）かな」

　そう返（かえ）した天（てん）狗（ぐ）丸（まる）の言（こと）葉（ば）に、校（こう）長（ちょう）先（せん）生（せい）はとある事（こと）に気（き）付（づ）き、天（てん）狗（ぐ）丸（まる）に掴（つか）み掛（か）かり先（せん）生（せい）達（たち）に向（む）かって言（い）う。

「先（せん）生（せい）方（がた）、化（ば）けモノから生（せい）徒（と）達（たち）の避（ひ）難（なん）を！」

「自（みずか）らの身（み）を挺（てい）しての行（こう）動（どう）、称（しょう）賛（さん）してやろう……　だが！」

　天（てん）狗（ぐ）丸（まる）はそう言（い）うと、校（こう）長（ちょう）先（せん）生（せい）をステージ上（じょう）に成（な）げ飛（と）ばし、錫（しゃく）杖（じょう）を突（つ）き付（つ）けた。

　　ジャラン

「自（みずか）らの身（み）の程（ほど）を考（かんが）えるが良（い）い。ほら、その所為（せい）で貴（き）様（さま）は人（ひと）質（じち）だ。逃（に）げられぬ様（よう）に、足（あし）の一（ひと）つでも潰（つぶ）してくれよう……」

　そう言（い）いながら、天（てん）狗（ぐ）丸（まる）が錫（しゃく）杖（じょう）を振（ふ）り上（あ）げた瞬（しゅん）間（かん）……

　　ガシャン

　体（たい）育（いく）館（かん）の二（に）階（かい）ギャラリーのガラス窓（まど）を突（つ）き破（やぶ）り、臣器（おみき）達（たち）が現（あらわ）れ天（てん）狗（ぐ）丸（まる）に襲（おそ）い掛（か）かる。

「貴（き）様（さま）等（ら）、何故（なぜ）此処（ここ）に！」

　驚（おどろ）いた様（さま）に、そう言（い）いながら臣器（おみき）達（たち）の方（ほう）に向（む）き直（なお）った天（てん）狗（ぐ）丸（まる）だが、龍（リュウ）蛇（ジャ）丸（マル）に捕（ほ）縛（ばく）され、狼（ロウ）王（オウ）丸（マル）に体（たい）勢（せい）を崩（くず）され横（おう）転（てん）し、鳳（ホウ）皇（オウ）丸（マル）に錫（しゃく）杖（じょう）を奪（うば）われ、うつ伏（ぶ）せに倒（たお）れ込（こ）んでしまう。

　　ざわざわ

　　　ざわざわ

　臣器（おみき）達（たち）の登（とう）場（じょう）で、体（たい）育（いく）館（かん）に居（い）る先（せん）生（せい）や、生（せい）徒（と）達（たち）に動（どう）揺（よう）が更（さら）に広（ひろ）がる。

「何（なん）だアイツ等（ら）！」

「昨日（きのう）、川（かわ）の所（ところ）で見（み）た奴（やつ）！」

「アレはロボットか？」

（「不味（まず）いぞ薫（かおる）……」）

　色（いろ）々（いろ）な言（こと）葉（ば）が飛（と）び交（か）う中（なか）、体（たい）育（いく）館（かん）の二（に）階（かい）ギャラリー出（で）入（い）り口（ぐち）付（ふ）近（きん）に居（い）たオモイカネが、薫（かおる）に念（ねん）話（わ）でそう話（はな）しかけた。

（「どう言（い）う事（こと）ですオモイカネ？」）

（「皆（みな）ステージの方（ほう）に意（い）識（しき）が行（い）っているので、後（うし）ろの方（ほう）から人（ひと）々（びと）の状（じょう）態（たい）を見（み）ているのだが、臣器（おみき）達（たち）を知（し）らない人（にん）間（げん）……、特（とく）に子（こ）供（ども）は混（こん）乱（らん）している。このままではこの場（ば）で大（だい）混（こん）乱（らん）が起（お）こりかねん」）

（「そんな……　どうすれば？」）

（「スセリ達（たち）は、この状（じょう）況（きょう）では下手（へた）に動（うご）けんだろう。君（きみ）が子（こ）供（ども）達（たち）を外（そと）に誘（ゆう）導（どう）してくれ、少（すく）なくとも外（そと）なら混（こん）乱（らん）での被（ひ）害（がい）は少（すく）ない」）

（「そんな事（こと）……いや、戦（たたか）う力（ちから）の無（な）い僕（ぼく）が皆（みんな）の役（やく）に立（た）てるかもしれない。こんな事（こと）で恥（は）ずかしがっていたら、きっと北（ほく）斗（と）君（くん）達（たち）とこの先（さき）一（いっ）緒（しょ）に居（い）ても、迷（めい）惑（わく）に成（な）るだけ。分（わ）かりましたオモイカネ」）

　薫（かおる）とオモイカネがそんな事（こと）を考（かんが）えているとは知（し）らず、スセリはステージ近（ちか）くの二（に）階（かい）ギャラリーに姿（すがた）を現（あらわ）し思（おも）う。

（そろそろかしらね。後（あと）は誰（だれ）かに子（こ）供（ども）達（たち）を……　アレはオモイカネ？）

　オモイカネの姿（すがた）を見（み）付（つ）けたスセリは直（す）ぐに姿（すがた）を消（け）し、オモイカネに念（ねん）話（わ）で尋（たず）ねる。

（「オモイカネ、姿（すがた）を見（み）せて何（なに）を考（かんが）えているの？　もし誰（だれ）かに見（み）付（つ）かったら……」）

（「スセリ、子（こ）供（ども）達（たち）に動（うご）かぬ様（よう）説（せつ）明（めい）を頼（たの）む。この場（ば）は我（われ）等（ら）で如何（どう）にかする」）

（「如何（どう）言（い）う……――」）

　スセリが聞（き）き終（お）わる前（まえ）に、薫（かおる）の大（おお）声（ごえ）が体（たい）育（いく）館（かん）に響（ひび）く。

「皆（みな）さん、聞（き）いてください。昨日（きのう）河川（かせん）敷（しき）で見（み）ました。あのロボットみたいなのは味（み）方（かた）です。あの天（てん）狗（ぐ）が身（み）動（うご）きの取（と）れない内（うち）に、グランドに避（ひ）難（なん）しましょう」

　薫（かおる）の言（こと）葉（ば）で子（こ）供（ども）達（たち）の意（い）識（しき）は、天（てん）狗（ぐ）丸（まる）と臣器（おみき）から薫（かおる）に向（む）く。

　子（こ）供（ども）達（たち）のざわめきはいったん収（おさ）まるが、再（さい）度（ど）子（こ）供（ども）達（たち）はざわめき出（だ）す。

　　ざわざわ

　　　ざわざわ

「誰（だれ）です勝（かっ）手（て）に……」

　我（われ）に返（かえ）った男（だん）性（せい）の先（せん）生（せい）の一（ひと）人（り）が、薫（かおる）の言（こと）葉（ば）にそう文（もん）句（く）を言（い）うが、その先（せん）生（せい）の前（まえ）に突（とつ）然（ぜん）オモイカネが姿（すがた）を現（あらわ）し言（い）う。

「勝（かっ）手（て）も何（なに）も有（あ）るものか。相（あい）手（て）が一（いっ）体（たい）とは限（かぎ）らんし、この建（たて）物（もの）にもし何（なに）かあったら如何（どう）するのだ。そんな事（こと）を言（い）ってる暇（ひま）があったら、泣（な）いている子（こ）供（ども）を安（あん）心（しん）させて来（こ）い！」

　オモイカネにそう言（い）われ、言（い）われた先（せん）生（せい）が言（い）い返（かえ）す。

「お前（まえ）は誰（だれ）だ！」

「子（こ）供（ども）達（たち）の味（み）方（かた）だ！」

　そのオモイカネの声（こえ）を聞（き）き、オモイカネの姿（すがた）が見（み）えない天（てん）狗（ぐ）丸（まる）は、スセリに念（ねん）話（わ）で聞（き）く。

（「誰（だれ）が大人（おとな）と話（はな）しをしているのです、スセリ様（さま）？」）

（「オモイカネよ。この際（さい）だしこのまま行（い）きましょう、もう一（ひと）押（お）しお願（ねが）い」）

　そう指（し）示（じ）を受（う）けた天（てん）狗（ぐ）丸（まる）は、体（たい）育（いく）館（かん）の外（そと）で待（たい）機（き）している鬼（おに）丸（まる）に念（ねん）話（わ）で頼（たの）む。

（「鬼（おに）丸（まる）、スセリ様（さま）からの指（し）示（じ）だ。儂（わし）の呪（じゅ）文（もん）に合（あ）わせて、少（すこ）しこの建（たて）物（もの）を揺（ゆ）らせ。オン、ヒラヒラケン……」）

「オン、ヒラヒラケン……」

　天（てん）狗（ぐ）丸（まる）が呪（じゅ）文（もん）を唱（とな）え始（はじ）めると、体（たい）育（いく）館（かん）は震（しん）度（ど）３程（ほど）の揺（ゆ）れに襲（おそ）われる。

「「うゎ！」」

「「きゃ！」」

　揺（ゆ）れ自（じ）体（たい）大（たい）した事（こと）は無（な）いが、今（いま）の様（よう）な状（じょう）態（たい）で正（せい）常（じょう）な判（はん）断（だん）が取（と）れる人（にん）間（げん）など居（い）る筈（はず）も無（な）く……

　体（たい）育（いく）館（かん）に居（い）る人（ひと）々（びと）は、大人（おとな）も子（こ）供（ども）も不（ふ）安（あん）に煽（あお）られた。

　その様（よう）子（す）を確（かく）認（にん）してスセリは、天（てん）狗（ぐ）丸（まる）と狼（ロウ）王（オウ）丸（マル）に念（ねん）話（わ）で命（めい）令（れい）を下（くだ）す。

（「狼（ロウ）王（オウ）丸（マル）、悪（わる）いけど天（てん）狗（ぐ）丸（まる）を殴（なぐ）った振（ふ）りをして。天（てん）狗（ぐ）丸（まる）はそれで揺（ゆ）れを止（と）めて」）

「ヒラケンノウ……　ぐは！」

　スセリの言（い）う通（とお）り、狼（ロウ）王（オウ）丸（マル）は前（まえ）足（あし）で天（てん）狗（ぐ）丸（まる）を殴（なぐ）った振（ふ）りをし、天（てん）狗（ぐ）丸（まる）は鬼（おに）丸（まる）に揺（ゆ）れを止（と）める合（あい）図（ず）を送（おく）る意（い）味（み）合（あ）いを込（こ）め、呪（じゅ）文（もん）を唱（とな）えるのを止（や）めると叫（さけ）んだ。

　すると体（たい）育（いく）館（かん）の揺（ゆ）れは収（おさ）まり、オモイカネの言（こと）葉（ば）や揺（ゆ）れにより先（せん）生（せい）達（たち）は、少（すこ）し混（こん）乱（らん）してはいるが現（げん）状（じょう）と自（じ）分（ぶん）達（たち）がやるべき事（こと）を理（り）解（かい）し、一（ひと）人（り）の先（せん）生（せい）が子（こ）供（ども）達（たち）に大（おお）声（ごえ）で言（い）う。

「……皆（みんな）落（お）ち着（つ）け。今（いま）グラウンドへの扉（とびら）を開（あ）けるから、ちょっと待（ま）ってろ！」

　その先（せん）生（せい）の言（こと）葉（ば）を合（あい）図（ず）に、二（ふた）人（り）の先（せん）生（せい）がグラウンドに続（つづ）く扉（とびら）に駆（か）け出（だ）すと、別（べつ）の女（じょ）性（せい）の先（せん）生（せい）が大（おお）声（ごえ）で更（さら）に説（せつ）明（めい）を続（つづ）ける。

「扉（とびら）が開（ひら）いたら早（はや）足（あし）でグラウンドに低（てい）学（がく）……いや校（こう）学（がく）年（ねん）から避（ひ）難（なん）し、なるべく体（たい）育（いく）館（かん）から離（はな）れる様（よう）に。出（で）来（き）れば体（からだ）の大（おお）きい高（こう）学（がく）年（ねん）は、泣（な）いてる低（てい）学（がく）年（ねん）を抱（だ）っこして外（そと）に連（つ）れてってあげて」

　　ガラ

　　　ガラ

　グラウンドへの扉（とびら）が開（ひら）くと、動（うご）けない天（てん）狗（ぐ）丸（まる）を他（よ）所（そ）に、子（こ）供（ども）達（たち）は各（おの）々（おの）避（ひ）難（なん）を始（はじ）める。

　そんな中（なか）、葉（よう）司（じ）、北（ほく）斗（と）、太（たい）耀（よう）は集（あつ）まって小（こ）声（ごえ）で話（はな）し合（あ）っていた。

「何（なん）で天狗丸（アイツ）が？」

「このまま教（きょう）室（しつ）に……」

「待（ま）て北（ほく）斗（と）、勝（かっ）手（て）に教（きょう）室（しつ）に戻（もど）ると怪（あや）しまれる」

　困（こま）っている三（さん）人（にん）に、恵（え）理（り）花（か）が話（はな）し掛（か）けて来（く）る。

「三（さん）人（にん）共（とも）、手（て）伝（つだ）って！」

　三（さん）人（にん）が恵（え）理（り）花（か）の方（ほう）に目（め）を向（む）けると、恵（え）理（り）花（か）の隣（とな）りに膝（ひざ）小（こ）僧（ぞう）を擦（す）り剥（む）いて、大（おお）泣（な）きしている一（いち）年（ねん）生（せい）の女（おんな）の子（こ）が居（い）た。

「どうしたんだ、コイツ」

　葉（よう）司（じ）が恵（え）理（り）花（か）にそう聞（き）くと、恵（え）理（り）花（か）は葉（よう）司（じ）に言（い）う。

「転（ころ）んじゃったのよ」

「しゃぁねぇなぁ……　ほら」

　女（おんな）の子（こ）を葉（よう）司（じ）が負（お）んぶしていると、太（たい）耀（よう）はある事（こと）を思（おも）い付（つ）く。

　葉（よう）司（じ）達（たち）がグラウンドに出（で）て、体（たい）育（いく）館（かん）から離（はな）れると太（たい）耀（よう）が言（い）う。

「皆（みんな）、僕（ぼく）に良（い）い考（かんが）えが有（あ）る」

「何（なん）だよ、急（きゅう）に？」

　葉（よう）司（じ）がそう聞（き）き返（かえ）すと、太（たい）耀（よう）は近（ちか）くに居（い）た同（おな）じ組（クラス）の富（ふ）司（じ）雄（お）を見（み）付（つ）け話（はな）しかける。

「なぁ、カバ。この子（こ）みたいに怪（け）我（が）をしている子（こ）は他（ほか）に居（い）るか？」

　すると富（ふ）司（じ）雄（お）は葉（よう）司（じ）達（たち）に言（い）い返（かえ）す。

「転（ころ）げたのはそこそこいるみたいだな。葉（よう）司（じ）はご苦（く）労（ろう）様（さま）」

「あぁ」

　富（ふ）司（じ）雄（お）にそう言（い）われ、葉（よう）司（じ）はそう返（へん）事（じ）をしながら負（お）んぶしていた女（おんな）の子（こ）を降（お）ろす。

　それを確（かく）認（にん）した太（たい）耀（よう）は、わざと周（まわ）りの子（こ）供（ども）達（たち）に聞（き）こえる様（よう）に、少（すこ）し大（おお）きめの声（こえ）で言（い）う。

「それなら僕（ぼく）は保（ほ）健（けん）室（しつ）から救（きゅう）急（きゅう）箱（ばこ）を取（と）って来（く）る。怪（け）我（が）をそのままにもして置（お）けないし、恵（え）理（り）花（か）も手（て）伝（つだ）ってくれ」

　太（たい）耀（よう）の言（こと）葉（ば）の真（しん）意（い）を、何（なん）となく理（り）解（かい）した葉（よう）司（じ）と北（ほく）斗（と）も少（すこ）し慌（あわ）てて言（こと）葉（ば）を続（つづ）ける。

「そんなら、俺（おれ）も手（て）伝（つだ）うぜ？」

「ボクも手（て）伝（つだ）うよ。怪（け）我（が）をした子（こ）大（おお）いみたいだし、結（けっ）構（こう）な数（かず）いるでしょう？」

　しかし太（たい）耀（よう）から葉（よう）司（じ）と北（ほく）斗（と）に返（かえ）って来（き）た返（へん）事（じ）は、二（ふた）人（り）の考（かんが）えていたものとは別（べつ）のもの。

「僕（ぼく）一人（ひとり）で大（だい）丈（じょう）夫（ぶ）、葉（よう）司（じ）達（たち）はこの子（こ）の事（こと）を頼（たの）む。行（い）くぞ恵（え）理（り）花（か）」

　太（たい）耀（よう）はそう言（い）って保（ほ）健（けん）室（しつ）に駆（か）けて行（い）き、恵（え）理（り）花（か）は慌（あわ）てて太（たい）耀（よう）の後（あと）を追（お）う。

　二（ふ）人（たり）の後（あと）を追（お）おうとした葉（よう）司（じ）と北（ほく）斗（と）だったが、スセリに念話（ねんわ）で止（と）められる。

（「待（ま）って二（ふ）人（たり）共（とも）。もしかして風（かぜ）丸（まる）や鬼（おに）丸（まる）も近（ちか）くに居（い）るかも知（し）れない、念（ねん）の為（ため）に此（こ）処（こ）で待（ま）っていて」）

　スセリはそう念（ねん）話（わ）で言（い）った後（あと）、スセリは天（てん）狗（ぐ）丸（まる）に念（ねん）話（わ）で言（い）う。

（「天（てん）狗（ぐ）丸（まる）。悪（わる）いけど少（すこ）し作（さく）戦（せん）の変更（へんこう）をするけど、良（い）いかしら？」）