19.アクアと生命の真理

 まだ負けてないんだからぁ!

 戦いなんて野蛮よ。至高の美少女であるアクア様には似合わない。


 アクア様が持つ最強にして最大の武器。

 それは、この美貌よ。男女問わず骨抜きにできるんだから。


 その為にも──


「ささ、こちら粗茶ですが」

「ありがとう」


 今は全力で媚びる!

 ひたすら油断させて心の隙を作るのよ!


「お肉は如何ですか? 青魔法を駆使して育てた最高級の肉なんですよ?」

「やわらかい」


 ふふんっ! 間抜けな顔ね!

 この何気ない餌付けが策略だとも知らずに!


 あなたは先程から柔らかくて美味しいモノばかり食べている。もちろん、それは私の策略。あなたは今、柔らかい物に対する価値みたいなアレを刷り込まれてるのよ!


 あと数分もすれば、無意識の世界を「柔らかい物」に支配されることでしょう。

 

 さて問題です。

 この世界で最も柔らかくて美しい物、なーんだ?


 もちろん、このアクア様よ!

 食事が終わる頃、彼は私が欲しくて欲しくてたまらなくなるってわけ!


 見てなさい!

 今宵、このアクア様が楽園の頂点に立つんだから!


「こちらもどうぞ」


 個室に案内することで仲間と分断することにも成功。あっちはアクア様の部下達が相手している。こちらに来ることはない。我ながら完璧過ぎて恐ろしくなっちゃう。


「肩をお揉みしますね」


 さりげないボディタッチ!

 ……あらあら、見事なポーカーフェイスね。


 でも、心の中では大騒ぎしているのでしょう?

 分かるわよ。そろそろ限界よね。でも、攻撃の手を緩めるつもりは無いんだから!

 

「お食事の後は、お風呂でも如何ですか?」


 さあ! 決戦の時よ!

 このアクア様の魅力にひれ伏しなさい!



 *  お風呂  *



 青の楽園の中央にある豪華な建物。

 その屋上には広々とした露天風呂がある。


(……気持ちぃ、ウチここに住みたい)


 イーロンは湯船で溶けていた。

 

(なんかメッチャ歓迎されてる。嬉しい)


 彼は回想する。

 最初、青魔法を使って接近された時は驚いた。しかし今なら分かる。あれはきっと入国審査だったのだ。あの握手に応じられたら、合格ということなのだろう。


(アクアちゃん、結構速かったもんね)


 彼女のことを思い浮かべた瞬間、足音が聞こえた。

 振り返る。そこには、体にタオルを巻いたアクアの姿があった。


「湯加減は如何ですか?」


 アクアは得意気な顔で問いかけた。

 彼女の頭の中では、イーロンが羞恥に悶えている。


「最高です」


 イーロンは笑顔で答えた。

 彼は「へぇ、ここ混浴なんだ」とだけ思った。


 ──アクアには誤算があった。

 それは、イーロンの性自認が未だに女であること。


 仮に彼が真の男性であるならば、アクアの瑞々しい体を見て、多少は心を乱されたことだろう。しかし彼に色仕掛けは通じない。


(その余裕、いつまで続くかしら)


 アクアは既に敗北している。

 しかし、これまでに培った絶対的な自信が判断を鈍らせる。


「お隣、失礼いたします」


 アクアは湯船に入り、彼の隣に座った。

 そして、何も起きないまま一分が経過した。


(んふっ、中々に我慢強いのね)


 アクアは思う。


(必死に目を逸らしちゃって。お可愛いこと)


 イーロンは百パーセント純粋に湯船を満喫している。

 しかし、男性経験皆無なアクアは、彼の反応に違和感を覚えることができない。


「少し、冷たいですね」

「そうかな?」


 42度。


「ご存知ですか? 寒い時には人肌がベストってわけ……人肌が良いんですよぉ?」


 一瞬だけ素が出た。

 しかしアクアは勢いで押し切る。


「んふっ、あったかい」


 勝ったわ! アクア様の完全勝利よ!

 私は知っている! 男性には弱点があること!


 そして、それは爆発する!

 方法はアクア様のような完全無欠の美少女が密着すること!


 んふっ、なんて哀れな性別なのかしら。

 美少女に密着されるだけで急所が爆発するなんて、雑魚ね!


(さぁ! 爆発しなさい!)


 アクアはその瞬間を待っていた。

 一方、彼は穏やかな気持ちだった。


(アクアちゃん、母上さまと雰囲気が似てるかも)


 彼は星空を見ながら思い出す。

 そうだ、確かこれは青魔法特有の気配だ。


(……っ!? 見た! 見たわね!)


 アクアは彼の視線を敏感に察知した。

 彼は、アクアの体から微かに溢れ出る魔力を視ていた。


「……見事だ」


 アクアは瞳を輝かせる。


(敗北を宣言したのかしら!?)


 イーロンは微笑む。


(青魔法を褒められて嬉しいみたい。可愛いなぁ)


 魔力の質を見れば、ある程度の年齢が分かる。

 彼はアクアの実年齢を十歳前後だと見積り、完全に子供扱いしているのだった。


 アクアは彼の表情を見て勝利を確信する。

 そして、トドメを刺すために密着の度合いを強めた。


(さあ! 早く爆発しなさい!)

(アクアちゃんの体、ひんやりしてる。体温低くて寒いのかな?)


 二人の心は擦れ違っていた。


「……んふっ、本当に我慢強いのね」


 最初に痺れを切らしたのはアクア。

 イーロンは純粋な疑問を胸に首を傾けた。


(やれやれ、あくまで負けを認めないのね)


 アクアは得意気な表情をして彼に言う。


「そろそろ、限界なのでしょう?」

「……何が?」


 アクアは不敵な笑みを浮かべ、彼の耳元で囁いた。


「おちんちん」


 イーロンは目を見開いた。

 その反応を見てアクアは勝利を確信する。


「……なるほど」


 しかし、イーロンは全く違うことを考えていた。


(分かるよ。気になるよね。ウチもそうだった)


 彼は、あるいは彼女は、純粋な好奇心に理解がある。


(ふふっ、良いよ。教えてあげる)


 イーロンはアクアの目を見る。

 そして、語り始めた。


「おちんちんは、真理を教えてくれる」


 こいつ急に何を言い出すのかしら。

 アクアは予想外の反応を受けて困惑した。


「ねぇ知ってる?」

「……何を?」


 アクアは恐怖した。

 彼の漆黒に瞳を見ていると、深淵に誘われるような感覚が生まれる。


「おちんちんは、引っ張ると、伸びる」


 こいつ急に何を言い出すのかしら。

 アクアは理解不能な言葉を聞き、再び困惑した。


「これが何を意味するか、分かる?」

「……分からないわ」


 アクアは本気で分からなかった。

 イーロンは「やれやれ」という様子で息を吐き、星空を見上げる。


 そして、語り始めた。

 

 イーロンは楽しかった。

 誰かに知識を語る。それは前世からずっとやりたかったこと。


 アクアは怖かった。

 途中から一秒でも早く解放されたいと思い始めた。


 しかし終わらない。

 彼のおちんちんトークは一時間にも渡って繰り広げられた。



 *  風呂上り  *

 


「イッくん様! ……と、アクアさん?」


 旅館の浴衣みたいな服に着替えた二人は、廊下を歩く途中、ノエルと遭遇した。

 ノエルは数時間振りに見た想い人の姿に歓喜し、その直後、隣を歩くアクアの様子を見て困惑した。


「何事ですの?」


 ノエルはアクアに問いかける。

 アクアは輝きを失った瞳でノエルを見て言った。


「私は彼のおちんちんに負けました」

「んばぁむぇぁ!?」


 ノエルはこの世の終わりのような悲鳴をあげた。


「イイイィィィィっくん様ァ!? どういうことですのぉ!?」


 ノエルは彼の肩を摑み、体をぐわんぐわん揺らした。


「アクアちゃんが言った通りだよ?」

「アァァァァァ!? わたくしまだなのに! まだなのにィィィィィ!?」


 ノエルは分かりやすく発狂した。

 アクアは「この人怖い」と思い、イーロンの背中に隠れた。


(……ははーん)


 一方、彼は思う。


(さてはノエルもおちんちんに興味があるんだな)


 彼は嬉しそうな様子で呟く。


「良かった。正直、まだ物足りなかったんだよね」

「もま!?」


 ノエルは人の言葉を失った。


「どうかな? 今晩、一緒に」

「みゅぃぃ」


 ノエルは顔を真っ赤にして頷いた。

 そして──


(……ああ、そういうことでしたの)


 全てを理解した後、形容しがたい気持ちを胸に、溜息を吐いた。


(でも、これはこれで……)


 彼女の目には、子供みたいに目を輝かせた想い人の姿が映っている。

 だから、その夜はノエルにとって素晴らしい時間となったのだった。


 一方。

 アクアはうなされていた。


「うぅぅ……嫌ぁ……おちんちん、いやぁ……」


 夢の中、露天風呂で聞かされた話がエンドレスにループする。

 やがて朝を迎えた彼女は──


「おちんちんは、生命の真理を教えてくれる」


 何かに目覚めていたのだった。

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