聖女に殺される悪役貴族に転生した私ですが、なぜか聖女と一緒に魔王ライフが始まりました

下城米雪

3話で終わる幼少期編

01.ウチ、生き方を決める

 坂東ばんどういろは。

 彼女の脳には生まれつき欠陥があった。


 絶望的に物覚えが悪い。

 知識が定着するまでの時間が異常に長い。


 周囲は彼女に配慮した。

 とても優しい環境だった。


 それは彼女に孤独を与えた。

 

 皆と違う。皆と同じことができない。

 幼い少女にとって耐え難い事実だった。

 

 だけど彼女はメンタルが強かった。

 

 一生懸命がんばる。

 皆よりも百倍バカだから、百倍がんばる。


 いつか皆と一緒になること。

 それが彼女の夢であり、目標だった。 


「いろは、見てるだけで大丈夫だよ」


 しかし善意が彼女を遠ざけた。


「大丈夫? 私がやろうか?」


 どれだけ頑張っても追い付けない。

 彼女は、いつまでも「特別な子」だった。


 だから。


「ゲーム、好き」


 彼女はゲーマーになった。

 

「セーブ、最高」


 彼女はゲームの内容を覚えられない。

 どれだけ熱中しても、翌日には綺麗さっぱり忘れてしまう。


 しかし、データは消えない。

 彼女が努力した証は残り続ける。


『────』


 そのゲームのタイトルは、何だっただろうか。

 彼女の記憶には残っていない。だけど多くの時間を費やしたことは確かだ。


 そのゲームには、倒されるべき悪役が存在する。

 名前はイーロン・バーグ。彼女は、何度も主人公に挑む姿に自分を重ねていた。


 誰からも褒められない。

 どれだけ努力しても報われない。


 それでも諦めない。

 夢を叶えるために、何度でも挑む。


「一緒だね」


 乾燥した頬に一筋の涙が伝う。

 それが彼女に残っている最後の記憶だった。



 そして現在──



「きゃ~! よくできました! 偉い偉い!」


 ウチは、めっちゃ褒められていた。


「んぁ~い!」

「もぉ~! なんてかわいい子なの!」

 

 ママ、好き。

 何しても褒めてくれる。


 例えば二足歩行。

 人類の基本スペック。


「きゃ~! あなた聞いて! ウチの子が歩いた! 歩いたわよ!」


 ママ、大興奮。

 楽しい。何しても褒めてくれる。

 

「んぁ~い!」

「もぉ~! 好きぃ~! 息子ぉ~!」


 これは、夢かな?

 そんな風に思った瞬間、前回の記憶が一気に蘇った。


「んぁ~い!」

「あらあら? 急にどうしたの? お腹すいちゃった?」


 思い出した。ウチは一度ぶっ殺されてる。

 でも戻った。死ぬ間際に発動した魔法が大成功。


 遡ること三ヵ月。

 ウチは見知らぬ場所に居た。


 なんか見覚えある。

 不思議に思いながら歩いた。


 鏡に目付きの悪い男が映った。

 知ってる。彼はイーロン・バーグ。


 振り返る。誰も居ない。

 再び鏡を見る。試しに踊る。完璧トレース。


 これは夢?

 頬を抓る。メッチャ痛い。


 ウチ、理解した。

 ここはゲームの世界だ。


 イーロン・バーグ。ウチが大好きなキャラ。

 どれだけ努力しても報われず、最後は主人公にぶっ殺される運命。


 今のウチ、イーロン・バーグ。

 つまり……将来的に、ぶっころ。


 嫌だ。無理。死にたくない。

 ウチは破滅を回避するため必死にがんばった。


 でもぶっ殺された。

 元凶は聖女ノエル。あいつ絶対に許さん。


「イッくん、よく見て」

「んぁ~?」


 ママに呼ばれた。

 ウチは泣き止む。


 待って。ママ? 誰?

 イーロン・バーグの幼少期とか知らない。


 ゲームは学園からスタートだったはず。

 何これ。どういうこと。何がどうなったの。


「こっちが赤いボール。こっちが青いボール」

「あーぁ、あーお?」

「きゃ~! 賢い! そうよ! 赤と青よ!」

「んぁ~い!」


 わーい、楽しい(思考停止)。

 

「よく見てね」


 ママは床にボールを置いた。


「青いボールに触ってください」

「んぁ~い!」

「きゃ~! 正解! 天才だわぁ~!」


 楽しい。

 一分あたり人生三回分くらい褒めてくれる。


 こんなの初めて。

 これは、夢かな?


 じゃあ、頼む。

 終わるな。永久に。


 そう思った直後。

 襲われる。強烈な眠気。


 嫌だ。やめて。

 この夢は、もっと、お願い……



 *  *  *



「あう!」


 ウチ、覚醒。

 空が白い。天井かな。


「あーぅ」


 手を伸ばす。

 ちっちゃ。なにこれ。


「あー?」


 えっと、えっと……ハッ!?

 そうだ。ウチ、転生。そして、死。


 奇跡の時間遡行! 

 その後……赤ちゃん!


「あらあら。お目覚めなのね」


 ママが現れた。

 とても優しい目。

 

「あーぁ」


 ウチは「赤」と言った。

 理由は不明。ママの赤い瞳を見たら、どうしてか赤と言いたくなった。


「えーっと? ……ああ、赤! 私の瞳の色を言っているのね!」


 伝わった。流石ママ。

 わっ、なんか急に持ち上げられた。


「昨日教えたこと、もう覚えたのね! 流石だわぁ~!」


 ……昨日、教えたこと?

 ウチはママにギュッとされながら、その言葉の意味を考えた。


 分かる。覚えてる。

 さっきの夢、あれが昨日の記憶。


 そうだ。思い出した。

 ウチは……イーロン・バーグは、忘れない。


 一回目は気付かなかった。

 生き残るために必死だった。


「あーぁ!」

「そうよ。赤色よ」


 覚えてる!

 昨日のことも、その前のことも、全部、全部、全部!


「……うぁ」

「あら、どうしたの?」


 ウチは号泣した。

 感情の制御、マジ無理だった。


「あらあら、お腹がすいたのかしら?」


 今の状況は意味不明。

 でも、ひとつだけ分かる。


 これは夢じゃない。

 ウチの妄想が現実になった。


 覚えてる。忘れてない。

 昨日を今日に持ち込むことができる。


「ごめんなさい。強く抱き締め過ぎたかしら? 痛かった?」


 ウチは号泣した。

 そして強く思った。


 この幸せ、永久に続け。

 でもそれは無理。人は死ぬ。


 だから、せめて、長生きしたい。

 ただ生きるだけじゃない。自由に生きたい。


 やりたいこと、できなかったこと、全部やる。


 そのために──



 *  三年後  *



「母上さま、質問があります」


 食事の時間。

 ウチは隣の席に座った母上さまに問いかけた。


「……母上さま?」


 ガン無視。かなしい。

 母上さまは無言で食事を続け、やがてボソッと言った。


「ママと呼びなさい」

「ママ、質問があります」

「はぁ~い♡ なんでも聞いてちょうだい♡」


 ウチは父上さまをチラと見る。

 ママは甘々だけど、父上さまは厳しい。言葉遣いとか、礼儀作法とか、色々。パパと呼んだら老若男女平等パンチ。


 父上さまは溜息を吐き、席を外した。

 ママと二人で自由に話しても良いという意思表示だ。


「長生きする方法を教えてください」

「どうしてそんなことを聞くの?」


 ウチの未来は、死。

 聖女ノエルと愉快な仲間達にぶっ殺される。


 そんなの絶対に嫌だ。


 前回は訳も分からず殺された。

 だけど今回は違う。準備できる。


「ママと、少しでも長く一緒に居たいからです」

「……まぁ!」


 ママは両手で鼻と口を隠した。

 そして宝石みたいに綺麗な赤い瞳から透明な雫が零れ落ちる。


「まぁまぁまぁ!」


 宝石みたいに……この表現すごくない?

 ウチめっちゃ賢くなってる。やば。本を読んでるからかな?


「力よ!」


 ママは力強く言った。

 ウチは雑念を捨てて耳を傾ける。


「今の時代、死因の九割が他殺。力無き者は死するのみ!」


 やだこの世界。マジ物騒。

 

「そうね。そうよね。まだ幼いとか関係ないわよね」


 ママはウチに体を向け、真剣な表情を見せる。


「イーロン。心して聞きなさい」

「心して聞きます」


 ママは無言でウチを抱き締めた。

 多分、正面から向き合ったら愛が溢れてしまったのだろう。マジかわいい。


「イーロン。心して聞きなさい」

「心して聞きます」


 テイク・ツー。


「この世は、強者こそが正義です」


 ウチは神妙な面持ちで頷いた。


「弱者は全て奪われます。綺麗な夢も、大切なモノも、何もかも」


 その言葉を口にしたママの瞳からは、いつもの優しい光が消えていた。

 だけど、この時のウチには、その意味が分からなかった。


「イーロン。あなたを強くします」


 ウチは頷いた。

 そして厳しい修行が始まった。


 強くなる。

 とてもシンプルな答えだ。

 

 前回、ウチは聖女ノエル達から逃げた。実に愚か。必要なのは、自己防衛。ウチは戦うべきだった。勝てば生きる。負ければ死ぬ。とても分かりやすい。


 絶対に死にたくない。

 だって、やっと夢が叶った。


 多分、これは生まれ変わり。

 理屈は分からないけど今この瞬間はリアル。


 やりたいことが沢山ある。

 だから絶対に長生きしたい。


 ウチは生き方を決めた。

 強くなる。誰よりも強くなって、自由に生きるんだ。

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