第73話 分かりやすい子(委員長side)

 最近、天野さんの様子がおかしい。

 おかしいというか……正確に言えば、分かりやすすぎる。


「委員長、私、最近この漫画にハマってて」


 天野さんが見せてくれたスマホには、有名な漫画アプリが表示されている。

 そして天野さんが教えてくれた漫画は、近頃インターネットの広告でもよく見かけるものだ。


「知ってるわ、これ」

「だよね?」

「……分かってて言ったでしょ」


 私が知らないはずがない。

 だって、この前、いちごちゃんが配信でおすすめしていたから。


 天野さんだって、もちろんそれは分かっているだろう。


「読んでくれた?」

「まだちょっとだけだけど」


 いちごちゃん……そして、天野さんが紹介してくれたのは、『ふたりの節約ごはん』という漫画だ。

 貧乏な女子大生が、スーパーで買える安い食材で美味しいご飯を作る……という、ご飯ものである。


 絵も綺麗だし、ふんわりとした空気感に癒されるし、普通に面白い。


 ただあの漫画、百合なのよね。


 たびたび主人公の家へ遊びにやってくるお金持ちの同級生がいる。

 庶民の味なんて知らないお嬢様に節約ご飯を教える、という定番ながら魅力的な展開だ。


 だが明らかに、二人の距離感は友達のそれではない。


「委員長も、面白いと思う?」

「ええ」

「二人の距離がだんだんと縮まっていくのも面白いよね。付き合ったりすると思う?」


 天野さんが窺うような視線を向けてくる。

 分かりやすすぎて、正直笑いそうになってしまう。


「そうね。話が進んだら、そういう展開になるんじゃないかしら」

「私もそう思う!」


 そう言って、天野さんはにこにこと笑った。


 最近天野さんはこんな風に、ちょっと百合要素がある漫画やアニメの話をしてきたり、同性婚に関するニュースについて話を振ってくる。


 同性同士の恋愛について私がどう思うのかを知りたいのだろう。


 本当、分かりやすくて可愛い。





「ねえ、委員長。委員長はさ、恋人ができたら遊園地とか行きたい?」

「……急にどうしたの?」

「愛梨沙が彼氏と遊園地に行きたいけど、遊園地に行くとカップルは別れる、なんて噂があるから悩んでるらしいんだよね」


 天野さんが友達の話をするのは、別に珍しいことじゃない。


 でもこれは友達の話っていうより、恋愛の話だわ。


 最近、天野さんはやたらと恋愛に関する話をするようになった。


 どう考えても、私の恋愛観とかを知りたいのよね?

 天野さん、もしかして、私に告白するつもりなのかしら。


 天野さんは、やはり私のことが恋愛的な意味で好きで、私と付き合いたいと思っているのだろうか。


「私はそもそも、遊園地は特に好きじゃないわ」

「えっ、そうなの?」

「でも付き合うなら、遊園地も一緒に楽しめるような相手がいいわね」


 きっと天野さんとなら、どこへ行ったって楽しい。


 というか、遊園地で天野さんに何のカチューシャをつけてもらうかを考えるだけで、一日中楽しめる気さえする。


「だよね、うん、分かる! 私もそういう相手がいいな」


 そう言うと、天野さんは水筒に手を伸ばした。

 お茶を一気飲みした後、私から目を逸らして呟く。


「きっと委員長となら、遊園地も楽しいんだろうな、なんて……」


 天野さんの耳が、少しずつ赤くなっていく。

 耳が真っ赤になった時、天野さんはいきなり立ち上がった。


「私、ちょっとトイレ!」


 天野さんが大股で教室を出て行く。


 赤くなった顔、ちゃんと見たかったのに。


「それにしても……」


 どうしたらいいのだろう。

 曖昧なままの関係でいいと思っていたのは、どうやら私だけだったらしい。

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