失恋の勢いでダンジョン配信者になった私が、女の子に命を救われて「女の子同士もアリじゃない?」と気づくまで
あきの
1.『ダンジョン配信者というお仕事』
ダンジョン配信という仕事がある。
仕事……というと聞こえはいいけど、その実情は中々にドロドロだ。
なにせ、食べていけるほど稼いでるのは全体の1%。
今や数万人の規模で存在するダンジョン配信者のうち、たった数百人程度。
さらに、せっかく上位に食い込んだその1%のうち、毎年数十人は配信中に死亡している。
これがダンジョン配信という仕事の実情だ。
仕事というにはあまりに劣悪で、ふざけてる。
マトモな人の就く仕事じゃないよね。
と、ここで終わらせてしまうには、ちょっとだけ語りきれていないところがあって。
たとえば、そもそもなぜそんな仕事がまかり通るのか、って話。
そんなに危険で、お金にもならないようなこと、いっそ禁止しちゃえばいいのに。
そう思ってる人は、まぁいることにはいるけど、少ないと思う。
なんでって、そりゃあ、利になるからなんだけど。
私たちにとっても、国にとっても、ダンジョンから出土される魔力結晶は大切な資源だ。
「魔玉は今や至上の宝石とかで大人気だし、魔石は石油に替わる万能資源として世界中に需要があるもんね」
だからお国様は、日本中にダンジョンが出現した時、禁止するどころかその真逆の対応を取ったわけ。
『迷宮享受権』。
早い話が、世界中の誰もがダンジョンに自由に入り、探索する権利がありますよー、ってこと。
といっても、最初のうちは誰も入ろうとしなかったらしいけどね。
そりゃそうだよ。危なすぎるもん。
でも、そのうち誰かが気づいたんだ。
浅い表層では大した魔品は出土しないけど、深く潜れば潜るほど、魔力濃度の高い魔品が手に入る。
それを換金すれば、普通に働くのがバカバカしくなっちゃうくらいの大金が手に入るって。
一攫千金を夢見て、そりゃもう沢山の人たちがダンジョンに潜った。
そして、死んでいった。
ダンジョン探索は甘くない。
死ぬ。死んじゃうんだよ。
びっくりするくらい、あっさりと。
やがて攻略法が確立されていくにつれて、最奥には敏腕の探索者だけが潜るようになって。
その他大勢の人たちは、もうとっくに前の人たちが探索し終わってるはずの低層で、取りこぼしたお宝を夢見て探索するようになった。
それが今から50年くらい前の話。
今はもう、低層を本気で探索してる人なんかいない。
今のトレンドはね、ダンジョン配信。
ダンジョン探索が確立していくのと同時期にネット社会が発達して、この50年で世界は大きく広がった。
で、ある時誰かが言ったんだよね。
『迷宮享受権が有効なら、不特定多数に配信することもオッケーなんじゃないか?』
って。
もうね、青天の霹靂。
だって、これまでは暗黙の了解として、『ダンジョン探索の様子は外に発信しない』ってのがあったの。
そりゃそうだよね。
不特定多数の目に入る場所に置くには、ダンジョン探索ってのはセンシティブすぎるというか、そぐわないというか。
その、グロすぎるし。
「普通の感性なら問題あるって思うよね」
でも最初に気づいた人は、それを押し切ってダンジョン探索の様子を動画配信サイトで配信し始めたんだ。
倫理観バグってるよね?
でも、倫理観がバグってたのはなにもその人だけじゃなかった。
批判の声は数多くあれど、それを楽しく観ていた視聴者も確かにいた。
人が死に、絶望し、終わっていく姿すらもエンターテインメントとして消費されていった。
その流れは広がり、今やダンジョン配信はエンタメとして一大コンテンツだ。
日本の文化といえば、茶道、相撲、ダンジョン配信だよ。
半分冗談だけどね。
「結局私もダンジョン配信しちゃってるし。倫理観バグってるのは私も同じだったね」
さて。
いっぱい喋って疲れたな。
私ももう、眠くなってきたよ。
「ごめんね。おやすみ」
:まだ寝る時間じゃないよ!
:おねがい、死なないで
:あーあ、まだ若いのに
:いや、これはもう無理だろ……
:残念だけどおしまいだな
あーあ。
あんまりいい人生じゃなかったな。
生まれた時から親と折り合いが悪くてさ。
でも別に邪険にはされてなかったし、ごく一般的な家庭なんだと思う。
幼少期はそれなりにチヤホヤされて。
普通に高校に行って。そこそこの大学に進んで。
そこまではよかった。順風満帆だった。
大学生になったころ、恋を知った。
好きな人ができて、人並みに胸をトキメかせたりもした。
今思えば、それが私の分岐点だったのかな。
勇気を出して告白した結果、私は綺麗に玉砕した。
でもさ、初めての恋だったから。立ち直れなくて。
そのままズルズルと学校を休みがちになって。
アルバイトの方にお熱になったりもして。
当たり前のように単位が足りなくて、留年した。
で、親からは絶縁された。
私の出来の悪さにカッとなっただけなのか、心の底から疎まれていたのか、今となってはそれもわからない。
もう聞くこともできない。
乾坤一擲という言葉がある。
運を神様にまかせて、一か八かの大勝負に打って出ることだ。
それだった。
もう後がない私は、何者かになるしかなかった。
だから、ダンジョンに潜った。
運がいいことに、私にはそれなりに才能があった。
新人にしては破竹の勢いでダンジョンを駆け下り、いつしか私は配信者としてもそれなりの地位を築いていた。
大人気とはいえないけど、中堅配信者とか、そんな感じ。
天職だと思っていた。
同級生の中にはすでに社会に出て働いている人もいるけど、彼らよりもよっぽど私のほうが稼いでいる。
チヤホヤだってされるし、街で声をかけられたこともある。
だからかな。
だから、浮かれてしまったのかな。
まさか私がトラップを踏んで、魔物の巣窟に転移させられるなんて。
調子に乗り始めた時に限って、足元をすくわれるのだ。
肝に銘じなきゃな。もう遅いけど、せめて来世では。
「……ごめんね、お父さん、お母さん」
:あぁ……
:諦めちゃダメだよ!
:どうせもう無理だろ、何体魔物がいると思ってんだ
:この小部屋にいるうちは大丈夫だろ
:このままここで失血死するか、外に出て魔物に食われるかだな
:近くに潜ってる配信者いないかな? ヘルプ出せばワンチャン
:鳩やめろ
「……みんな、もう――」
「――やめて! 誰か! 助けて!」
声が聞こえた。
助けを求める、女の子の声だ。
だから私は立ち上がった。
もう、震える手のひらの温度もわからなかった。
■
酷い有様だった。
小部屋からなんとか這い出た私の目に最初に入り込んだのは、10体を超える魔物の群れ。
犬の形をした魔物。
その爪は非常に鋭利で、掠っただけでも致命傷になり得る。
加えて、彼らは頭がいい。
まるで狩りをするように、ジリジリとこちらを追い込んでくる。
優位に立ち回っていると思っていたら、3秒後には一転、自分が壁に追い詰められていることに気づくのだ。
そしてその壁際にふたつの人影。
どちらも女の子で、たぶん私よりも若いから、大学生か……もしかしたら、高校生かもしれない。
そして――、
「あ……お願いします! 助けてください! 佳那が、佳那が動かないんです……!」
「うん、助けるよ」
大粒の涙と、べちゃべちゃの鼻水をお構いなしに垂れ流しながら叫ぶ女の子。
その傍らに倒れているもう一人の子は、地面を真っ赤に染めながらぴくりとも動かない。
もう、死んでいる。
私は、右手の魔杖に精一杯の魔力を込めて、魔術を放った。
「――【氷晶六華】」
氷の刃が、魔物の群れをズタズタに切り裂く。
魔物はあっという間にその命を奪われ、ただの肉塊になった。
よかった。
私にもまだ、これだけの魔力は残っていたみたいだ。
「こっち。群れの長が来る前に、早く」
「あ……でも、佳那が、佳那が……」
「あなたの命が優先だよ。生きていなければ、弔うことすらできない」
なんて、どの口が言ってるんだろうな。
あぁ、もう前すら上手く見えないや。
「か、佳那……佳那は……」
「辛いよね。苦しいよね。泣きたくなっちゃうくらい、前を向いて進むっていうのは残酷だよね。――でも、生きて。生きて、帰って――それでそのあと、彼女のために泣いてあげて」
「――。生き、る……」
:こおりちゃん……
:なぜこの怪我でこんなに気丈に振る舞えるのか
:マジで死なないで欲しい
:初見だけどこんなに強いのになんで死にそうなの?
:このフロアのボスっぽい魔物に襲われた
:魔術効かなかったもんな、あれは仕方ない
:仕方ないで死んでほしくないよ
あぁ、もう無理かも。
力が入らないし、寒いや。
まぁいいか。
頑張った頑張った。
最後の最期に人助けして死ねるなんて、ダンジョン探索者冥利に尽きるね。
本当はね。
本当の本当は、こんな人生だったけど、嫌いじゃなかったよ。
お金稼げるとか、チヤホヤされるとか、そんなこと以上に。
自分の意思で、命を張れるくらい本気になれる仕事を選べたこと。
それを応援してくれるリスナーがいたこと。
本当に、恵まれていたと思う。
「えっ……あ、あの、お姉さん……?」
:あああああ
:終わった
:こおりちゃんんんんん
あたたかい。
仄かに、温もりを感じる。
これ、現実かな?
なんかいい匂いまでしてきた。
ダンジョンなのにね。おかしいや。
あぁ、わかった。
私、倒れちゃったんだ。
あの子が受け止めてくれてるんだね。
でももう大丈夫だよ。
もういいから。
だから、帰ろう。
それで、もしよかったらなんだけど、余裕があればでいいんだけど、お父さんとお母さんに、私の、こと――。
――――。
――。
■
薄ぼんやりと漂う意識の中で、柔らかな手のひらに包まれる夢を見た。
それはやっぱりあたたかくて、涙が出そうなくらいに優しかった。
「……ぇ」
「……動かないで。まだ傷は塞がってない」
「……ぁ、なたは」
「喋るのもダメ。死ぬから」
無意識に視線を動かすと、私のお腹に派手に空いた穴を包む光と、それを操る少女の姿だけが焼き付く。
どうしても眠気には逆らえなくて、私の意識は再び闇に落ちていった。
:よかったぁぁああ
:マジで奇跡だろ
:てか今の誰? 有名な配信者?
:見たことないけどあれだけ強ければそうじゃね
:フロアのボス一瞬で倒してたもんな
:治癒魔術まで使えるとか国家探索者レベルだろ……
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