第6話







「雷兎くん!授業はちゃんと聞きなさい!」


 学校の授業すらまともに集中できず僕は無気力になった。


 かっこわるい。

 あんなこと言うつもりじゃなかったのに。


 ただただ色々な後悔が蘇る。


 いつもは休み時間も素振りをしてたけど…根本から折れた木剣。


 前ほど剣を振りたい気持ちがなくなっていた。


「ぅ……ぅぅ……」


 溢れる涙が止まらなかった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 響くのはバチャバチャと水溜りを歩く音と、雨が傘に当たる音。

 その2人に会話はなかった。


 しばらく歩いて、ゼロが沈黙を破った。


「幻滅しちゃったかな」


 仲良くしていた少年の未来を奪ったことやそのやり方。そしてメリルを孤児院から引っ張ってきたこと。


 我に還ればちょっとは酷いことをしたという自覚があった。

 しかし、金輪際会わないだろう相手のことを考えていてもしょうがない。


「ゼロはものすごく性悪だと思う。けど強さは本物。私が強くなるための近道だから、これからもついていくけど…いつか斬りたい」


 メリルは静かに怒っていた。


 らいとくんに嫌われたかもしれない。

 それが一番不安だった。


 孤児院で仲が良かったわけじゃない。

 でもあの子の剣を横で見て、同じことをして学んだのはたしかで。


 紛れようもなく私の始まりの人で…初恋だった。



「あははは…評価最悪だねぇ…まっ!終わったことだし、未来を考えていこうよ!」


「…うん。いつかまた…」


 会える時まで


 私は剣に生きるよ




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 あれから何日経ったのか。


 僕はもう剣を握っていない。

 学校が終われば自室に閉じこもる毎日。

 お腹が減ったら台所へ行き、残り物を食べる。

 それに味は感じない。


 元々線の細かった体は、今は骨が浮かぶほど痩せてしまっている。


「だめなのは…わかってる…」


 だけど何もする気が起きない。


 また、失敗するだけ。



 どたどたと部屋の外がうるさくなり始め、僕の部屋の戸が開いた。


 入り口にいたのは2年前にこの孤児院を離れた姉的存在の人だった。

 何かと1人でいる僕を気にかけて、いつも頭を撫でてくれた人。


「…るな…ねぇ…」


「そんな顔してどうしたの?」


 優しい問いかけに僕はまた弱いところを見せてしまいそうで…布団にくるまった。


「るなねぇこそ…どうしているの?」


「ふふっ、大事な大事な弟がさ、落ち込んでるって聞いてね?おねぇちゃん、助けに来ちゃいました」


 おちゃめっぽく言う彼女は笑顔をいつも絶やさない。

 辛い時や悲しい時も笑って太陽の如く僕を照らしてくれる。それがどれだけ安心するか。どれだけ暖かいか。

 僕はそれを知っている。



「…手……」


「ふふっ、相変わらず甘えん坊だねぇ…ほらいいこいいこ…いいこいいこ…」


 この優しい声と手が僕は大好きだった。


 初めて英雄譚を読んでもらったのもるなねぇからだった。


 私は強い人が好きだなぁ


 そう溢した彼女はそれを覚えていないかもしれない。

 だけど、僕が強くなりたいと思ったのはその時からなんだ。


「らいとは私の弟だよ〜?笑顔笑顔!何回挫けてもいいから、その度に私が励ますしさ……強くなりたいって気持ちはまだあるんでしょ?だから涙が止まらないんだよ?辛かったらほらっ、いっぱいぎゅーしよう!幸せをいっぱい感じて…また頑張ろうよ!ね?」


「…ずびぃ……結婚…じだぃ…」


「ふふっ、らいとが英雄になったら考えちゃうかもね!」


 あんなアバズレを綺麗だと思った自分が憎かった。

 最上はここにいる。


 僕の原点


「…わがっだ……絶対……絶対に……なる…」


「うん!ずっと…見守ってるからね」


「……まだ…悲しいから……おっぱい…みせ…」


「お姉ちゃんエロガキは嫌い」


「……うぃ」


「相変わらずだね…でも憔悴してるから…お姉ちゃんが腕によりをかけてご飯を作っちゃいます!あと…今夜は泊まる予定だから一緒に寝ようね」


 僕の脳にあった霞は消えていき一瞬で太陽が昇ったのだった。





 本物と偽物

 英雄とそうじゃないもの


 そう区切ったのは誰か。


 一度挫折したものは頂点には届かない。


 それを決めたのは誰か。

 一度挫折したからこそ、その者は輝ける術を持っているのだ。


 世界は


 人々は


 精霊は


『英雄の』誕生を待っている。



 もう一度剣を手に取る少年は…もう、弱くない。

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