第41話  そこに愛はないはずなのに。

 公爵家の別荘はとても自然豊かな場所に建てられていた。


 近くには森があり少し馬車を走らせれば大きな湖があった。


 “ここ好きぃ!”

 アクアはとても気に入ったようで湖の中に入って行くと出てこない。


 “しばらくここに居ていい?”


 わたしにそう言うと返事すらしなくなった。


 ーーアクア、わたし屋敷に帰るわね。


 そしてヴィー達と屋敷に帰る。


 そんなゆっくりとした時間が過ぎていく。


 葡萄園に行き、葡萄の収穫の手伝いをした。


 ワイン用とは別に甘い食べられる食用葡萄をたくさん貰って帰り


「余ったらジャムも作れるかしら?」

「みんなで食べましょう」と話してワイワイ言いながらパンを焼いてスープを作り、使用人達と食卓を囲んだ。


 別の日にはワイン作り。初めての経験で毎日がワクワクしながら過ごした。


「クリスティーナ様のためのワインは少し甘めにして飲みやすくしております」


「ありがとう、出来上がるのが楽しみね」


 ワイン工房の人と仲良くなった。


 そんな暮らしが三か月を過ぎた頃、お父様から帰ってくるようにと連絡が来た。


「そろそろだと思っていたのよ」

 お母様が溜息をついた。


「そろそろとは?」

 何のことだろう?


「クリスティーナももう17歳になるわ、そろそろ婚約者を選ばないといけないのよ」


「婚約者?」


「そうなの、何度か話は出ていたのだけど……クリスティーナに相応しい人を選ばないとね」


「わたし結婚しないといけないのですか?」


「結婚は嫌かしら?」


「いえ、公爵令嬢になったのですからいつかは誰かと結婚するものだと思っていました。お父様の意思にお任せいたします」


 ヴィーが好き。だけどそれは初恋でしかない。ヴィーにわたしは釣り合わない。せめてもう少し歳が近ければ。せめて幼い頃から面倒を見てもらっていなければ、妹ではなく一人の女性としてみてもらえたかもしれない。


 わたしでは彼の隣に立つことはできない。

 リーゼ様の件からやっと元の関係には戻れた気がする。だけどそれはあくまで妹のように思われているだけ。守るべき存在なだけ。


 愛してもらっていてもその愛はわたしの求めるものではない。


 だから結婚するなら自分が決めた人ではなく、親に勧められた人と結婚しよう。たとえ愛せなくても温かい家庭は築けるかもしれない。


 穏やかな家庭を作る努力なら出来る。


 そう思って王都へ帰ることにした。


 アクアは“この湖にしばらくいる。何かあったら呼んで”と言ってついてはこなかった。


 まさか王都に帰ったらお父様の前で頭を下げるヴィーがいるとは思わなかった。


 護衛をしていたヴィーが早めに王都へと任務を終わらせて帰っていた。


「ただいま帰りました」


 お父様に挨拶するために執務室へと向かうと

「お願いします、義兄上」と頭を下げているヴィー。

 お父様は机に肘をついて頭を抱えヴィーを睨みつけていた。


「お父様?ヴィー?……ごめんなさい邪魔をしてすみません」


 わたしは執務室に入るのをやめてそのまま部屋を出ようとした。


「待ちなさい、クリスティーナ。中にお入り」


「はい」


 ヴィーはわたしを横目でチラリと見ると体を横にずらした。


 中に入るとどうしていいのかわからずオロオロとしていると、「ソファに座りなさい」と勧められた。

 仕方なく一人ソファに座りお父様とヴィーの顔を見た。


「ヴィル、君もソファに一旦座れ」

 お父様はヴィーには少し強い口調で言った。


 ムスッとしているお父様と黙ったままお父様を見つめるヴィー。


 何があったのかしら?


 口には出せずにいると部屋の中にお母様が入ってきた。


「あら?何だか重たい空気ね?ヴィル、何をしたの?」


「姉上!何もしておりません。ただ、俺に……そのクリスティーナ様を………」


 わたしをチラッと見ると話すのを躊躇い悩んでいた。


「はあーー」大きな溜息をついたヴィー。


「そう、で、どうだったのかしら?」


「だめでした。相手にすらしてもらえません」


「まぁ仕方がないわよね」


 二人の会話についていけず黙って様子を窺いながら座っているとお父様が「俺の目の前でそんなこと言っても無駄だ」と怒っていた。


「お願いです、俺にチャンスをください。絶対にクリスティーナ様を幸せにしてみせます」


「えっ?」ソファから立ち上がりヴィーを見つめ固まってしまった。







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