子供達と神々の神楽 ～序の章～

薫の祖父 円の手紙

「葉（よう）司（じ）君（くん）に悪（わる）い事（こと）したかな？」

　薫（かおる）と共（とも）に歩（ある）いている北（ほく）斗（と）がそう口（くち）走（ばし）ると、その言（こと）葉（ば）を聞（き）いて薫（かおる）が言（い）い返（かえ）す。

「確（たし）かに。三（さん）人（にん）分（ぶん）はキツそうですが、葉（よう）司（じ）君（くん）なら大（だい）丈（じょう）夫（ぶ）では？」

　北（ほく）斗（と）は太（たい）耀（よう）の提（てい）案（あん）した賭（か）けで恵（え）理（り）花（か）に負（ま）け、恵（え）理（り）花（か）のランドセルを代（か）わりに持（も）って帰（かえ）る約（やく）束（そく）に成（な）っていた。

　しかし北（ほく）斗（と）は学（がっ）校（こう）から直（ちょく）接（せつ）、薫（かおる）の父（ちち）親（おや）が経（けい）営（えい）する開（かい）店（てん）前（まえ）のラーメン屋（や）に向（む）かい、昼（ちゅう）食（しょく）を取（と）る事（こと）になったので、恵（え）理（り）花（か）のランドセルを持（も）って行（い）く役（やく）と、北（ほく）斗（と）のランドセルを葉（よう）司（じ）が引（ひ）き受（う）けてくれたのだ。

　因（ちな）みに今（いま）二（ふた）人（り）は、昼（ちゅう）食（しょく）を終（お）え、薫（かおる）の新（あたら）しい家（いえ）に移（い）動（どう）中（ちゅう）で有（あ）る。

「そう言（い）えば、何（なん）で新（あたら）しい家（いえ）の事（こと）教（おし）えてくれなかったのさ」

　不（ふ）思（し）議（ぎ）そうにそう聞（き）いた北（ほく）斗（と）に、薫（かおる）は少（すこ）し恥（は）ずかしそうに答（こた）える。

「いやぁ……　仲（なか）良（よ）く成（な）ったとは言（い）え、言（い）うの少（すこ）し恥（は）ずかしくてですね」

　そんな二（ふた）人（り）が薫（かおる）の新（あたら）しい家（いえ）の目（め）の前（まえ）に着（つ）くと、北（ほく）斗（と）が薫（かおる）の家（いえ）を見（み）て言（い）う。

「良（い）いな新（あたら）しい家（いえ）」

「建（たて）前（まえ）が出（で）来（き）なかったのが残（ざん）念（ねん）ですが」

　薫（かおる）がそう続（つづ）けたので、北（ほく）斗（と）はクスクス笑（わら）って言（こと）葉（ば）を続（つづ）ける。

「人（ひと）前（まえ）で、お菓（か）子（し）や五（ご）円（えん）玉（だま）拾（ひろ）うのは恥（は）ずかしいけどね」

　北（ほく）斗（と）がそう言（い）った後（あと）、二（ふた）人（り）は薫（かおる）の家（いえ）にドアを開（あ）けて入（はい）る。

　そして靴（くつ）を脱（ぬ）ぎ、玄（げん）関（かん）に上（あ）がった。

「北（ほく）斗（と）君（くん）。ちょっと家（いえ）の中（なか）を見（み）て周（まわ）って待（ま）っててもらえますか？」

　薫（かおる）の言（こと）葉（ば）に、北（ほく）斗（と）は『うん』と言（い）って頷（うなず）く。

　すると薫（かおる） は、二（に）階（かい）の自（じ）分（ぶん）の部（へ）屋（や）に向（む）かって行（い）った。

　北（ほく）斗（と）が家（いえ）の中（なか）を少（すこ）し探（たん）索（さく）した後（あと）、リビングのソファーに座（すわ）って薫（かおる）を待（ま）っていると、薫（かおる）が一（いっ）冊（さつ）の手（て）帳（ちょう）を持（も）って戻（もど）って来（く）る。

「お待（ま）たせしました。ちょっとコ（・）レ（・）を見（み）て下（くだ）さい」

　そう言（い）って、薫（かおる） が北（ほく）斗（と）の目（め）の前（まえ）のテーブルに広（ひろ）げた手（て）帳（ちょう）には、こんな事（こと）が書（か）かれている。

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－

はるか昔（むかし）、太（たい）陽（よう）神（しん）に従（したが）わなかった星（ほし）の神（かみ）が、何処（どこ）かへ封（ふう）印（いん）されたらしい

その神（かみ）の名（な）は天（あま）津（つ）星（ほし）神（がみ）

天（あま）津（つ）星（ほし）神（がみ）は境（きょう）群（ぐん）市（し）と言（い）う地（ち）方（ほう）に封（ふう）印（いん）されているらしいので、其処（そこ）に移（うつ）り住（す）もうと思（おも）う

まつろわぬ民（たみ）の神（かみ）と言（い）う事（こと）だが、いったいどんな神（かみ）で有（あ）ったか興（きょう）味（み）は尽（つ）きん

はたまたＳＦの様（よう）な宇（う）宙（ちゅう）人（じん）で有（あ）ったなら、それはそれでロマンが有（あ）る

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－

　所（ところ）々（どころ）、薫（かおる）が書（か）いたルビが振（ふ）って有（あ）った。

　北（ほく）斗（と）は少（すこ）し考（かんが）える。

（つまり……）

「怖（こわ）いから、この天（あま）津（つ）星（ほし）神（がみ）って神（かみ）様（さま）を、ボクに一（いっ）緒（しょ）に探（さが）して欲（ほ）しいって事（こと）？」

　そう言（い）う北（ほく）斗（と）に、薫（かおる）は恥（は）ずかしそうに反（はん）論（ろん）を返（かえ）す。

「怖（こわ）い訳（わけ）では……」

　薫（かおる）のその様（よう）子（す）を面（おも）白（しろ）く感（かん）じた北（ほく）斗（と）は、悪（わる）いと思（おも）いつつ、からかう事（こと）にした。

「それじゃ、ボク帰（かえ）るね？」

　言（い）って立（た）ち上（あ）がった北（ほく）斗（と）に、薫（かおる）は慌（あわ）てて自（じ）分（ぶん）の言（こと）葉（ば）を否（ひ）定（てい）する。

「待（ま）って下（くだ）さい！　怖（こわ）いです、怖（こわ）いですから」

「冗（じょう）談（だん）だから、そんなに慌（あわ）てなくていいよ」

　笑（え）顔（がお）で北（ほく）斗（と）がそう言（い）い返（かえ）したので、薫（かおる）は胸（むね）を撫（な）で降（お）ろした。

「でも……、ボクそんな神（かみ）様（さま）知（し）らないよ？」

　少（すこ）し間（ま）を開（あ）けてそう言（い）った北（ほく）斗（と）に、薫（かおる）は笑（え）顔（がお）で言（い）う。

「それは折（おり）込（こ）み済（ず）みです。図（と）書（しょ）館（かん）の郷（きょう）土（ど）資（し）料（りょう）にも載（の）ってませんでしたし」

「だったら何（なん）でボクに聞（き）くのさ、人（ひと）に聞（き）く人（じん）海（かい）戦（せん）術（じゅつ）だったら協（きょう）力（りょく）しないよ」

　嫌（いや）そうな顔（かお）をした北（ほく）斗（と）に薫（かおる）は言（い）う。

「そうでは有（あ）りません。昔（むかし）の伝（でん）承（しょう）に詳（くわ）しい方（かた）を知（し）りませんか？」

（そう言（い）われてもなぁ……　……　……）

　薫（かおる）の言（こと）葉（ば）に、北（ほく）斗（と）が困（こま）っていると……

　　ピーン ポーン

　家（いえ）のチャイムが鳴（な）り、北（ほく）斗（と）の思（し）考（こう）を遮（さえぎ）った。

　そしてインターホンから、聞（き）き覚（おぼ）えの有（あ）る男（おとこ）の子（こ）の声（こえ）が聞（き）こえて来（く）る。

「ち～す。三（み）河（かわ）屋（や）で～す」

　更（さら）に聞（き）き覚（おぼ）えの有（あ）る男（おとこ）の子（こ）の声（こえ）が続（つづ）く。

「おい。一（いち）応（おう）仕（し）事（ごと）の手（て）伝（つだ）いなんだから、真（ま）面（じ）目（め）にやれ」

　その声（こえ）を聞（き）き北（ほく）斗（と）と薫（かおる）は、少（すこ）し慌（あわ）てて玄（げん）関（かん）に向（む）かいドアを開（あ）ける。

　すると其所（そこ）には、箱（はこ）入（い）りの一（いっ）升（しょう）瓶（びん）を抱（かか）えた葉（よう）司（じ）、その隣（とな）りに太（たい）耀（よう）の姿（すがた）も在（あ）った。

「薫（かおる）、 コレ家（うち）からの開（かい）店（てん）祝（いわ）いだって親父（おやじ）が」

　葉（よう）司（じ）の言（こと）葉（ば）に、薫（かおる）は葉（よう）司（じ）が何（なん）で家（いえ）に来（き）たのかを理（り）解（かい）し尋（たず）ねる。

「ありがとうございます。でもよく、家（うち）の場（ば）所（しょ）分（わ）かりましたね？」

「それは最（さい）初（しょ）、店（みせ）の方（ほう）訪（たず）ねたんだ。家（うち）に帰（かえ）ってから親父（おやじ）に、新（あたら）しく出（で）来（き）たラーメン屋（や）が薫（かおる）の家（いえ）だって説（せつ）明（めい）したら、帳（ちょう）面（めん）とこの酒（さけ）持（も）って、お前（まえ）ん所（とこ）のラーメン屋（や）に行（い）く事（こと）に成（な）ってさ。で、最（さい）終（しゅう）的（てき）にこの酒（さけ）をこの家（いえ）に届（とど）けて来（く）れって、お前（まえ）の親父（おやじ）さんが場（ば）所（しょ）教（おし）えてくれたんだよ」

「で、父（ちち）に何（なに）か用（よう）事（じ）だったんですか？」

「たぶん安（やす）くするから、家（うち）でまとめて酒（さけ）買（か）ってくれって相（そう）談（だん）だろ。まったく、子（こ）供（ども）出（だ）汁（し）に使（つか）うなっての」

　葉（よう）司（じ）がほんのちょっと不（ふ）機（き）嫌（げん）に成（な）ったので、薫（かおる）は葉（よう）司（じ）をなだめる様（よう）に行（い）う。

「仕（し）事（ごと）ですし、大（おお）目（め）に見（み）てあげて下さい」

「分（わ）かってるけどさぁ……」

　恥（は）ずかしそうにそう言（い）い返（かえ）した葉（よう）司（じ）を尻（しり）目（め）に、今（こん）度（ど）は北（ほく）斗（と）が太（たい）耀（よう）に聞（き）く。

「太（たい）耀（よう）君（くん）はどうして此（こ）処（こ）に？」

　すると太（たい）耀（よう）は、少（すこ）し恥（は）ずかしそうに北（ほく）斗（と）に答（こた）える。

「偶（ぐう）然（ぜん）葉（よう）司（じ）に会（あ）って、今日（きょう）は午（ご）後（ご）から暇（ひま）だったからな……」

　そんな太（たい）耀（よう）に葉（よう）司（じ）は笑（え）顔（がお）で言（い）う。

「よく言（い）うぜ。学（がっ）校（こう）での話（はな）しが気（き）になって、無（む）理（り）やり付（つ）いて来（き）たくせに」

「葉（よう）司（じ）！」

　恥（は）ずかしくて太（たい）耀（よう）がそう怒（おこ）ると、薫（かおる）が葉（よう）司（じ）に教（おし）える。

「ケンカするならそのお酒（さけ）、私（わたし）に借（か）して下（くだ）さい。割（わ）れたらどうするんです？」

「わりぃ。でも渡（わた）す時（とき）に落（お）とすと悪（わる）いし、オレがキッチンまで持（も）ってくわ」

　悪（わる）びれて葉（よう）司（じ）がそう答（こた）えると、北（ほく）斗（と）が靴（くつ）を履（は）いて玄（げん）関（かん）の外（そと）に出（で）、代（か）わりに葉（よう）司（じ）が玄（げん）関（かん）に入（はい）る。

　無（む）造（ぞう）作（さ）に靴（くつ）を脱（ぬ）ぎ葉（よう）司（じ）は家（いえ）に上（あ）がると、薫（かおる）の案（あん）内（ない）でキッチンに向（む）かった。

　残（のこ）された太（たい）耀（よう）が、北（ほく）斗（と）に聞（き）く。

「北（ほく）斗（と）、薫（かおる）の話（はな）し何（なん）だったんだ？」

「だったら、この町（まち）の伝（でん）承（しょう）に詳（くわ）しい人（ひと）に心（こころ）当（あ）たりない？」

　質（しつ）問（もん）に質（しつ）問（もん）で返（かえ）された太（たい）耀（よう）は、少（すこ）し考（かんが）えてから北（ほく）斗（と）に言（こと）葉（ば）を返（かえ）す。

「紫（し）織（おり）さんはどうだ？　確（たし）かあの人（ひと）、この地（ち）域（いき）の事（こと）は仕（し）事（ごと）で前（まえ）に、一（ひと）通（とお）り調（しら）べたって言（い）ってた気（き）がするけど」

「それじゃ決（き）まりだ。これから恵（え）理（り）花（か）ちゃん家（ち）に行（い）くけど、太（たい）耀（よう）君（くん）も来（く）る？」

　聞（き）いた北（ほく）斗（と）に、太（たい）耀（よう）は嬉（うれ）しそうに言（い）い返（かえ）す。

「当然（とうぜん）」

　その言（こと）葉（ば）の直（ちょく）後（ご）、キッチンから葉（よう）司（じ）と薫（かおる）が戻（もど）って来（き）たので、北（ほく）斗（と）は葉（よう）司（じ）に聞（き）く。

「葉（よう）司（じ）君（くん）。これから恵（え）理（り）花（か）ちゃんの家（いえ）に行（い）くんだけど、一（いっ）緒（しょ）に来（く）る？」

「何（なに）しに行（い）くんだ？」

　聞（き）き返（かえ）した葉（よう）司（じ）に、北（ほく）斗（と）は答（こた）える。

「紫（し）織（おり）さんに、昔（むかし）の伝（でん）承（しょう）を聞（き）きにだよ」

　★★★

「石（いし）橋（ばし）社（しゃ）長（ちょう）。ちょっと……」

　部（ぶ）下（か）の役（やく）所（しょ）にそう呼（よ）び出（だ）され、石（いし）橋（ばし）は役（やく）所（しょ）と共（とも）にプレハブ小（ご）屋（や）から出（で）ると、パワーショベルの所（ところ）に向（む）かった。

　其所（そこ）にはパワーショベルで堀（ほ）り起（お）こされた空（くう）間（かん）と、堀（ほ）り出（だ）した土（つち）に埋（う）もれた、白（しろ）い勾（まが）玉（たま）を身（み）に付（つ）けた遮（しゃ）光（こう）器（き）土（ど）偶（ぐう）。

　そして同（おな）じく堀（ほ）り出（だ）した土（つち）に埋（う）もれた、錆（さ）びた三（みっ）つの青（せい）銅（どう）製（せい）の装（そう）飾（しょく）品（ひん）。

　遮（しゃ）光（こう）器（き）土（ど）偶（ぐう）と三（みっ）つの装（そう）飾（しょく）品（ひん）を見（み）た石（いし）橋（ばし）は、頭（あたま）を抱（かか）えて悩（なや）んでいる。

（うわぁ、面（めん）倒（どう）臭（くさ）い物（もの）が……）

　石（いし）橋（ばし）の会（かい）社（しゃ）は、この土（と）地（ち）の所（しょ）有（ゆう）者（しゃ）で有（あ）る紫（し）織（おり）から、林（りん）地（ち）を更（さら）地（ち）にする様（よう）頼（たの）まれていた。

　そして紫（し）織（おり）から、何（なに）か出（で）るかもと聞（き）かされていた。

　そして、どう考（かんが）えても文（ぶん）化（か）財（ざい）的（てき）な物（もの）が発（はっ）掘（くつ）される……

（とにかく紫（し）織（おり）さんに連（れん）絡（らく）か……）

　そう考（かんが）えている石（いし）橋（ばし）に、役（やく）所（しょ）が尋（たず）ねる。

「社（しゃ）長（ちょう）、如何（どう）しましょうか？」

「私（わたし）が紫（し）織（おり）さんに連（れん）絡（らく）を入（い）れる。君（きみ）は堀（ほ）り出（だ）した物（もの）を壊（こわ）さない様（よう）、小（こ）屋（や）へ移（い）動（どう）させてくれ」

　それから三（さん）十（じゅっ）分（ぷん）後（ご）。

「すみません。祖（そ）母（ぼ）の紫（し）織（おり）の使（つか）いで、訪（たず）ねて来（き）たんですけど？」

　そう言（い）った恵（え）理（り）花（か）の他（ほか）に、葉（よう）司（じ）、北（ほく）斗（と）、太（たい）耀（よう）、薫（かおる）が工（こう）事（じ）現（げん）場（ば）に到（とう）着（ちゃく）した。

　天（あま）津（つ）星（ほし）神（がみ）の事（こと）を紫（し）織（おり）から聞（き）く為（ため）、黒（くろ）沢（さわ）家（け）に向（む）かった北（ほく）斗（と）、薫（かおる）、葉（よう）司（じ）、太（たい）耀（よう）の四（よ）人（にん）は、事（じ）情（じょう）を説（せつ）明（めい）したら面（おも）白（しろ）そうと、仲（なか）間（ま）に加（くわ）わった恵（え）理（り）花（か）と共（とも）に、紫（し）織（おり）に天（あま）津（つ）星（ほし）神（がみ）の事（こと）を訪（たず）ねる。

　すると紫（し）織（おり）は、天（あま）津（つ）星（ほし）神（がみ）が関（かん）係（けい）している場（ば）所（しょ）は今（いま）工（こう）事（じ）中（ちゅう）で、自（じ）分（ぶん）の仕（し）事（ごと）を手（て）伝（つだ）えば、その場（ば）所（しょ）に入（はい）れる様（よう）にしてくれると言（い）った。

　と言（い）う事（こと）で、天（あま）津（つ）星（ほし）神（がみ）が封（ふう）印（いん）されていると言（い）う工（こう）事（じ）現（げん）場（ば）に、紫（し）織（おり）の手（て）伝（つだ）いに恵（え）理（り）花（か）達（たち）はやって来（き）たのだ。

　恵（え）理（り）花（か）の声（こえ）に気（き）が付（つ）き、役（やく）所（しょ）が子（こ）供（ども）達（たち）に近（ちか）寄（よ）ってくる。

「御（お）待（ま）ちしてました恵（え）理（り）花（か）様（さま）。それとお友（とも）達（だち）も」

　役（やく）所（しょ）の言（こと）葉（ば）に葉（よう）司（じ）が呟（つぶや）く。

「コイツが様（さま）って柄（がら）かよ」

「何（なに）よ、文（もん）句（く）有（あ）るの」

　ケンカ腰（ごし）にそう言（い）い返（かえ）した恵（え）理（り）花（か）に、役（やく）所（しょ）が優（やさ）しく尋（たず）ねる。

「恵（え）理（り）花（か）様（さま）。今（いま）は御（お）祖母（ばあ）様（さま）のお手（て）伝（つだ）いですよ」

「分（わ）かってます」

　すると恵（え）理（り）花（か）は少（すこ）しムッとしてそう答（こた）え、役（やく）所（しょ）はそれを確（かく）認（にん）した後（のち）、葉（よう）司（じ）に向（む）かって真（しん）剣（けん）な顔（かお）で注（ちゅう）意（い）をする。

「其所（そこ）の君（きみ）も、女（おんな）の子（こ）に向（む）かってああ言（い）うからかい方（かた）は、男（おとこ）としてどうかと思（おも）うぞ」

　すると、言（い）われた葉（よう）司（じ）は恥（は）ずかしそうに恵（え）理（り）花（か）に謝（あやま）る。

「……悪（わる）い、恵（え）理（り）花（か）」

　葉（よう）司（じ）が謝（あやま）った事（こと）を確（かく）認（にん）した役（やく）所（しょ）は、子（こ）供（ども）達（たち）に向（む）かって言（い）う。

「では、石（いし）橋（ばし）社（しゃ）長（ちょう）の元（もと）に御（お）連（つ）れします。皆（みな）さん、私（わたし）に付（つ）いて来（き）て下（くだ）さい」

　笑（え）顔（がお）でそう言（い）った役（やく）所（しょ）に子（こ）供（ども）達（たち）が付（つ）いて行（い）くと、石（いし）橋（ばし）の居（い）るプレハブ小（ご）屋（や）に案（あん）内（ない）された。

　小（こ）屋（や）の床（ゆか）に引（ひ）かれたブルーシートの上（うえ）に、土（つち）を払（はら）われた白（しろ）い勾（まが）玉（たま）を身（み）に付（つ）けた遮（しゃ）光（こう）器（き）土（ど）偶（ぐう）と、錆（さ）びた三（みっ）つの青（せい）銅（どう）製（せい）の装（そう）飾（しょく）品（ひん）。

　子（こ）供（ども）達（たち）が遮（しゃ）光（こう）器（き）土（ど）偶（ぐう）に驚（おどろ）いていると、石（いし）橋（ばし）が恵（え）理（り）花（か）に挨（あい）拶（さつ）をする。

「御（ご）足（そく）労（ろう）掛（か）けて申（もう）し訳（わけ）有（あ）りません、恵（え）理（り）花（か）様（さま）」

　その言（こと）葉（ば）で恵（え）理（り）花（か）は石（いし）橋（ばし）に視（し）線（せん）を向（む）け、返（へん）事（じ）を返（かえ）す。

「いえ。こちらこそ御（お）忙（いそが）しいのに、御（お）邪（じゃ）魔（ま）をして申（もう）し訳（わけ）ありません」

「それは構（かま）いません。紫（し）織（おり）様（さま）から話（はな）しは伺（うかが）ってますし、此方（こちら）としても恵（え）理（り）花（か）様（さま）が来（き）て頂（いただ）いて助（たす）かりました」

　石（いし）橋（ばし）がそう言（い）い終（お）わると、恵（え）理（り）花（か）は少（すこ）し不（ふ）思（し）議（ぎ）そうに聞（き）き返（かえ）す。

「どう言（い）う事（こと）ですか？」

　すると今（こん）度（ど）は、石（いし）橋（ばし）が少（すこ）し不（ふ）思（し）議（ぎ）そうに聞（き）き返（かえ）す。

「御（お）祖母（ばあ）様（さま）から聞（き）いていませんか？　其所（そこ）に有（あ）る堀（ほ）り出（だ）した物（もの）を、御（ご）自（じ）宅（たく）に御（お）持（も）ち帰（かえ）り頂（いただ）きたいのです」

　その言（こと）葉（ば）に驚（おどろ）いたのは太（たい）耀（よう）と薫（かおる）。

　二（ふた）人（り）は石（いし）橋（ばし）に向（む）かって言（い）う。

「ちょっと待（ま）って下（くだ）さい。そんな勝（かっ）手（て）な事（こと）したら……」

「そうですよ。もしバレたら……」

　しかし石（いし）橋（ばし）は笑（え）顔（がお）で二（ふた）人（り）に言（い）い返（かえ）す。

「御（お）上（かみ）には、後（あと）できちんと報（ほう）告（こく）しますので問（もん）題（だい）有（あ）りません。それにコレは紫（し）織（おり）様（さま）からの提（てい）案（あん）です。私（わたし）達（たち）で文（ぶん）化（か）財（ざい）の管（かん）理（り）は出（で）来（き）ませんからね」

「それでは、遮光器土偶（コレ）等（ら）を家（うち）に持（も）ち帰（かえ）れば良（い）いんですね」

　恵（え）理（り）花（か）がそう石（いし）橋（ばし）に聞（き）くと、石（いし）橋（ばし）は笑（え）顔（がお）で返（へん）事（じ）をする。

「はい、宜（よろ）しく御（お）願（ねが）い致（いた）します。私（わたし）共（ども）で御（ご）自（じ）宅（たく）に御（お）届（とど）けしても良（よ）かったんですが、紫（し）織（おり）様（さま）が子（こ）供（ども）達（たち）に運（はこ）ばせる様（よう）にと」

「分（わ）かりました。発（はっ）掘（くつ）品（ひん）は、私（わたし）達（たち）が御（お）預（あず）かり致（いた）します」

　真（しん）剣（けん）な顔（かお）でそう言（い）い返（かえ）す恵（え）理（り）花（か）に、石（いし）橋（ばし）は言（い）う。

「それでは、中（なか）身（み）が分（わ）からない様（よう）梱（こん）包（ぽう）しますので、暫（しばら）く御（お）待（ま）ち下（くだ）さい」

　更（さら）に役（やく）所（しょ）に向（む）かって続（つづ）ける。

「役（やく）所（しょ）君（くん）。悪（わる）いけど私（わたし）の車（くるま）から、遮光器土偶（コレ）入（い）れる弁（べん）当（とう）袋（ぶくろ）持（も）って来（き）てくれるか？」

「分（わ）かりました社（しゃ）長（ちょう）」

　そう言（い）って役（やく）所（しょ）がプレハブ小（ご）屋（や）を離（はな）れると、石（いし）橋（ばし）は近（ちか）くに有（あ）った気泡緩衝材（ぷちぷち）で、遮（しゃ）光（こう）器（き）土（ど）偶（ぐう）を包（くる）み始（はじ）めた。

　すると葉（よう）司（じ）と北（ほく）斗（と）が、恵（え）理（り）花（か）に向（む）かって話（はな）し掛（か）ける。

「おい、恵（え）理（り）花（か）？」

「恵（え）理（り）花（か）ちゃん？」

　呼（よ）ばれた恵（え）理（り）花（か）は葉（よう）司（じ）と北（ほく）斗（と）の方（ほう）を向（む）くと、二（ふた）人（り）に向（む）かって聞（き）く。

「何（なに）、二（ふた）人（り）共（とも）」

　その言（こと）葉（ば）に始（はじ）めに返（へん）事（じ）を返（かえ）したのは葉（よう）司（じ）。

「遮（しゃ）光（こう）器（き）土（ど）偶（ぐう）、重（おも）そうだしオレが持（も）って行（い）ってやろうかと思（おも）って」

「ボクも……」

　北（ほく）斗（と）もそう続（つづ）けて言（い）った。

　そして今（こん）度（ど）は、葉（よう）司（じ）に向（む）けて言（こと）葉（ば）を続（つづ）ける。

「葉（よう）司（じ）君（くん）、学（がっ）校（こう）終（お）わってからずっと重（おも）い物（もの）持（も）ってるし、疲（つか）れて落（お）とすと悪（わる）いからボクがやるよ。付（つ）き合（あ）わせたのボク達（たち）だし」

　その言（こと）葉（ば）に太（たい）耀（よう）はクッスっと笑（わら）い、薫（かおる）に聞（き）く。

「それじゃぁ錆（さ）びてる方（ほう）は、薫（かおる）の担（たん）当（とう）だな」

　突（とつ）然（ぜん）自（じ）分（ぶん）に話（はな）しを振（ふ）られ、少（すこ）し悩（なや）んだ薫（かおる）だが、太（たい）耀（よう）の真（しん）意（い）に気（き）付（づ）いて話（はな）しに乗（の）る。

「そうですね、元（もと）々（もと）私（わたし）が言（い）い出（だ）した事（こと）ですし」

　薫（かおる） の言（こと）葉（ば）で、少（すこ）し不（ふ）機（き）嫌（げん）そうな葉（よう）司（じ）を確（かく）認（にん）した太（たい）耀（よう）の耳（みみ）に……

　　シャラン

　不（ふ）意（い）に金（きん）属（ぞく）音（おん）が聞（き）こえ、その音（おと）がしたプレハブ小（ご）屋（や）の外（そと）に目（め）を向（む）けると……

「バァフ！」

　顔（かお）だけが黒（くろ）い、白（しろ）い毛（け）皮（がわ）の小（こ）狗（いぬ）が物（もの）凄（すご）い勢（いきお）いで、プレハブ小（ご）屋（や）に向（む）かって来（く）る。

（何（なん）……）

　そんな事（こと）を太（たい）耀（よう）が考（かんが）えている間（あいだ）に、小（こ）狗（いぬ）はプレハブ小（ご）屋（や）に侵（しん）入（にゅう）。

　他（ほか）の人（にん）間（げん）もその存（そん）在（ざい）に気（き）付（づ）く。

（（子（こ）犬（いぬ）？））

　太（たい）耀（よう）以（い）外（がい）がそう思（おも）った瞬（しゅん）間（かん）、太（たい）耀（よう）が他（ほか）全（ぜん）員（いん）に向（む）かって反（はん）射（しゃ）的（てき）に叫（さけ）ぶ。

「皆（みんな）、その犬（いぬ）は普（ふ）通（つう）じゃ…………」

　しかし次（つぎ）の瞬（しゅん）間（かん）、子（こ）狗（いぬ）の前（まえ）足（あし）の爪（つめ）は、石（いし）橋（ばし）の遮（しゃ）光（こう）器（き）土（ど）偶（ぐう）を持（も）っている手（て）を襲（おそ）う。

「ぎゃ！」

　そして石（いし）橋（ばし）の叫（さけ）び声（ごえ）と共（とも）に、遮（しゃ）光（こう）器（き）土（ど）偶（ぐう）は包（つつ）みの気泡緩衝材（ぷちぷち）の間（あいだ）をすり抜（ぬ）け……

　　ガッシャン

　地（じ）面（めん）に落（お）ちた。

（（あ！））

　その場（ば）に言（い）た子（こ）狗（いぬ）以（い）外（がい）がそう思（おも）いながら、一（いっ）瞬（しゅん）の沈（ちん）黙（もく）の後（のち）……

　全（ぜん）員（いん）が叫（さけ）ぶ。

「「あぁぁぁぁ！」」

　特（とく）に恵（え）理（り）花（か）と石（いし）橋（ばし）の混（こん）乱（らん）ぶりは酷（ひど）い。

「お祖母（ばあ）ちゃん、ゴメンなさい。ゴメンなさい。ゴメンなさい！」

「ぶ……、ぶ……、文（ぶん）化（か）財（ざい）がぁ！」

　そんな中（なか）、太（たい）耀（よう）が恵（え）理（り）花（か）に叫（さけ）ぶ。

「落（お）ち着（つ）け恵（え）理（り）花（か）！」

　その声（こえ）で恵（え）理（り）花（か）が少（すこ）し落（お）ち着（つ）くと同（どう）時（じ）に、割（わ）れた遮（しゃ）光（こう）器（き）土（ど）偶（ぐう）から、ラメを含（ふく）んだ様（よう）な黒（くろ）い煙（けむ）りが溢（あふ）れ出（で）て来（く）る。

　その煙（けむ）りは、直（ちょっ）径（けい）百（ひゃく）五（ご）十（じゅ）ｃｍの球（きゅう）体（たい）へと姿（すがた）を変（か）え、壁（かべ）を素（す）通（どお）りして空（そら）に登（のぼ）り、何処（いずこ）かへと消（き）え去（さ）って行（い）った。