第28話 道具は…手に馴染む物が一番だと思いませんか? 8
ビットナー伯爵から鮮やかな手際で逃げおおせた男は、密造村から少し離れた森の中にいた。
「随分と楽しそうな事になってるみたいだね。あたしの飼い犬達を10頭も足止めに使うなんてどういう事だい? あんたなら一個小隊位の衛兵なんぞ簡単に皆殺しに出来るだろう」
突然、誰も居なかった筈の木陰から若い女の声が響くと、空間に徐々に輪郭が浮かび上がり、銀灰色のローブを纏った人影があらわれた。
「まだ我々の手の内を王国に知られる訳にはいかん。それにアレディング如きの為に王国貴族を直接手の内にかけるなど
「あんたの口からそんなセリフが出るなんてね...“
「俺が殺人淫楽症だとでも? 勘違いするなよ俺は
「抜かりないよ。その為にわざわざ心理誘導して完成品保管庫は村内に置かない様にさせたんだから。国境ギリギリにある洞窟から既に搬出して帝国側に入ってるよ。アレディング側の警備も全て始末してこっちの痕跡も消してあるさ」
「ならいい、さっさと本拠に戻るぞ。武器が予定より少ない顛末を報告せねばならん」
「殿下はそんな事で怒ったりしないと思うけど...」
瞬間、女に怖気が走る。ほんの数瞬だが凄まじい殺気に瞬間的に杖を構えた。同時に周囲に潜んでいた野鳥や野生動物、魔物に至るまでが一斉に逃げ出す。
「言葉に気をつけろ。あの方の事を簡単に口にするな...」
静かな戒めの言葉だがとても反論出来る気配ではない。
「ああ...分かったよ。さっさと帰ろうじゃないか」
(なんて殺気だよ...化け物め!)
そして二人の気配が薄れていくと同時に姿もかき消えていった。
――――――――――
その頃、密造村では衛兵隊がオルトロスの群れを相手に激戦を強いられていた。
村内には何も知らない鍛冶職人達がいる。屈強な職人達はハンマーを振りかざして威嚇しているが、凄まじい速度で連携して襲い掛かって来るオルトロスの群れに、既に何人かの犠牲が出ていた。
彼らを守りながら群れを殲滅するのは衛兵達にとっても楽な作業ではない。
建物内からビットナー伯爵達が現れて指揮を取るまで衛兵達が無事だったのは、クリステンセンの奮戦があったからだ。
「御屋形様、敵の数は10頭……高度な連携を使いこなしてきます。衛兵達5人で一頭ずつ当たらせていますが数頭は対応出来ておりません」
一個小隊40人では手が足りない。
「わしが何頭か間引いて来るから先に鍛冶職人達を後方に下がらせい。アレディングも殺させるなよ。貴重な証人じゃからな」
「閣下! それは危険過ぎます。何人か付けますのでしばし...」
「無用だ! わしはまだ引退した覚えはないぞクリステンセン」
そう言ってオルトロスに近づいた伯爵は、先程とは違い両手にそれぞれ大剣を構える。
「子犬をけしかけて儂を止められると思うたか? 甘過ぎるわ! “
伯爵に気付いたオルトロスが双頭を揃えて牙を突き立てんと迫る。
伯爵の左剣がまるで盾の様に双牙を受け止めた瞬間2つの首が胴体から
まるで両手に盾と剣を同時に持っているかの様な凄まじい技にオルトロスが警戒を強める。その一瞬の隙を突き衛兵達が襲い掛かって更にその数を減らして行く。
「これで最後です! “
最後に残ったオルトロスは一瞬にして上空に移動したクリステンセンを追いきれず見失う。
クリステンセンは
一際大きな咆哮を放ってオルトロスが事切れる。かなりの負傷者を出したが幸い衛兵達に死者は出なかった。
「奴め、逃げを打つだけにしては大袈裟な真似をしよる。しかも
おそらく...奴らにとって大事な物は既に此処にはない。そして伯爵の勘は一連の事件がまだ終わってないと告げていた。
アレディングを問題にしない以上、パウルセン宰相に押し付けてきた王都の商会でもこれといった手掛かりは挙がるまい。
伯爵は、改めて奴もしくは奴の組織の用意周到さに更なる危機感を感じ深いため息を付いた。
――――――――――
「全ての資料を開示して捜査に協力して下さい。本部商会から姿を消した者達の素性や縁戚関係もわかる限り提出して下さい。例外はなしです」
パウルセン公爵の手配した衛兵隊がアレディング商会の本部商店を急襲した時。対応したのは年の頃20前後程の嫡子ウォルター・アレディングだった。
彼が選んだのは絶対服従と率先した情報提供だ。激しい抵抗を予想していた衛兵隊隊長は意外な対応にかなり驚いた。
(密輸に関わった者は全員
驚いた事にウォルターは既にこの捕縛劇と強制捜査が行われる事をほぼ正確に予測していた。
(危うく俺の
ウォルター・アレディングは所謂天才だった。5才の時に既に自分が周りの人間とは違う事に気づいていた彼はその本質を隠蔽して生きる選択をした。
生物の集団は
ある時は、事業計画を気付かれないが結果は大きく変わる様に修正したり、幸運を装う形で重要情報を舞い込ませたり...
(親父のミスをいくら修正しようとしてもバカな事を止めない以上、
ありふれた行商集団を王都一の大商会に育て上げた天才はあらゆる手を打って商会存続に動き始めていた。
――――――――――
王都と辺境での捕縛劇から数日。
カナタは最近の日課になっている鍛冶屋街への納品を済ませると、新たな発注書を受け取った。場所はガンディロスの営む工房近くの倉庫だ。
エクスチェンジで無尽蔵に鉱物を取り出せて原子レベルで精錬された金属を扱える(但しほぼ粉末に近い砂状だが)カナタにとって店舗など必要ないのだが、スキル(周りから見たら転移魔法)のカムフラージュの為に借りている。
「そろそろガンディロスさんと装備品の具体的な打ち合わせをしないとな」
「しかし主殿、本来の目的だった当面の資金稼ぎは達成出来た以上、装備品は必ずしも必要ないのでは?」
ちなみにミネルヴァとは周りに人がいない時はお互い発声して会話している。
「いや先々の事を考えると用意はするに越したことはないさ。こちらの世界でも元の世界でも未来に何が起こるか分からないのは同じだからな」
「なる程...それではこれからガンディロス様の所に向かいますか?」
「そうだな...そうしようか。」
そして倉庫に施錠しようと立ち上がった瞬間、突然モノクルにメッセージが表示された。
【オートメッセージ:
スキル取得者は精神感応エネルギー粒子吸収を33%達成しました。
2つの未解放能力が発現しました。】
「まったく...なんでいっつもこんなタイミングで...」
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