第25話 道具は…手に馴染む物が一番だと思いませんか? 5
翌朝、約束通りシドーニエを迎えに行く。伯爵邸近辺の路地に転移してから呼び鈴を鳴らす。
伯爵邸からシドーニエとヒルデガルド、執事長のクリステンセンが出迎えてくれた。
「おはようございます。コーサカ殿、先日はお世話になりました」
「おはようございます。ビットナー伯爵令嬢、そんな風に仰られては恐縮です。此方こそ先日はお手間を取らせました」
ん?ちょっと不機嫌そうだな...何かしたかな?
「...コーサカ殿。既に我々はお互い面識もあるし、あなたは国の賓客と同等の立場だ。私の事もシドーニエと同じく名前で呼んで頂きたい」
おっと随分急角度な要望を伝えてきた。いくら世間慣れしてない僕でも“伯爵令嬢の名前呼び”が無礼な事位は分かる。ヒルデガルドの言葉にクリステンセンさんも若干渋い顔をしている。
「その様な事はご無礼かと...」
「そんな事はない!親しい者達の様にヒルダと呼んでも構わないぞ。いや、是非そうしてくれると嬉しい!」
朝からグイグイ来るな!そんなに親密アピールして来なくても伯爵や国に都合の悪い事はしないのに.....
「...それでは無礼かとは存じますが、ヒルデガルド様とお呼びさせて頂きます」
「...まあ最初からはなかなか難しいか...それではヒルデガルドで宜しくお願いします」
「...ありがとう御座います」
朝から何をやっているのか...とにかく今後の予定を話す。
「おそらくですが2日程で予定は消化出来ると思います。間違いなくシドーニエさんは無事お届け致しますので宜しくお願い致します」
「私もコーサカ様のお役に立てるよう、精一杯お務めさせていただきます」
挨拶が済んだので出発する事にする。ヒルデガルドが付いて来たそうにしているが気づかない振りをした。そして視線が切れた所で路地に入りシドーニエに声を掛ける。
「シドーニエさん。そろそろ始めます」
「了解しました」
肩に手をかけて今朝ミネルヴァに設定して貰った所を思い浮かべて、
「ムーヴ!」
――――――――――
僕とシドーニエは王都の北端の外壁上に転移した。こんな場所に転移したのにはきちんと理由がある。
「シドーニエさん。これから
シドーニエが無言でブンブン頷いている。首を傷めそうでこわいからやめて下さい。
{ミネルヴァ、昨夜に打ち合わせていた通りだ。問題はないかい?}
{はい。現状で問題点は確認出来ません。最終到達予定地点は温泉保養地ヴァンデンブルクでよろしいでしょうか?}
{ああ変更なしだ。ミネルヴァの視認可能距離は今日のコンディションだとどれくらいかな?}
{10km程度かと}
{では余裕を持って7kmで行こう。約22回の連続発動になる。
{問題ありません。それでは開始します}
{頼むよ}
{プログラム確認完了、予定転移地点確認、魔力集積率115%、スクリプト実行回数22を設定、
シドーニエの肩に手を置いて声を掛ける。
「行きますよ。準備はよろしいですか?」
「はい!何時でも来いです!」
「では行きますよ。“オートアクティブ!”」
発動して約15秒後、僕達はヴァンデンブルクの外壁を少し遠くに眺めていた。場所は街道脇の丘の上で周囲に人影はない、予定通りだ。
“オートアクティブ”は視認可能な場所に転移出来るムーヴをミネルヴァの最大視認距離で繋いで長距離を短時間で移動する。
やってる事は単なる連続発動なのだが、ミネルヴァに内臓されている地図データ(これはいわゆるオートマッピングしている物ではなく初期にインストールされた物)を元に視認可能なポイントで、人影が少ない所をピックアップして複数の選択肢の中から瞬時に最適解を得るのは、桁違いの制御能力をもつミネルヴァならではだ。
「とりあえず到着しました。...大丈夫ですか。」
シドーニエが真っ青な顔をしている。次の瞬間...盛大にマーライオンと化した...
――――――――――
「お見苦しい所をお見せして申し訳ありません」
シドーニエが盛大に凹んでいる。出発前の意気がウソのようだ。やはり女性としては耐え難い物が有るのだろ。
オートアクティブは転移の連続発動なのだが、つまり無重力のような感覚を高超速で連続に体験する事になる。慣れていない内臓が耐えられなかった様だ。
「気に病む必要はありませんよ。こちらこそ注意を促しておくべきでした。申し訳ありません。少し休んでから調査を始めましょう」
「申し訳ありませんがそうしていただくと助かります」
「ゆっくり休んで下さい」
シドーニエに休む様に促してから、周りの地形を確認する。
{ミネルヴァ、現地の状態はどうだい?}
{地図データから推測していた調査範囲で問題ないかと思われます。目的ポイント8箇所を表示します}
現地とマップ、更に国土管理書院の地図データを照合して誤差を修正した目的のポイントがモノクルに投影される。いくつかは視界を遮るシャルテベルク山地の向こうだ。
{解ってはいたがやはり広大だな。8箇所で大丈夫かい?}
{この程度の面積なら問題ないかと...今回の
{そうかならシドーニエが落ち着き次第早速始めよう}
{承知致しました}
それから暫くシドーニエの様子を見ながら今回の目的を説明した。
「現地に来るまで詳細な説明をせずに申し訳ありません。ビットナー伯爵からは今回の同行の件でどんな説明をされていましたか?」
「理由は伺っておりません。伯爵様からはコーサカ殿が王族直轄地で
「そうですか...これからヴァンデンブルク周辺とシャルテベルク山地を囲う形で8つの魔法陣を設置します。恐らくは夕暮れまでに6箇所位、明日の午前中には2箇所を終わらせて王都に戻る事になるでしょう」
「その魔法陣は調査の為の魔法に必要なんですか?」
「その通りです」
シドーニエはまたもや自らの常識にはない魔法の知識に驚愕していた。一般的に魔法陣は使い手の魔力を増幅したり結界の構築をする際に造形の補助をしたりする程度の物であり、行使する数も一つが当たり前だったからだ。
「今回の魔法陣は山地を中心として円形に等間隔に配置します。けして人や環境に問題を及ぼす物ではありません」
「それに関しては心配してはいません。私も同行しておりますし、なによりコーサカ様は同行者がいるのに危険な魔法を行使する筈がありません」
「信頼していただいてありがとうございます。体調も戻って来た様ですし出発しましょう」
「はい了解しました」
そうして僕達はその日の内に転移を駆使して必要な魔法陣を6箇所設置しヴァンデンブルクの前に戻って来た。
シドーニエは転移には大分慣れてきたが、人跡未踏の山中で魔物と遭遇する事になって大分お疲れのようだ。
僕は自分で対処すると言ったのだが彼女は護衛も兼ねているのでと言って魔物の相手を一手に引き受けてくれた。
流石は伯爵のお抱え魔法使いだけあって危なげなく魔物の相手を務めてくれたが遭遇数が多すぎてヘトヘトになっている。
{ミネルヴァ、前から疑問に思ってたんだがこの世界の魔法使い達は魔力を集積しないで内在している魔力だけで魔法を行使している。何故なんだい?}
{こちらの世界では魔力を集積して、それを直接魔法に変化させる概念が一般的ではありません。魔力は生物の体内で生成されると考えられています}
魔法がそんな概念で運用されているとは思わなかった。
{魔力を集積する概念や技術は教えないほうがいいかい?}
{概念は教えても差し支えないでしょう。既にそういった概念を見いだしている魔法使いも極一部には存在するようです。技術に関しても極初歩のものなら構わないと思いますが、そこから先は各人が研究と研鑽でたどり着くのに任せるのが望ましいと考えます}
{ありがとう。おりを見て話してみるよ}
「お疲れ様でしたシドーニエさん。とりあえずヴァンデンブルクで宿を取って休みましょう。残りは明日です」
「了解しました」
ヴァンデンブルクは温泉保養地なので宿の種類や数も豊富だ。
それなりの宿はすぐ見つかったし温泉も公共の大きな物があってなかなかの物だった。
食事もそれなりに楽しめたが(黒鉄の車輪亭)程ではない。これは致し方ないだろう。
食事の際に魔力の概念について軽く教えようかと思っていたのだが余りに疲労しているシドーニエが気の毒で後日の事とした。食事が済むと、
「シドーニエさん。随分お疲れのご様子ですので部屋に戻られて休んで下さい。私も部屋で明日に備えます。」
「...ありがとうございます。お言葉に甘えて休ませて頂きます。お休みなさい」
「お休みなさい」
こうして特に何事もなくヴァンデンブルクの夜は更けていった。
――――――――――
翌朝、僕達は必要な魔法陣を更に2箇所設置しヴァンデンブルクにやって来た時の丘の上に立っていた。
{ミネルヴァ、設置した魔法陣には問題ないかい?}
{8箇所共問題なく待機中です。先日設置した6箇所は既に自然充填にて魔力集積完了。本日設置の二カ所も設置時に充填してありますので問題ありません}
{それでは始めよう。ミネルヴァ、準備を頼む}
{了解しました。
「シドーニエさん探査を開始します」
シドーニエが黙って頷く。
それを見て僕は発動ワードを呟いた。
「
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