第二章

第10話 野生生物なんて...地元じゃめっきり見れないですよね? 1


「初めての空間互換魔法スキルだったから不安だよ。砦には無事かな?」


 王都への道をのんびり歩きながらミネルヴァに話しかける。あれから7日が経っていた。


発動記録構文ログを確認しました。確実に帝国軍の所持していた“武器”は砦の中庭にあった等体積の“空気”と入れ替わってる筈です」


「ならいいんだ。砦の人達には迷惑をかけたからな。それにこの国が戦乱に巻き込まれるとゆっくり“次元連結”を探す為の準備も出来ないし...」


 とりあえずスキルの使い方も実験出来たし...今回の実験で試したのはスキル“トランスファー”の能力の一つで任意空間同士を等体積で入れ替える【エクスチェンジ】だ。


 但し複雑な形状を指定して入れ替えるのはかなり難しいので、今回はミネルヴァのサポートで範囲内にある物体に対して(この場合は武器として認識される物)する事で対応した。


 僕のスキルでミネルヴァのサポートを受けて使えるのは現状、自身と身に付けている物を任意座標に転送する“ムーヴ”と、先程の“エクスチェンジ”の二種類だ。〔魔 力エネルギー粒子〕が体に行き渡れば他にも使用出来る能力が解放されていくらしいが現状では使えない。


 どちらも現状では一度訪れたり視認した所でしか使えない。今後、解放される別の能力と組み合わせると初めての場所にも転送出来るようになるらしいが...


 しかも“次元連結”を捜索するための能力も、解放待ちの能力とミネルヴァの魔法との組み合わせらしい。


 こうなると帰還を焦ってもしょうがない。とりあえず生き抜く為の拠点を定めようと、僕たちは王都に向かう事にした。


 これからの為の情報収集をしたい所だが...砦の件があるので至急距離を取った方が良いと判断し、途中幾つかの町や村はここまで全てスルーして来た。フリッツの様に出来た人間ばかりではないのだ。

 

 今いるのは王都までの距離を半分ほど来た街道だ。徒歩で7日だと本来ならもう少し進んでいてもおかしくないのだが、途中の町や村を迂回したせいで多少時間が掛かった。


 山裾に住んでいた僕には土の道も特に不便には感じない。しかし元の世界からすると当然違ったトラブルもあるわけで...


「主殿、11時方向、約400mに生物反応が有ります。集音分析では恐らくソリッドボアかと...」


 同時にモノクルにAR画像で分析結果と位置が表示される...よくよく考えると、まんまスカ○ターのようだ。


「またか...」


 そう、この世界には“魔物”が存在するのだ。まあ元々は世界に満ちている〔魔 力エネルギー粒子〕が既存の生物の体内に満ちて行く過程で、多少容量の大きな個体同士が交配したり、突然変異で大量の〔魔 力エネルギー粒子〕を取り込んで変質した個体が繁殖した結果らしい。


 もちろん人間に害をなす物も存在する。ソリッドボアはアルマジロの様な外皮を纏った大型の猪が鋭い牙を備えた見るからに猛獣然とした生き物だ。


「面倒だしまた〔隠 蔽フルカーテン〕の魔法でやり過ごそう」


 この街道を通っている間にも様々な魔物に出くわした。最初こそビックリしたが出てくる度にミネルヴァが攻撃魔法を使って瞬殺するので現代人としては若干気が咎める。


 食用にも出来るらしく、実際初めて仕留めたソリッドボアはミネルヴァが魔法で解体と加工・調理を行い極上の串焼き肉になったがとても一頭分の肉を持ち歩くのは不可能だ。


 なので一部を干し肉に加工した以外は放置した。ミネルヴァ曰わく他の動物がかってに処理してくれるそうだ。


「主殿! どうも人間が襲われているようです」


「まじか?」


 急いで現場に向かう。少し離れた所から様子を伺うと大きな岩の前でソリッドボアがうなり声を上げて、岩の上にいる3人の男女が立ち往生していた。


「ほっとく訳にもいかないか...ミネルヴァ、出来るだけ地味なヤツで頼む」


「かしこまりました。“元素集積固定エレメントチャージ”完了! “射出力場フォースカタパルト”形成! 行きます!」


『 石  礫ショット 』


 ミネルヴァが魔法を展開する。周りの地面から、小さな石の破片が集まりドングリ型の石礫が形成されたかと思うと、凄まじい風切り音と共に発射される。


〔ドゴンッ!!〕


 あまりの勢いにソリッドボアのこめかみに着弾した石礫は綺麗に貫通し更に幾つかの大木を貫いて止まった。


{ミネルヴァ...次からはもう少しだけ威力を抑えてくれると助かる}


{承知致しました。申し訳ありません}


“ドズズンッ”


 そしてソリッドボアはタップリ5秒ほどユラユラ揺れてからその場に倒れた。


 岩の上に避難していた3人は地響きを立てて倒れたソリッドボアを見て呆気にとられている...


「大丈夫ですか?」


 とりあえず声をかける。30代後半位の男性二人と、どう見ても10代半ばの少女一人がいた。


「今のは・・・あんたがやったのか?」


「ええ。余計な事をしたでしょうか?」


「いやそんな事はない。助かったよ」


 そう言うと3人は岩の側面を器用に降りて来た。一人の男性が少し覚束ない足取りだったのでよくよく見ると、二の腕付近にきつく布が巻かれて血がにじみ出ていた。


「その傷はソリッドボアに?」


「ああ、突然茂みから飛び出して来やがった。幸い牙に引っ掛けられただけですんだ」


 強がっているが顔色が良くない。ただの猪の牙でも様々な雑菌がいるのだ。魔物ともなればどんな菌がいるか分かった物ではない。


「災難でしたね」


「いや幸運だったさ!あんた魔法使いだろ?しかも凄腕の...お互い近くで生きてるんだ、魔物と遭遇するのは仕方ない。でもな、そんな所に凄腕の助けが通りがかるなんて幸運以外の何物でもないさ!」


「...魔物に殺されても受け入れると?」


「そこまで達観してるわけじゃねーさ。魔物に殺されるのはそりゃ嫌だがこっちも殺して食ってるんだ。殺されるのが嫌で刈り尽くしちまったら結局共倒れだろ?」


 (彼らは自然に魔物と共存しているのか...それを生活の糧としつつ、知恵を絞って被害を避ける。避けきれない時はそれを受け入れて新たな教訓と知恵を得る。そうやって生きてる人達なら...さっきの言動も頷ける、か...)

 

 やはり人は逞しい生き物だ。係累が死ぬたびに悲しみと儚さに打ちのめされて来た。しかし腹は減るし眠くもなる。体は悲しみで生きるのをやめたりしない。結局逞しく生きるしかないのだ...


「...少し腕の傷を見せて下さい。多少の心得は有ります」


「その若さで凄いな! だが大した礼はできんぜ。いいのか?」


「それではそのソリッドボアをあなた方の村で買い取って下さい。運搬はしますから。値段は後程交渉という事で如何ですか?」


「はは!それじゃお礼になってないわね。極上のソリッドボア一頭が手に入るんだもの! こっちに異存なんて有るはずがないわよ。村の皆でお金を出し合って買い取らせて貰うわ! あなた見た所一人よね?旅の途中ならお礼は美味しい夕食と寝床でどうかしら?」


 10代の娘が代わりに答えた。初めて真面目に見たがかなりの美少女だ。5年後が楽しみな逸材である。


「交渉が上手いじゃないですか。それでは是非夕食の味を確かめさせて貰いましょう」

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