第17話 予期せぬ再会
「あれ? フィンリーくん様に、アーシアちゃん様?」
思わず口に出ていた。
慌てて手で口を塞ぐも、時すでに遅し。
アーシアちゃんが振り返り、俺に気づく。
「……レオさま?」
「や、やあ。昨日ぶり。凄い偶然だね」
アーシアちゃんに近づいていく。
ここでフィンリー少年も僕に気づいたようだ。
「あなたはレオ殿。なぜここに?」
フィンリー少年が訊いてくる。
当然、「いやー、冒険者ギルドから配信したくてさ!」なんて本当のことは言えない。
なので、
「ちょっと冒険者ギルドに用がありまして。フィンリーく……様はどうしてこちらに?」
「それは――」
「後が詰まっておりますので、もうよろしいでしょうか?」
僕たちの会話を遮るように、受付嬢が言葉を被せてきた。
「提示された報酬額ですと依頼はお受けできませんので」
「まっ――待って欲しい。 お願いだ! 無理を言っているのは重々承知してい――」
「何と言われようと無理なものは無理です。お引き取りください。次の方どうぞ」
話は終わりだとばかりに、受付嬢が次の人を呼ぶ。
「おう! どけ小僧」
「あっ……」
フィンリー少年を突き飛ばし、いかつい冒険者が受付嬢の前へ。
受付嬢との間で報酬の受け渡しがはじまる。
それを見て、
「……」
フィンリー少年はしょんぼりと肩を落としていた。
「お兄さま、気を落としてはいけません」
「わかっている。わかってはいるが……」
己の不甲斐なさからか、フィンリー少年がぎゅっと拳を握る。
「すまないアーシア。護衛の一人も雇うことができない情けない兄で」
「そんなことはありません。お兄さまは立派な方です!」
「よしてくれ。ぼくのどこが立派なんだ」
「アーシアを守ってくれています!」
落ち込むフィンリー少年と、それを必死になって慰めるアーシアちゃん。
なにやら込み入った事情がありそうだ。
きっと視聴者たちも超気になっていることだろう。
ここで二人を「よく分からないけどがんばってね。じゃ!」みたいに見捨てようものなら、チャンネル登録者数がゴソッと経ることは必至。
なにより僕自身が気になってしまっている。
「フィンリー様、よかったら話を聞かせてもらえませんか?」
「レオ殿……しかし――」
「ほら、僕でも力になれることがあるかもしれませんので」
そう提案してみる。
フィンリー少年は悩みに悩み、やがて、
「……わかった。レオ殿、ぼくの話を聞いて欲しい」
と言うのだった。
◇◆◇◆◇
場所は一階から二階の酒場へ。
酒場といっても、僕たちのテーブルにはお酒の代わりに山羊のミルクが置かれていた。
ミルクを頼んだのは未成年の二人に配慮した結果である。
「どうぞ。ミルクは僕からの奢りですので気にせず飲んでください」
「感謝する」
「ありがとうございます、レオさま」
二人とも喉が乾いていたのか、ミルクをごくごくと。
あっという間に飲み干してしまった。
一息ついたところで、改めて話を聞くことに。
「レオ殿、恥ずかしい話になるのだが……ぼくとアーシアは城から――いいや、この領都アルタテから追放されたのだ」
「な、なんですってっ!?」
――追放。
そのパワーワードの響きに、反射的に椅子から腰を浮かしてしまう。
リアル追放系をこの目で見る日がくるとは思いもしなかったぞ。
「領主の子であるお二人が、どうしてそんなことになってしまったのですか?」
「……先日、領都にゴブリンが出たことは知っているだろうか?」
「え? ええ。僕も何体かのゴブリンと戦うことになったので」
「そうか。それは苦労をかけたな。あの突然湧いたゴブリンのせいで、ぼくたちは領都から追放されることになったのだ」
フィンリー少年が語りはじめた。
あのゴブリンの襲撃があった日、領都になにが起こっていたのかを。
「ゴブリンの群れが現れた時、父上は王都にいたため不在でな」
領主が不在の中、代わりにフィンリー少年が領主代理を務めていたそうだ。
そんな折、ゴブリンの群れが下水道から湧き出てきた。
フィンリー少年の話で知ったのだけれど、ゴブリンの群れは僕がいた飲み屋街だけではなく、街のあちこちに現れたそうだ。
少なくない死傷者を出し、領主代理だったフィンリー少年はその責任を追及されることになった。
しかも先頭切って追求してきたのが領主の元側室で、現正妻でもある義理の母親だったそうだ。
「サリージアお義母さまは、以前からお兄さまに辛くあたられていましたから……」
「言うなアーシア。ぼくが頼りないのがいけないのだ」
「いいえ違います。サリージアお義母さまは弟のバルムロを次の領主にしたいから――」
「よすんだ!」
フィンリー少年が語気を強め、
「っ……。すみません、お兄さま」
アーシアちゃんがしゅんとする。
「すまないレオ殿。見苦しいところを見せた」
「いいえ。お気になさらずに」
「話を続けてもいいだろうか?」
「お願いします」
ゴブリンの襲撃の責任を負わされ、フィンリー少年は領主代理から半ば強制的に降ろされた。
事はそれだけに収まらず、ゴブリンの襲撃によって命を落とした者たちの保証に充てるからと、フィンリー少年の私財を没収したのだという。
しかも足りないという理由から、アーシアちゃんの私財まで没収したそうだ。
かくて二人は貴族でありながら無一文となった。
無能な領主代理のせいだと噂が広まり、街の住民にも恨まれるようになった。
そして昨夜、新たな領主代理となった義理の母から、こんな命令を受けたそうだ。
『辺境の村ベヘルトを割譲しフィンリーに与える。ベヘルトの領主となり領地を開拓し発展させよ。妹のアーシアもこれに同行し、兄を助けてやるが良い』
我が子を次期領主にするべく、第二夫人はフィンリー少年を辺境送りにした。
割譲についての手続きは全てやっておく、とも。
さっき追放と言っていたのは、このことを指してだろう。
「それでぼくは、アーシアと辺境のベヘルトへ向かう道中の護衛を雇うため
「そうだったんですか……」
僕の想像を遙かに超える過酷な境遇だった。
会ったこともない義理の母とやらに怒りが湧いてくる。
フィンリー少年の話を聞いていた視聴者たちも、僕と同じように怒っているに違いない。
義理の母に対し、言いたいこともツッコミたいことも多々ある。
例えば二人を辺境送りにするとしても、フィンリー少年の父親である領主の許可を得なくていいのか? とか。
試しに訊いてみると、フィンリー少年は力なく笑い、首を横に振った。
曰く、「ぼくたちは父上に嫌われているから」とのことだった。
「目的地は、ここから遠い所なんですか?」
「べヘルトか? 領都からは馬車で5日ほどかかる。ぼくたちのように馬車もなく徒歩となると、もっとかかるだろうな」
「ええっ!? 徒歩で向かうんですか?」
「ああ。与えられた資金は僅か。馬車を借りるだけの余裕はない。それにベヘルトは辺境すぎて乗り合い馬車も出ていないのだ」
踏み込んで訊いてみると、
こちらの貨幣基準は未だよく理解していないけれど、ぜんぜん足りないことだけはわかる。
だって酒場でちょっと豪勢に飲み食いしたら、お代が銀貨1枚とか余裕だしね。
銀貨一枚をむりくり日本円換算するなら、おそらく1万円ぐらい。
銀貨10枚で大銀貨1枚だから、20万円渡されて追い出されたことになる。
二人で20万円だ。
しかも、辺境の村での開発費も込みこみなんだとか。
開発どころか、なんなら道中の宿代ですら足りない可能性があるぞ。
ましてや馬車や護衛など夢のまた夢だろう。
美しい少年とまだ小さい女の子の、徒歩による二人旅。
そんなの異世界どころか日本ですら危険だ。
第二夫人は、この機会に我が子と領主の座を争うことになるフィンリー少年を亡き者にしようとしているのではなかろうか?
というか、ほぼ確でそうだと思う。
後継者の座を巡る貴族の争いとか、それこそファンタジーだと思っていたのにな。
なんだか異世界の暗黒面を垣間見てしまった気がするぞ。
「……すまないレオ殿、つい弱音を吐いてしまった」
「そんな、気にしないでください」
「気にするな、か。ふふっ。レオ殿は優しいな」
「そうですよお兄さま。レオさまはお優しい方なのです」
「うん。アーシアの言う通りだな」
フィンリー少年が真っすぐに僕を見つめる。
「レオ殿、貴殿の優しさに感謝する。生まれ育ったこの領都で最後に会話をしたのが貴殿でよかった」
フィンリー少年とアーシアちゃんが、同時ににこりと微笑んだ。
「っ……」
――最後。
その言葉の響きに、胸の奥がチクリとした。
「……」
今の僕には二つの選択肢がある。
一つ目は2人を見捨てること。
そして二つ目は二人に手を貸すことだ。
現在800人強の視聴者がいる中、見捨てるなんて選択肢はない。
絶対にない。
というか僕自身が助けたいと思ってしまっている。
なら、あるのは二人を助けるの一択のみだ。
けれども相手はお貴族様。
落ちぶれていても元上流階級の兄妹なのだ。
仮に僕が援助を申し出ても、貴族としての誇りと矜持を持ち合わせているフィンリー少年なら断る可能性がある。
ひょっとしたら、「まだ小さいアーシアちゃんのためです!」と言ったら納得してくれるかもしれない。
けれども、その場合はフィンリー少年のプライドを傷つけることにもなる。
だから助けるにしても自然に、一方的な援助とならないようにしなくては。
――でもどうやって?
僕は思考を巡らす。
そして導き出された結論は――
「……よっし」
僕はフィンリー少年を真っすぐに見つめる。
「フィンリー様」
「追放されたぼくに『様』など不要だよ」
「ではフィンリーくん様」
「くん……さま?」
謎の敬称に戸惑うフィンリー少年に構わず、僕は言葉を続ける。
「一つ、僕から提案があります」
「……どのような提案だろうか?」
「護衛の冒険者を雇う資金ですが、こちらは僕が用立てましょう」
「「っ!?」」
兄妹そろって驚きから目を大きくする。
「ま、待って欲しい。ありがたい申し出だが、なぜレオ殿がそんなことをするのだ? 自分で言うのも情けない話だが、ぼくに取り入っても何も良いことなどないぞ?」
「もちろん、ただ資金を援助するだけではありません」
「そ、そうか」
フィンリー少年が居住を正す。
その眼差しからは、何を要求されてもバッチコイとばかりに覚悟をキメているのが伝わってきた。
「お二人が向かう辺境の村、べへ……べへー……」
「ベヘルトです、レオさま」
「そう。そのベヘルトへ向かう旅に、僕も同行させてもらえないでしょうか?」
「なんだって!? 本気で言っているのか?」
僕の提案にフィンリー少年が目を丸くする。
「はい。本気です。護衛を雇う資金を提供するので、僕も一緒にベヘルトまで連れて行ってください。それに加え……むしろこれからするお願いが本命なのですが、」
僕はコホンと咳払い。
フィンリー少年を見つめ、
「道中の旅路を配し――げふんげふん。……失礼しました。道中の旅路を、とある魔道具を使い僕の故郷の人たちに見せてもいいでしょうか?」
そう提案するのだった。
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