七の浪 ノウムドワン王国⑥
⑥
私たちが件の迷宮を見つけたのは、翌日の昼頃だった。東の山脈の麓にある町から、三十分と歩かない位置だ。
早朝に王都アイゼンを発って、東の町に着いたのがお昼前。それから宿と昼食を確保して、町の人の話を頼りにここに辿り着いた。
「一日十階層も勧めたら一流、だっけ?」
一見すればただの洞穴にしか見えないそれを覗き込みながら、スズさんが言う。
「みたいですね」
「じゃあ、私たちは二十階層くらい行かないとね」
スズさんの笑みは、ごく自然なもの。そこに過信は無い。あるのはただ、積み重ねてきた経験の示す確固たる自信ばかりだ。
実際、不老の魔女である私と、まだまだ幼いとは言え、亜精霊のアスト、それにSランク冒険者のスズさんが揃っているのだから、一流程度の結果で満足してはいけないのだろうけれど。
唯一の問題は私とアストに迷宮探索の経験が無いことね。
「罠の見分け方は分かる?」
「知識だけです」
「了解。じゃあ、その辺もやって見せながら行こう」
これは、もしかしてかなりの贅沢なのではないかしら? スズさんってSランク、つまりは冒険者の頂点にいる人なのだし。
教師は最高、となると、あとは私たち次第ね。
――なんて迷宮に入るときは思っていたけれど、どうやら私は、まだまだスズさんの事を見くびっていたみたい。
最初は、音の違いだとか、視覚的な違和感だとか、魔力的な反応だとか、一つ一つ丁寧に示してくれた。ここまでなら、良い先生だ。
おかげで、注意していれば分かる、くらいにはなったと思う。魔導の補助や大森林で暮らした経験もあるのだし。
さすがに
「じゃあ、次はソフィアちゃんが目標にするレベルを見せるね」
薄暗い洞窟タイプの迷宮に似つかわしくない、それはもう朗らかな笑みを向けられた。と思ったら、スズさんはそのまま、普段のように歩き出す。町を歩く気楽さ、とまではいかないけれど、私たちが街道を行く時の感覚で、どこに罠があってもおかしくない迷宮内を進む。
それでいてちゃんと罠の兆候は確実に捉えていた。たぶん、アスト並みの感覚の鋭敏さだ。種族としてはただの人間だろうに。
「いえ、そこまでは無理です。魔導を常時使うならともかく」
「そう? たぶん、意識して鍛えたらどうにかなるよ?」
そう、なのかしら……? 彼女に言われると、どうにかなりそうな気がしてしまう。いや、こうして罠を警戒しながら、索敵も行わなければいけないのだから、できるようになるとしても相当先だ。
「寿命はないも同然だし、いけるいける!」
「まあ、そうなんですけれど……」
……待って。これは、私が目標にするレベルなのよね? それに、合わせてるのよね?
つまり、スズさんはもっと上の事が出来る……?
「そろそろ本格的に攻略しよっか。あまりゆっくりしてると怒られちゃうんだよね」
まあ、Sランク冒険者は各国から指名依頼が来るだろうから、忙しいのだろうけれど。 だからと言って、こんなのは聞いてない!
「あの! スズさん! なんで、走ってるんですか!?」
「うん? ちょっと急がないとだからだよ? あ、この先に毒ガスの罠。息止める準備して」
急がないとなのはさっき聞いた!
けれどこれはちょっとじゃない!
なんなら、さっきまでのペースでも十分に早い方だったと思うのだけれど!?
「じゃあっ、罠なんかは、どうやって避けてるんですか!?」
「勘!」
勘っ!?
いや、でも、実際に避けられているのだから無根拠ではないのだろう。勘自体、無意識下で情報を精査した結果現れるものなのだし。
でも、これは、さすがに異次元過ぎる。まったく参考にならない。レベルが違いすぎて、参考にしようがない。
迷宮に入ってからまだ二時間も経っていないけれど、既に地下十階層を超えている。一応は守護者と呼ばれるボス敵もいたのだけれど、そいつの護る十階層に入った瞬間、スズさんが一太刀で切り捨ててしまった。その時に守護者はお酒を残していったから、幻の酒は最下層の守護者を倒せば手に入るのだろう。
「前から魔物来るよー。三体! 少し遅れて四体が左右から挟み撃ちかけてくるから、そっちはよろしく!」
スズさんに少し遅れて捉えた気配は、大型の蝙蝠のもの。ただし大きな刃のような尾を持っており、飛翔速度もかなり早い。
特徴に合致する魔物はいくつか思い浮かぶ。一番弱いモノでも、Cランク。
「アスト、左をお願い!」
「りょーかい!」
左右に二体ずつ。早い。
今いるのはあまり広い道ではないから、使う魔導は選ばなければならない。
「あれは、ベノムブレードバットだね。尻尾の毒に注意!」
「うぇ、この距離だと僕でもギリギリ見える位なんだけど……」
「今更でしょ。来るわよ!」
ベノムブレードバットなら、単体でBランク。ライカンスロープと同格の魔物だけれど、それは身体能力よりも毒に因る部分が大きい。
近づかれる前に落としてしまおう。
相手は人間の入れないような狭さの横穴を移動しているみたいで、まだ目には見えない。それでも大体の位置は分かる。
選んだのは、初歩的な風の魔術。土属性の物質操作で気圧差を作って、裂傷を負わせるものだ。
岩の隙間から魔物たちの姿が見えると同時に発動。狙い違わず、蝙蝠たちが血を吹き出しながら落下した。
と、そうだ、こいつの死に際には注意しないと。
「アスト、死ぬ瞬間に毒の尾を飛ばしてくる事があるから、気をつけなさい」
「うん!」
口を動かしつつ、私も対処。落ちていく蝙蝠たちを氷漬けにする。
思ってた以上に早かったけれど、所詮はBランクね。
アストも大丈夫そうだ。私とは別の風の魔術で首を落とすのが見えた。
「そっちも問題なさそうだね」
あら、早い。飛行速度と距離的に、近接のスズさんはもう少しかかると思ったけれど。
「ええ。……死体どうしたんですか?」
「ん? あそこあるよ?」
スズさんの指の先に目を凝らす。あった。けれど、めちゃめちゃ遠い。百メートル以上は余裕である。
視認できてから十秒も経っていなかったと思うのだけれど、その間にあそこまで行って三体とも斬って戻ってきたということかしら?
いえ、声をかけてきたときにはもう、武器をもっていなかった。もしかしたら、私たちの戦いを見る暇すらあったかもしれない。
「スズさんって、やっぱり凄いんですね……?」
「んー、まあね? でも、私のお姉ちゃんの方が凄いよ?」
スズさんより凄い……。というか、スズさん、お姉さんいたのね。彼女の妹っぽさはそこからかしら?
結局この日は、三十階層まで進むことになった。二十階層はあくまで、最低目標だったらしい。
ただ、迷宮攻略という感じがしたのは、最初のベノムブレードバット戦までだったと思う。あれ以降の戦闘は全て走り抜けながらになったから、強襲作戦か何かをしている気分になってしまったのよね。たぶん、スズさんの全然いけそうだね、という言葉に頷いてしまったのが間違いだったのだと思う。
そして翌日、同じような攻略であれよあれよという間に五十階層まで来た。守護者が残すものは、迷宮が倒された守護者を再吸収する際の残りカスという話だが、それが、この迷宮の場合は全て酒。そしてそれらは、深い階層で手に入れたものほど味わい深かった。
なんで酒なのかは不思議だけれど、そんな事、今はどうでもよい。
「ここが最終階層なんですよね?」
「らしいね。つまり、この先のボスを倒せば幻の酒が手に入る!」
そういう事だ。
幻の酒を前にして、迷宮の不思議なんてものは些事。創作に出てくるボス部屋の扉がだいたい無駄に飾り立てられている理由よりもどうでも良い。
眼前にある、金属製らしき重厚且つ荘厳な扉。例によって無駄に装飾された両開きの扉に、手を当てる。
「行きますよ、スズさん、アスト」
「うん!」
「あー、まあ、うん」
アストだけ私たちの熱量についてこられていないけれど、気にしない。スズさんと二人、頷きあって、件の扉を押し開いた。
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