六の浪 ウィッチェル魔導国①
①
分かっていたはずだった。自分の傲慢さなんて。
分かっていたはずだったのに、避けられなかった。
これは、私のせいだ。私が招いた結果だ。
「ソフィア……」
アストが足にすり寄って気遣ってくれるけれど、それでも霧は晴れない。
眼前の破壊されつくした村が、嫌でも私に現実を教えてくる。私の罪を、知らしめてくる。
「ねえ、アスト。もし、私の魔法でこの村の人たちを生き返らせたら、どうなると思う?」
「……だめだよ、ソフィア」
ええ、分かっている。
それは、神の領域に土足で踏み込む行為。これ以上ない傲慢。
「そんな事をしたら、精霊たちが大挙して私を殺しにくるでしょうね。ここなら、アネムもくるかしら?」
最悪、神そのものを相手にしなければいけないかもしれない。
「……大丈夫よ、アスト。そもそも、私の権限じゃあ魂の記録は閲覧できないもの」
本当に、自分が嫌になる。
◆◇◆
それから、何度目かの冬がやってきた。ギルドカードを見るに、五年か。
けど、私の心を覆った靄はまだそこにあって、何もする気は起きない。
犠牲にしたものが大きすぎた。
アストはずっと励まそうとしてくれるけど、ダメなのだ。今の私を見て胸を痛める彼の表情が、私を一層深い沼へ沈めてしまう。
こうやって悩むのも、私の傲慢。頭では分かっても、心が許さない。
ただでさえ嫌いな自分を痛めつける好機だと、
「ソフィア、順番だよ」
「ええ」
アストに促されて足を進める。森の中、並んでいたのは国境を跨ぐ関所の列。
私は、ウルの故郷、ウィッチェル魔導国に来た。
魔導国に来ようと思ったのは、アストに勧められたからだった。私と同じ不老の魔女で、私よりずっと長い時を生きるこの国の女王、ウルの母親ならば、彼女の創った国ならば、何かを得られるかもしれないって。
正直私はどうでも良かった。別にこのままダラダラと生きていても、問題は無いから。寧ろ、何もなさない方が何も失わなくて済むかもしれない。そんな風にも思っていた。
でも、アストがあんまり勧めるから。どうせ行く当てのない旅だ。彼が行きたいというのなら、行けば良い。何も得られなくても、別に良い。
ああそうだ、ウルももうこの国に帰ってきている頃か。
彼女にくらいは、顔を見せておこう。今の私を見て彼女がどう思うか分からないけれど。
「身分証はお持ちですか?」
「ええ」
「確かに。お通りください」
審査らしい審査も無く、二重にある門の一つ目を通される。奥の門番に何かサインを送っていたけれど、どうでも良いか。別に悪い事はしていない。
何かを通り抜ける感じがするのと同時に、私を見る視線が後ろへ流れた。国全体を覆う結界を通過できたからだろう。
「ようこそ、ウィッチェル魔導国へ。ソフィエンティア=アーテル殿ですね」
「そうよ」
「こちらを」
手紙?
封に使われている印は、魔導国の国章だ。つまりこれは、公式の何かか王族からの私信。これは、どっちだったか。
まぁ、歩きながらゆっくり調べよう。ここで立ち止まっていても邪魔になってしまう。
魔導国の唯一の街に着いたのは、数時間後の事だった。ここは都市国家に近い形式のようで、他には村落の類いもない。この国の成り立ちを思えば、当然なのかもしれない。
アンティクウム大森林の内にあるだけあって建物は殆どが木造で、三階建ての建物も多い。屋根が比較的平坦なのは、雪があまり降らないからだろう。
道行く人々は活き活きとしていて、楽しそう。私からすれば眩しいくらいだ。それに、色んな種族が入り混じって生活している。エルデア王国のように人口が多い訳ではないことを思ったら、不思議な光景と感じる人も少なくないのではないだろうか。
何より特徴的なのは、街のあちらこちらで当然のように使われている数多の魔道具だ。多くの国では、貴族の様な特権階級や豪商以外、目にする事すら稀だって言うのに。
魔道具に必要な魔力は、この国の建国者にして現女王が全て賄っているというのだから、何というか、過保護な国だ。
彼女にはそれだけの力があるという証明でもあるんだけれど。
「ねえソフィア、王城は逆方向だよ?」
「ええ、分かってるわ」
今日から宿泊する宿を出てすぐ、帽子の中から言ってきた。国境で受け取った手紙の件だ。
どうやら公式の召喚状だったらしいそれは、魔女王からのもので、ウルの事で礼がしたいという内容だった。何となく含みのあるような言い回しだったから、依頼もあるのかもしれない。
元々ウルには顔を見せるつもりだったから、渡りに船なのかもしれないけれど、でも――
「今はそんな気分じゃない。私にもあちらにも、膨大な時間があるんだもの、後でもいいでしょ」
「そんなこと言って。どうせ飲んだくれながら本を読んでるだけじゃん」
否定はしないけども。けど、心の準備くらいはしたい。せめて、ウルを不安にさせない程度に取り繕えるように。
いや、不安にさせるだけで済まないかもしれない。幻滅させてしまうかも。
「ああ、もう! すぐ行かない方がウルは心配するって。もうこの街に着いたことは伝わってるだろうしさ」
……それは、そうなんだろう。
「はぁ……。分かったわ。行きましょう」
せめて、笑顔で会おう。彼女の先生として。
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