四の浪 王都エルデン③
③
「……なんていうか、嵐みたいな人だったね?」
「そうね。明日のいつとか、ランクとか、まだ色々話したかったのだけれど」
「名前すら聞けてない」
まあ、悪い印象は受けない。アストも毒気を抜かれたみたい。
時間については、朝にでも行けば良いだろう。大概の冒険者がギルドに集まる時間だ。ランクは、登録したてでもなければ私とあまり変わらないと思う。予想される実力的に。
「とりあえず用事を済ませましょ」
結局、手持ちにある薬草の納品依頼があったのでそれで済ませた。まだ昇級には足りなかったけれど、焦る必要はない。のんびりやろう。
翌日、ギルドの酒場でお茶を飲みつつぼんやりとしていると、一杯目の半分も飲み終わらないうちに尋ね人は現れた。アストはようやくココアが飲める温度まで下がったところだったから残念そうだったけれど、話している間もまだ飲めるでしょうに。
こちらに向かってくるエルフの彼女と目を合わせながら今飲んでいるお茶と料理を頼む場所を順に指さして、何か飲み物を用意するように伝える。
意図は、ちゃんと伝わったみたい。彼女は何かの果実ジュースを持ってやってきた。
「おまたせー。ごめんねー、昨日はバタバタしちゃって」
「気にしてないわ」
長机の向いに座った彼女は眉を八の字に曲げており、本当に反省している様子。実際まったく気にしていないし、さっさと水に流す。
「改めて、私はティオルティカ。十九歳のCランクよ」
「同じくCランクのソフィエンティアよ。こっちはアスト。よろしくね」
「ん、よろしく、ティオルティカ」
やっぱり若かった。まあ、この世界の情勢を思えば精神的に成熟しやすい環境ではあるし、日本の感覚であれば歳相応かしら?
というかアスト、また口の周りが凄い事に。急いで飲もうとするから……。
拭いてやりつつ、話を進める。
「それで、どうする? 今日行く?」
「私はそのつもりだったから準備できてるけど、ソフィエンティアは?」
「私たちも大丈夫よ」
正直、そんな気はしていたから。そうでなくても、私たちは私たちで依頼を受ければいいし。
「それじゃ、サクッと打ち合わせといこ!」
打ち合わせと言ってもお互いの戦闘スタイルを共有して役割を決めるくらいだったから、お茶を飲み終わる位には終わった。魔導主体のティオルティカが後衛で私が中衛、アストが前衛だ。ティオルティカもソロで活動しているだけあってある程度剣が使えるし、私が後衛でも良いのだけれど、いきなりアストのすぐ傍で彼女に剣を振るえというのも難しいから。
だいたい同じタイミングでコップを空にした私たちは、並んで依頼を見に行く。今は、いわゆる美味しい依頼はもう残っていないけれど十分にリターンは見込める、そんな時間だ。
「うわ、これ凄い報酬額。遺跡調査の護衛だって。Cランク以上って条件なのに」
「ほんとね。まだ貼りだされたばかりみたい」
彼女の示した依頼は、額だけで言えばAランクの依頼でもおかしくはない。
ただ、急造の少数パーティで護衛依頼は厳しい。それに何日もかかる可能性があるから、最初の依頼としてはイマイチね。
彼女もそう思ったようで、もう別の所を見ている。
「ん-、あっ、この辺はどう?」
「そうね、日帰りならそのどれかかしら」
採取依頼か討伐依頼かってところね。どちらでも良いと言えばどちらでも良いのだけれど……。
「アスト、どれがいい?」
「じゃあ、これ。こいつの魔石美味しかったから」
リッチ自体Bランクの魔物であるし、推奨のランクもBの依頼となっているが、一応受けられる。
問題はティオルティカだけれど……。
「いいんじゃない? 私達なら正直、余裕でしょ」
「じゃあ決まりね」
少し
「ほらよ、嬢ちゃん」
「ありがとう」
「おう」
筋骨隆々とした壮年の戦士だった。お兄さん、というには少しごついかな。角刈り金髪に青い瞳で、たぶんBランク。
彼はさっきの遺跡調査の依頼を持って、仲間らしき二人の男性の方に歩いていく。槍使いと、弓を持った彼は斥候役かな。
まあいいか。取ってもらったやつ、受付に持って行かないと。
目的の地下墓所に着いたのは、陽の作る影が一番小さくなるころ。もう少しかかるかと思ったのだけれど、ティオルティカも自力で飛べたからかなり時短できた。近くの村で食事を摂る余裕があったくらいだ。
標的のリッチは墓所の奥の方、死者の穢れを浄化する為の神殿の辺りにいるらしい。
「凄いね。なんでこんな所にお墓を作ったんだろ?」
「魔物対策じゃないかしら? この国は死者を不浄とする思想が強いみたいだから、村の中には墓地を作りたがらないだろうし」
「へぇ、ソフィエンティアって物知りなのね」
『智慧の館』のおかげね。自然の理に反する事に強い忌避感があって、死を自然じゃない状態と考えているから、みたいな説明をつらつらしても仕方ないか。
兎も角、その想念が地下で淀んだ空気中の魔力を闇属性に変質させ、更にはアンデッドを生み出す魔導でして作用した、というのが私の予想。だから今回リッチを討伐したとしても、また何かしらのアンデッドが発生する事になるだろう。
そんなことを言ってアストとティオルティカのやる気を削いでしまっては良くないから、黙っているけれど。
なんてぼんやり考え事をしながら暗い墓地内を進む。私たちは皆夜目が効くから、時折あるまだ火の点いたままの松明だけで十分先を見通せる。リッチが現れる前は定期的に村人が訪れて松明に火を灯していたのだろう。消えた松明には少し前まで使われていた形跡があった。
「魔物はいなさそうだね」
アストの感覚にも引っかからないのね。誰も村人が訪れなくなってからそれなりに経っていると聞いていたから、入り込んで住み着いた魔物なりリッチと同じように発生したアンデッドなりがいてもおかしくはないと思っていたのだけれど。
「ねえ、ここの魔物の掃討依頼とかあった?」
「え? いや、見てないけど、なんで?」
「いえ、ちょっと、気になる事があって……」
まさかとは思う。ただ、偶々かもしれないし、神殿があるのなら万が一の可能性、だと思う。周辺の魔物もリッチの気配に怯えてここへ侵入していないだけ、だと思いたい。
「気になる事と言えばここ、小精霊が全然いないよね。奥に行くほど少なくなってる」
「そういえば。あの子たち、割とどこにでもいるんだけどなぁ」
言われてみれば、普段ならそこ彼処から感じる気配が殆ど感じられ無い。アストのように目で見ることは叶わないので、言われるまで気が付かなかった。世界の理を保つ役割を持った精霊の中で最も位の低く、力の弱い小精霊だが、その分世界を満たすようにどこにでもいるはずなのに。
というか、だ。
「ティオルティカ、あなた小精霊が見えるのね」
「え、あ、うん。凄いでしょ!」
「本当に。私はアストと契約をしても見えないままだったわ」
存在を感じること自体は元々出来ていたのだけれど。
「でもそうすると、ここじゃあ精霊魔術はあまり使えないのね」
「そこは大丈夫かな。うん、ここなら人目も無いし、そろそろ紹介しておくね」
紹介、なるほどね。彼女の意図している意味は分かったけれど、口は挟まずに待つ。私の視線の先で彼女の魔力が動き、中空に魔方陣を描いた。それは、召喚の魔術に使われる陣だ。
「『契約に従い、呼び求めん。契りを結びし我が輩(ともがら)を。[召喚] 風の精霊アネム』」
普段の明るい声とは違う、歌うような透き通った声で紡がれた呪文に呼応して魔方陣が光る。そこから出てきたのは、見た目は中学生くらいで人の手サイズの女の子。感じる力はアストの倍近い。
風の精霊、なるほど。私とは違う飛び方をしているとは思っていたけれど、このレベルの風の精霊と契約できるような素養を持つなら納得ね。たぶん本人はちゃんと分っていないけれど。星と星の間を満たすアリストテレスの第五元素、か。魔力の物質体である魔素だけでも摩訶不思議なのに、エーテルが実在する世界だなんて。実際にはアリストテレスの提唱したそれよりも更に不思議な物質だし。
「紹介するね。前に言ってた私の友達で、風の中位精霊様のアネムだよ!」
「よろしくね、お嬢さんに、ぼうや」
中位精霊……。思った以上の出会いだったみたい。小精霊の一つ上、下位精霊ですら契約出来たものは英雄の如き扱いを受けるのに、更に一つ上の中位精霊だなんて。しかも、上位精霊に限りなく近いのではないだろうか? 上位精霊の上はもう大精霊のみ。ティオルティカが人目のつかないこの場所に来るまでアネムを紹介しなかったのも頷ける。
「よろしく、ソフィエンティアよ」
「僕はアスト。よろしく」
ぼうや呼ばわりでもアストが気分を害した様子はない。精霊からすればアストは赤子も同然だし、ぼうやと呼ばれる事にも納得しているらしい。
「ふーん? ティカ、面白い子たちと友達になったのね?」
「面白い? 可愛いじゃなくて?」
「可愛いのはそうだけど……。本当、あなたは可愛い子に目が無いのねぇ」
中位精霊ともなれば、私の事もある程度察せるのね。どこまで察しているかは分からないけれど。ティオルティカに言う気は無いみたいだし、何でもいいか。
「それにしても、随分陰気な所に呼んだのねぇ。小精霊たちすらいない」
「そうなんだよねー。なんでだろ?」
「この先で小精霊たちじゃ巻き込まれてしまうくらいには理が歪んでしまっているからねぇ。あれはどうにかしないと。サッサと行きましょ」
思いがけず懸念が当たっていると証言されてしまった。小精霊を巻き込むような歪みで、そこにリッチ。その上で、落盤の危険がある地下空間だ。彼女たち精霊の役割に関わる事だからアネムも相応に力を貸してくれるだろうけれど、召喚の仕様によって力の制限された状態だ。覚悟は必要かもしれない。
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