仕事に飽きた俺は美少女の犬を救ってみた。

亮志アレキ

第1話

 ―――仕事は面倒。


 そう思ったのは30歳の誕生日を迎えた日だった。


 俺、暁月すばるは別に自分の会社が嫌いとか、上司がいやな人とか、そういうわけじゃない。ならなぜ名のある会社の仕事がいやなのか?

 

 それは簡単な話さ、子供のころから趣味はオタク傾向にあるため、俺はずっとアニメ、ゲームにあこがれていた。変な妄想と思われるかもしれない。でも、俺は毎日同じ駅、同じ席、同じ机に飽きた。アニメの主人公みたいに冒険したい俺はまだ見てないものを見たいのだ。


 じゃ転職すればいいじゃないとは?そう、転職すればいい。しかし、俺にはその勇気がなかった。就活の時期がやってきた季節に、俺は父と約束を交わした。絶対いい会社に入社するって。


 ばかと思われるかもしれない。無能だと思われるかもしれない、でも俺は父に「冒険したい」など「この名のある会社に飽きた、スタートアップ企業にいきたい」などはどうしても言えない。言える勇気がない。






――――ある日、その俺にかけがえない幸運がふったのだ。


 長い仕事の日の帰り道、最寄り駅で降りる。


 スマホの画面をのぞきこむと動画アプリの通知が目に入る。今日は好きな実況者が新しい動画を投稿したね!家についたら見よう!


 駅から道を歩いていると、突然、悲鳴めいた声が聞こえる。


「ココア!」


 隣の公園から道路へむかって、茶色の小さい犬が走っていく。


(まずい!)


 このままじゃひかれる。俺は足に力を入れる。


 犬を追いかける形でどんどん道路に近づいていく。ぎりぎりのところでリードをつかむ、そして引っ張る。


(間に合えてよかった!)


 俺は犬に視線をなげるとなんか毛がふわふわでかわいい。


「ああ! 助かった!」


 息切れな声が響く。俺が後ろを振り返ると小走りに頭をさげるのは24―25歳に見える麗しい女性だった。


「あ、ありがとうございます!」


(やばい! モデルみたいな人!めっちゃかわいい!)


 特に彼女がしていた格好は刺激的すぎる。


 イケてる短くさっぱりしている茶髪。顔立ちは雑誌の表紙に出たら文句なしレベルだ。小さい顔に目立つ大きな水晶に似通う黒い瞳。あふれだす柑橘かんきつの香りは脳に衝撃を与える。


 しかし、一番”危ない”のは着ていた服だった。


 かわいい柄のピンク色のパジャマだ。そこからのびる手も足も細くて、胸のあたりにはでかい膨らみが目を吸い込む。


 バツ悪そうな表情と消えそうな声で感謝を言う彼女からなぜか人見知りな印象をうける


「ココアを救ってくれた、ほ、本当にありがとうございます!」

「ココア?その子犬の名前なの?」

「うん。こ、この子は私の雄一の親友、ココアです」

「かわいいお名前ですね」


 ち、近い!心拍数がマラソン選手よりはやい。

 

 異性と話すだけですごいドキドキする。しかもパジャマ姿なんて、見てはいけないものを見ている気がする。


「パジャマのことか?やっぱり変ですね?」


 視線に気づいた彼女はあたふたと説明をし始める。


「へ、変人じゃないし!ただバイトから帰宅した時に、ココアを散歩させていなかったな。その時すでに着替えてたから…こ、この格好です」

「いやいや、別に気にしてないです!」


 彼女を見ると、顔は紅潮していた。かわいい。美少女耐性力ゼロの俺は無意識なうちに赤面になる。


「さ、寒くないですか?」

「ち、ちょっと寒いけど、耐えられるぐらいのでいい!」

「…」

「…」

「寒いならジャケット貸しても…」

「だ、大丈夫です!」


 無言の間が流れる。彼女はもじもじで指をいじる。うつむく。


 じろじろ見たら多分キモいので、俺は道路に視線をうつす。そういえば、名前はまだ聞いてない。


 恋愛経験がすくないと言ってもこれは運命かもしれない!頑張れ俺!勇気を絞り出せ!


「し、失礼ですが、自己紹介はまだですね?」

「あっ?!う、うんそうですね…」

「俺は暁月すばるです。友達は皆すばるで呼んでいるけど。」

「す、すばるさん?」


彼女は恥ずかしさから逃げるように早口になる。


「えーと。私は佐藤えりかです。え、えりかでいいけど。」

「え、えりかさん?」

「…」

「…」


 目が合うと同時に照れくさい動作で二人はうつむく。


 パジャマのショートパンツから伸びる脚は真っ白。肉感があるふとももはものすごく柔らかそう。


 えりかさんは突然、朱顔のままで声を絞り出すかのようにぽろりとせりふをこぼす。


「あ、あの!ココアを助けてくれたのは本当にありがとうございました!」


 まだ頭をさげる彼女に、俺は慌てて言う。


「いいえいいえ、気にしないでください! 頭を上げてください!」

「私は一人ぐらしでこの子は…私の全て!だから本当にありがとうございました!」

「だ、大丈夫ですよ。気にしないでください」

「…」

「…」

「あの!も、も、もしよかったら…連絡先教えてくれないか?」


 その言葉に動悸がさらに激しくなった。


 異性と連絡先交換は、仕事以外は大学時代ぶりかな?


 彼女も結構恥ずかしそうに、努力しているように見えるので断れるわけがない。


「れ、連絡先ですか?」

「へ、変な意味じゃないです!ただちゃんと礼を言いたいというか…」


 うじうじするえりかさんは永遠に記憶保存したいほどかわいかった。


「わ、わかった。これでよかったら…」


 手汗をかきながら、スマホの画面を彼女に向ける。


 RINEコードで友達追加した彼女はもう一度だけで軽い会釈をすると、ギクシャクな声で告げる。


「ありがとうございます!れ、連絡します!」

「う、うん…」

「もう遅いので…これで!」

「お、おう!」

「ま、ま、またね」

「ま、また」


 ぎこちない二人は初恋している高校生に似てる。二人は同じタイミングで別れ挨拶するために右手をあげる。


(は、ハモった!)


 照れることを隠したいようにしか見えないえりかさんに早足になった。遠くなっていく姿がみえなくなった時に俺は立ち尽くしたままで数分間動いてなかった。


 夜の風がスーツの背後にあたる。


 ラブコメの主人公じゃない俺は、こんなかわいい女性と出会うなんて夢だにも思わなかった。ましてや連絡先交換?!


 棚ぼたな展開に喜びながら俺はようやく歩きはじめる。


(家に帰ったらラブソングでも聴いてみよ!)














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