保身のために兵士になった転生幼女、ギフト悪魔の取引でやがて英雄となる。

春一

第1話 試験会場

『町の流行り病を消し去りたくば、十人の生贄を捧げるのじゃ』



 悪魔めいた美女にそう言われたけれど、アイビーは生贄を選ぶことなどできなかった。


 結果、流行り病で最終的に百人以上が死んだ。


 アイビーにできたことは、飼い犬を生贄に、自分の妹を救うことだけだった。


 アイビーは六歳で、ギフト悪魔の取引を発現したばかりの出来事だった。



 ◇



 アイビーが試験会場である訓練場に入ると、既に集まっていた数十人の兵士志願者たちがざわついた。



「え、なんでこんなところに幼女……?」


「わ、可愛い……。迷子かな……?」


「まさか、兵士に志願するってわけじゃないよな……?」



 当然の反応だし、予想された反応でもあるので、アイビーは集まる視線を軽く受け流す。


 周りの反応はさておき、受付などはないのかと周囲を見回していると、アイビーは鎧姿の青年に話しかけられる。見慣れたその姿は、ここアーリアの町の正規兵だ。



「えっと……君、ここにどうして人が集まっているか、わかってるかな? 別に何か楽しいイベントがあるってわけじゃないんだけど……」


「はい。理解しています。二月十日の今日、軍の訓練場にて兵士志願者の適性試験を実施する、という告知を聞いてここに参りました」



 アイビーが答えると、青年兵は困り顔を浮かべる。



「うーん……確かに適性試験を実施するんだけど、君、何歳?」


「昨年十一月に、七歳になりました」



 アイビーはまだ七歳。ここに集まっている兵士志願者の大半が十五歳前後なのに対し、アイビーはあまりに幼い。


 身長は百二十センチ程、年齢通りの童顔に、触れれば折れそうな細い手足。後頭部で一つに結んだ、繊細過ぎるミドル丈の銀髪も、幼子の可憐さをさらに引き立たせていることだろう。一見して、アイビーは兵士を志願するにはあまりにも早すぎる。


 たとえ中身が、前世で二十五歳まで生きた大人だったとしても、周りからはそうとわかるはずもない 



「七歳って……。七歳で兵士になれるわけないじゃないか。幼すぎるよ」


「しかし、募集の告知では、年齢、性別、種族、身分を問わないとされていました。私を幼すぎるからと兵士候補から除外するのは、告知の内容と矛盾します」


「それはそうだけど……あれは、どちらかというと上限を設けないという意味であって……流石に七歳の子供が来ることは想定してないよ……」


「とにかく、適性試験を受けさせてください。そうすれば、私には十分に兵士としての素質があるとご理解いただけると思います」


「うーん、でもなぁ……。まぁ、適性試験を受けさせるくらいなら……。じゃあ、とりあえずこの番号札を首から提げておいて。あと、試験の最中でも、自分には無理だと思ったら、すぐにでもリタイアしていいからね」



 あれこれ問答を続けるより、とりあえず試験を受けさせて、諦めさせる方が良いと判断したらしい。青年兵はアイビーに木製の番号札を配布。番号は二十八。札には麻紐が付いていて、首から提げられるようになっている。



「ご心配いただき、ありがとうございます。でも、私は大丈夫です」



 アイビーは番号札を首から提げ、軽く会釈からその場を離れる。青年兵は苦笑しながら肩をすくめた後、別の兵士志願者に番号札を配っていく。



(流石に門前払いされるかとも思ったが、ひとまず、ちゃんと試験は受けられそうで良かった。試験さえ受けられれば、合格はできるだろう)



 それから程なくして、九時を告げる鐘が鳴り響く。



「これより適性試験を開始する! と言いたいところだが……何故ここに幼女がいる?」



 試験開始を宣言したのは、燃えるような赤い髪を背中まで伸ばした美しい女性。年齢は二十代半ばだろうか。兜はないが白銀の鎧を身にまとい、その立ち姿とても勇ましい。獣耳もエルフ耳もないので、アイビーと同じ人族だろう。


 彼女は、集合した兵士志願者の最前列に立つアイビーを見て、怪訝そうに眉を寄せる。それから、番号札を配っていたあの青年兵を見た。



「その……本人が兵士を志願していると言うので、試験を受けさせるくらいはいいかな、と。年齢、性別、種族、身分を問わず、となっているのは確かですし……」


「それはそうだが……」



 女性兵は、アイビーに視線を戻す。



「お前、本気で兵士になるつもりなのか?」


「はい。本気です」


「何かしらの武芸に秀でている、という風ではないな。魔法は得意か?」


「はい。既に四級魔法使いの実力があると、父に評されました」



 アイビーの言葉に、女性兵が一瞬目を見開く。


 四級魔法使いというのは、数字の上では大したことなさそうだが、この世界では一流の魔法使いという意味になる。


 六級魔法使いがいわゆる普通レベルの魔法使いで、五級で優秀、四級で一流だ。なお、三級は超一流、二級は化物、一級は世界の理から外れた者、などと言われる。


 そして、これは魔法使いの強さについてだけ使われる区分ではなく、強さそのものにも使われる。四級の実力者と言えば一流の力を持つという意味だし、四級の魔物と言えば、一流の実力者相当の強さを持つ魔物という意味にもなる。



「その歳で四級……。いい加減なことを言っているわけではあるまいな?」


「はい。実力は、見ていただければすぐにご理解いただけると思います」


「そうか。わかった。我らがアントネラ帝国は、確かに、年齢、性別、種族、身分を問わず、実力のある人材を求めている。お前が四級魔法使いで、そして本気で兵士を志願するのであれば、兵士として採用する。その実力、この試験で見せてみろ」


「はい。承知しました」



 女性兵がアイビーから視線を外し、全体を見回しながら言う。



「先に名乗っておこう。私は帝都から派遣された百人隊長のジアナだ。この適性試験を監修する。試験結果によっては、お前たちの中から数名を引き抜き、帝都に招くことになる。お前たちの実力を見せてくれ」



 帝都への引き抜き、と聞いて、兵士志願者が少し浮き立つ。


 ここアーリアは、一応皇帝の直轄領ではあるが、その中では辺境の田舎町。帝都に憧れを持つ者も多く、アイビーもその一人だ。


 元々手を抜くつもりなどなかったけれど、この中でトップになろう、というくらいの気持ちになった。



「それでは、改めて適性試験を開始する!」

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