第6話「やり直しの初めまして 2」

 突然大きな声で名前を呼ばれたと思ったら、扉を開け放ちものすごい勢いで入ってきた青い影に抱きしめられた。

 すっごくいい匂いで、温かくて。でもぎゅうぎゅうする力が強くて苦しい。でも……


「ラズ!ラズ!ラズ!生きているね?!アリーシャみたいにお前まで俺を置いていかないでくれっ!!くそっ!こんな婚約なんてぶっ潰してあげるからな!」


 お父様?

 こんなに小さくカタカタ震えて、何かに怯えている不安げなお父様は見たことがない。

 いつも無口で、3回以上会話のキャッチボールが続かないし、表情筋はお仕事を放棄している威厳に満ちたお父様。

 すっごく物騒なことを言っているけど、こんなにお声を荒げた姿も初めてだ。


 抱きしめられたのも。初めて。


 お母さまが亡くなった時も、使用人に襲われたときも、抱きしめてくれなかったのに。


 どうして?


 そんな疑問だらけの僕を置いてきぼりに、お父様は強引に僕を抱き上げる。

 抱き上げられ、視界が変わると、いつの間にかとんでもない数の人たちがこのお部屋に集まっていたのが目に入った。

 その中には顔を青ざめさせた陛下までいる。さっき会ったときは飄々としていたお顔が完全に放心状態。


「おいっ!ディラン!この婚約はクレイドル家当主、リヒト・クレイドルが白紙に」

「ま、待ってくれっ!リヒト!!ほ、保留に、保留にしよう!」

「はぁ?」

「クレイドル家に対する謝罪は改めて別にさせてもらう! だから、婚約は保留で済ましてくれ! 頼むっ!友人を助けると思って!そ、それにアリーシャとの約束でもあるんだ!この婚約が!」


 陛下がペコペコお父様に頭を下げている。しかも、お母さまのお名前まで持ち出したよ。

 お父様はお母さまのお名前を出されると、とーっても弱いことを陛下は知っているんだね。

 お父様はぐっと言葉に詰まり、眉間にシワを寄せる。

 眉間に金貨を数枚挟めるくらいシワを寄せたお父様は、何故か僕を見た。


「ラズは、コイツのこと嫌いだろ?」


 ちょっと、お父様。なんで嫌いなこと前提なんですか。

 レオが泣きそうなお顔でじーっとこっちを見てる。因みに陛下も。

 かっこいいお顔した大人の泣きそうなお顔は圧が凄い。

 皆が固唾を飲んで僕が何か言うのを待っている。

 ちょっと怖い気持ちがあるけど、お父様の肩にぎゅっとしがみつきながら、口を開いた。


「あ、えーっと、レオのこと嫌いではないよ……」

「……レ、オだと?」


 何故か今度はお父様がショックを受けたように放心状態だ。あ、ちょっとじわじわ涙が滲んでいる。

 今度は逆に陛下とレオがにこにこしだしたよ。レオなんか小さく拳を握っている。

 あれ? 僕、変なことを言っちゃったのかな。


「ほ、ほら〜。婚約は保留ってことに、な?」


 陛下はにこにこを通り越して、ニヤニヤしながらお父様の肩にぽんっと手を置いた。

 お父様はその手を無言で振り払うと、いつの間にか呼んであった馬車に僕を抱えたまま乗り込んだ。


 馬車の中でもお父様はいつも通りに無言。

 でも、今日は何故か僕をお膝の上に乗せたまま。


 車窓を流れる景色を、眉間にシワを寄せた魔王様みたいなお顔で見つめるお父様。

 その横顔に青白い月光があたり、クレイドル家直系の証である青髪と紫色の瞳が憂いを含んだ青を深める。

 僕と全然色が違う。あぁ、でもあの子はきれいな濃紺の髪と紫色の瞳をしていたなぁ。

 クレイドル家でもあれだけ黒色に近い髪色は珍しい。

 なんとなく、あの子とはこれから会えるような気がするんだ。不思議な予感を今日のレオを見て、確信した。


 不思議な予感に引きずられるように今日起こったことを思い返す。

 僕はこのゲーム?の世界で後に『ラスボス』になるキャラ。

 しかも、ウインドウの指示通りに『清く正しく美しいヤンデレ』にならないと、あの苦しい状態になっちゃうんだよね。本当に冗談抜きに、死にかけた。


 これから僕はあの自称神様の指示通りに『清く正しく美しいヤンデレ』になっていけば良いのかな。よくわかんないけどね。


 清く正しく美しいって言葉通りに捉えると、神殿で選ばれるあの聖女様のような人ってことだろうからさ。

 それって必然的に『ラスボス』にはならないってことだよね。


 ふと見上げた窓から明るい輝きを放つ2つの大きな月が見える。


 自分の髪を1房摘んでその月に重ねるように翳す。眩い月明かりに照らされ、ゆらり色付き白銀に輝きだす。

 やっぱり僕はこの白髪をキレイで美しいと思うから、あのお人好しでコスプレ好きな神様を信じていこう。

 それに、あの月すら滅びそうなほどの悲惨な未来や、孤独で痛ましい悲しみにのまれた自分になりたくない。

 流されているだけかもしれないけれど、初めてのお父様のぽかぽかな温もりや息遣いを間近に感じながら、ここを失いたくないと強く思う。

 僕なりに、出来ることから初めていこうと心に決めた。


 耳を包む初めて聞いたお父様の、とくとく優しい心音。

 穏やかで規則的な音に寝かしつけられるように、そのまま心地よさにたゆたい、まぶたを閉じた。


 《『Lv1step2 婚約者を名前もしくは二人だけの呼び名で呼ぼう!』をクリアしました!》

 《クリア報酬『神からの慈愛 1/5』を獲得!》

 《次回も『清く正しく美しいヤンデレ』を目指して頑張りましょう!》

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