第三章 ~『スリリングな森』~



 黒魔術師を捕まえるために、シロの案内で森を訪れていた。鳥の鳴く声が木霊し、背の高い木々の下ろす影が風でゆらゆらと揺れていた。


(不気味な雰囲気ですね)


 剣の達人のシャーロットが傍にいてくれるので心強いが、一人なら足を止めていたかもしれない。


「シャーロット様はいつもこんなところを散歩しているのですか?」

「そうよ、とってもスリリングでしょ?」

「それはそうですが……怖くはないのですか?」

「まったく。だって私の方が強いもの」


 シャーロットは剣の腕に絶対の自信を持っていた。どんな魔物でも遅れを取ることはないと、不敵な笑みを浮かべている。


「でも、さすがのシャーロット様でも急に襲われたら危険なのではないですか?」

「私は気配で魔物の位置が分かるの。だから不意打ちを受ける心配はないわ。ちなみにこの周辺に魔物はいないから安心して」


 微かな獣臭から居場所を突き止めるシャーロットの鼻はさながらレーダーだ。


「でも、シャーロット様ほどの索敵能力がありながら、どうして黒魔術師を発見できなかったのでしょうか……」

「実はこの辺りには初めて来たの」

「そうなのですか?」

「気配が察知できるからこそ、この周辺には強い魔物が住んでいないと知っていたの。だから敬遠していたんだけど盲点だったわね」


 強い魔物は独自の縄張りを敷いている。そんな魔物たちの支配圏が丁度重なるエリアがここだった。


 魔物たちは互いの挙動を牽制しあっているため、不用意に足を踏み入れるような真似はしない。それ故に逆に安全地帯が生み出されたのだ。


「にゃ~」


 シロが足を止めて鳴く。その視線の先にはポツリと建てられた民家があった。ボロボロで人が住んでいるようには見えないが、恐る恐る近づいていく。


「警戒させないために私が対応します。シャーロット様は茂みの影で見守っていてください」

「それはあまりに危険だわ!」

「アルフレッド様のためです。今は堪えてください」

「エリスさん……」


 最悪のケースは逃げられないと悟った黒魔術師が、アルフレッドを殺せるほどに呪いの力を強めることだ。穏便に解決できるならそれが望ましい。エリスの意図が伝わったのか、シャーロットは心配そうに眉尻を下ろしながらも、首を縦に振る。


「……分かったわ。でも危ないと判断したら、すぐに助けに行くから」

「ふふ、背中は任せました」


(アルフレッド様、勇気をくださいっ!)


 ゴクリと固唾を飲んだエリスは、ドアノッカーを使って扉を叩く。すると、扉が開いて、老人が顔を出した。


 老人は黒尽くめの外套のせいで不気味な雰囲気を放っていたが、皺だらけの顔で必死に笑顔を浮かべており、安心させようとする誠意が伝わってきた。


 第一印象は悪くない。平和的な解決に希望が生まれる。


「お嬢さんは迷子かな?」

「いえ、シロ様に教えて頂き、あなたと会いに来ました」

「シロ? おおっ、白猫か! 久しぶりだな」


 老人はシロを抱きかかえる。どうやら彼もシロを可愛がっていたらしく、信頼関係を証明するようにじゃれ合っている。


「急にいなくなったと思ったら、このお嬢さんに貰われていたんだな」

「元はお爺さんが飼われていたのですか?」

「飼っていたというほどのものではない。たまに餌を貰いに来るからやっていただけだ……数ヶ月ほど前から急に姿を見せなくなって心配していたが、幸せに暮らしていたなら安心だ」


 心の底からシロを心配していたのだと言葉の端々から伝わってくる。


「シロ様がお好きなのですね」

「この白猫は儂と同じでハチミツが好物でな。食の好みが似ているところに親近感を覚えたのだ」


 シロがハチミツを好きだと聞かされ、エリスは驚きを隠せなかった。本来、猫に甘みを感じる味蕾は存在しないが、シロは特別な猫だ。普通の猫の常識が通用するとは限らない。


(屋敷に帰ったら、私もシロ様に甘味をプレゼントしてあげましょう)


 黒魔術師の元までエリスたちを案内する役目を果たしたのだから、それくらいのご褒美は許されるはずだ。


 それからも老人との会話はシロの話題を中心に弾む。シロとの思い出を語る時の彼は瞳を輝かせており、根っからの悪人ではないように思えた。


「白猫の飼い主がお嬢さんのような人でよかった。久々の人間との会話は楽しめたよ」

「もしかして随分前からここに一人でお住まいなのですか?」

「もういつからだったかさえも覚えていない。ロックバーン伯爵領から移り住んできた儂は、森の中でひっそりと暮らし、外部との連絡も断ってきたからな」


 友人や家族との関係を捨ててまで森の中で生きてきたのだ。相当の覚悟がなければできないことである。


(もしかしてその事情と黒魔術に関係が……やはり質問をまっすぐにぶつけるべきですね)


 もし彼が黒魔術師でなかったら失礼に当たる質問だ。だがアルフレッドを救うためにも、一歩先へ踏み込むことに決めた。


「お爺さん、私はこれから最低の質問をします」

「若者が遠慮なんてせんでもいい。なんでも聞いてくれ」

「では教えてください。あなたは黒魔術師ですか?」


 エリスの問いが想定外だったのか、老人は目を見開く。二人の間に緊張が奔るのだった。


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