第三章 ~『シャーロットの帰宅と三毛猫』~


「ただいまー」


 玄関から聞き馴染んだ声が届く。シャーロットが狩りを終えて帰宅したのだ。


(出迎えに行くべきでしょうか……)


 森での狩りを終えたばかりのシャーロットを労うためにも、顔を出すべきだと考えていると、アルフレッドがその心中を見抜いたかのように微笑む。


「エリスが出迎えに行ってあげてくれないか?」

「アルフレッド様は?」

「私はシロの食事に付き合うよ」


 皿にはまだペットフードが残っている。無理にシロを連れて行くのも可哀想なので、エリスは一人で玄関に向かった。


「シャーロット様、おかえりなさい」

「エリスさんも帰ってきていたのね。ふふ、使用人から聞いたわよ。デートに出かけたのよね?」

「はい。とても楽しかったですよ。シャーロット様の狩りはどうでしたか?」

「大物が狩れたわ。レッドボアの肉は絶品だから、夕飯を楽しみにしていてね」

「はい♪」


 夕飯を待ち遠しく感じていると、シャーロットの手に猫用のキャリーバッグが握られていることに気づいた。通気孔から三毛猫が動き回っている姿が見える。


「その猫さんはどうしたんですか?」

「街で野良猫が増えて困っていると知り合いの商人から陳情があってね。それで私が狩りのついでに捕まえてきたの……動きが早いから一匹しか捕まえられなかったけどね」


 猫が増えているのは、森の魔物の動きが活性化し、比較的安全な街に逃げてきているからだ。


(猫さんたちも被害者ですからね)


 助けてあげたいという気持ちはシャーロットも同じなのか、キャリーケースから三毛猫を取り出し、慈愛に満ちた手で優しく頭を撫でた。


「おとなしい猫さんですね」

「捕まえた時は荒々しかったのよ。でも私が強いと本能で悟ったからか、ずっと静かなままなの」


 獅子を目前にした獣は刺激しないように大人しくなるという。冒険者として一流の腕を持つシャーロットを恐れているからこそ、逃げ出そうとしないのだ。


「これから、その猫さんをどうするのですか?」

「本当は私が飼いたいけど、怯えて過ごすのは可哀想だもの。新しい飼い主を探すわ」

「……シャーロット様は優しい人なのに残念ですね」

「ふふ、でもこんな私でも受け入れてくれた猫もいたのよ」

「アルフレッド様から聞きました。昔、飼っていたんですよね」

「愛らしい黒猫でね。私にベッタリだったの」


 きっと人の本質を見抜ける賢い猫だったに違いない。ならシロもシャーロットに懐く可能性は十分にあるはずだ。


 その考えを証明するように、シロが駆け寄ってくる。エリスの胸の中に飛び込むと、頬を擦り寄せる。


 シロがシャーロットに怯える様子もない。予想が的中したのだ。


「可愛いわね~」

「シロ様です。私達の新しい家族です」

「にゃ~」

「私を怖がらない猫が他にもいるなんて……」

「触れてみますか?」

「いいの⁉」

「もちろんです。シャーロット様にとっても家族になるんですから」


 シャーロットは恐る恐るシロの頭を撫でる。その手は抵抗されることなく受け入れられた。


「ふふ、可愛いわね」


 瞳をキラキラと輝かせるシャーロットは、普段の気品ある姿と異なり、年頃の少女のように愛らしい姿だった。


 ただ様子が変わったのはシャーロットだけではなかった。彼女の胸の内で抱かれた三毛猫も、シロの方を向いて、まるで主君に頭を垂れる家来のような反応を見せたのだ。その様子にエリスは疑問を覚える。


「この三毛猫さん、シロ様の部下だったのでしょうか?」

「でもシロさんは子猫よ。主従関係にしてもおかしいような……」

「これはアルフレッド様から教えていただいたのですが、シロ様は聖獣かもしれないそうなんです」


 聖痕を持つエリスの元へ現れた白猫だ。伝説の聖獣の可能性があると伝えると、シャーロットも妙に納得したような表情を浮かべる。


「私も伝説は知っているわ。聖獣はすべての猫を従えたとの伝承も残っているから、三毛猫の反応も理解できるわね」

「ふふ、さすがシロ様。凄い能力を持った猫さんだったのですね♪」


 称えるようにシロを抱き上げると、「にゃ~」と可愛らしい鳴き声が返ってくる。自然と頬も緩んでしまう愛らしさだった。


「エリスさんとシロさんにお願いがあるの。その聖獣の特性、私に貸して貰えないかしら」

「猫を従える能力をですか?」

「ええ。もしかしたら街の野良猫問題を解決できるかも」


 エリスに断る理由はない。またシロも主人であるエリスを真似するように、首を縦に振るのだった。


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