第一章 ~『義理の母親への相談』~

 回復魔術が使えるようになったと真っ先に報告すべき相手がいた。それは義理の母であるシャーロットだ。


 魔力ゼロで悩んでいたエリスの話を親身に聞いてくれたシャーロットに、問題が解決したと伝えたかったのだ。


(きっと喜んでくれますよね)


 シャーロットの私室にたどり着くと、彼女は笑みを浮かべて出迎えてくれた。機能性に優れた家具が並べられた室内に視線を巡らせてしまう。


「公爵夫人とは思えない部屋でしょう?」

「い、いえ、そんなことは……」

「屋敷全体が豪華絢爛な内装でしょ。せめて自室くらいは、落ち着ける空間にしたかったの」


 シャーロットの気持ちは理解できた。


 エリスは前世で庶民の生まれであり、社会人になってからも特別広い部屋で暮らしていたわけではない。


 そのため現世の伯爵令嬢としての生活が肌に合わないと感じる瞬間があった。きっとシャーロットも似た心持ちなのだろう。改めて彼女に親近感が湧いた。


「それで、私になにか用かしら?」

「実は……」


 エリスは魔力に目覚めたことや回復魔術を使えること、現状では呪いに効果がないことを説明する。


 シャーロットは真剣な面持ちで耳を傾け、聞き終えると、ふぅと息をついた。


「まずは祝福させて。念願が叶ったわね」

「アルフレッド様が協力してくれたおかげです」

「魔力量が増えれば、大きな傷や病気を治したり、呪いを解いたりもできるかも。いいえ、エリスさんならきっとできるわ!」

「そうでしょうか?」

「ええ。だって私の娘だもの」

「ふふ、親バカですね」

「一応、根拠がないわけではないのよ。あなたには聖痕が刻まれている。ならきっと、聖女と同じ膨大な魔力もその身に宿るはずよ」


 聖女の特徴は、回復魔術、手の甲に刻まれた聖痕、そして膨大な魔力だ。前者の二種の特徴はエリスにも現れている。なら、いずれは魔力が増加し、聖女に並び立つ英雄の領域に到達してもおかしくはなかった。


「あの、シャーロット様に助言を頂きたいのですが……回復魔術が使えることを教会に報告すべきでしょうか?」

「う~ん、悩ましいわね」


 教会は魔術師の情報を一人の例外もなく握っており、エリスが回復魔術の神託を受けたことも知っている。


 だがエリスは魔力ゼロとして認知されている。もし教会に魔力に目覚めたと伝えれば、教会の信仰対象として崇められてもおかしくはない。それが良い方向に転ぶのか、悪い方向に転ぶのか、判断が難しかった。


「ひとまず保留にしましょうか。回復魔術の使い手は世界に二人といないわ。教会の情報保護は完璧だと思うけれど、もし漏れることがあれば、トラブルに巻き込まれるかもしれないもの」

「では、シャーロット様のご助言に従い、秘密にしますね」


 エリスとしても厄介事はごめんだ。


 もちろん聖女と認められれば、教会内部の秘匿情報にアクセスし、黒魔術師の情報が手に入る可能性はある。


 ただそれはあくまで仮説であり、希望的観測に過ぎない。膨大な魔力という点に差があるため、それを理由に聖女を語る異端者だと罰せられたり、聖女と認められても権威の道具として利用されたりする可能性も残っている。


 正攻法の魔力増加による呪いの解決が上手くいかなかった場合の保険くらいが丁度良い。


「でも、本当にエリスさんが聖女の力を手に入れたら、人生が変わるわね」

「大袈裟ですよ」

「それこそ王族から縁談がくるかもしれないわ」

「ははは、まさか……」

「それほど聖女には権威性があるの。教会は国王でさえ手出し無用の聖域よ。聖女を取り込むことで教会に対する発言力を得られるなら、王家は躊躇いなく王子を婿として差し出すわ……だから私は……」


 シャーロットは瞳に憂いの色を浮かべる。エリスは今まで欠陥品として扱われてきたため、そんな手の平返しが起きるはずがないと否定するも、シャーロットの表情が晴れることはなかった。

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