第一章 ~『シャーロットと絵画』~

 馬車がオルレアン公爵家の屋敷へと到着する。その門構えは実家の伯爵邸とは比べ物にならないほど立派だった。


(これが公爵家の財力ですか……)


 馬車の車窓から視線を巡らせるが、屋敷の端が見えない。ここまでの財力を有するのは、公爵として広い領地を統治していることも要因だろうが、それ以上に魔物の存在が大きいだろう。


 オルレアン公爵領には魔物の住む森がある。魔物は肉や皮だけでなく、その体内から採れる魔石までもが高値で取引されている。


 もちろん魔物は危険な存在であるため、襲われるリスクと隣り合わせではあるが、武芸に長けた者が多い土地柄のおかげで、犠牲者もそう多くない。


 また魔物との戦いに慣れているおかげで、領兵たちも精鋭揃いで、王家からも重宝されている。故に王国において、オルレアン公爵家の発言力は他貴族と比較しても強い。


 そんな財力も軍事力も政治力も敵なしのオルレアン公爵家の唯一の課題が後継者の不在であり、それを解決するための存在こそがエリスだった。


(きっと優しく迎えてくれますよね)


 待ち望んだ婚約者なのだ。両家はいがみあって来た過去があるが、現状を考えれば、ぞんざいに扱われることはないと信じていた。


 門が開いて、馬車が屋敷の庭を進む。馬車の揺れがしばらく続いた後、次第に収まっていった。


(屋敷の前まで到着したようですね)


 御者が馬車の扉を開く。外に出ると、使用人たちが横一列に並んでいた。


「ようこそ、オルレアン公爵家へ!」


 使用人たちが一斉に頭を下げる。嬉しいを通り越して戸惑いさえ生まれるほどの歓迎だった。


「は、はじめまして。私がロックバーン伯爵家のエリスです」


 ドレスを摘んで頭を下げる。すると、使用人たちの列を切り分けて、品のある女性が姿を現した。


 黄金を溶かしたような金髪と澄んだ青い瞳をした美貌の淑女で、同性のエリスでさえ息を飲むほどの美女だった。


「ようこそいらっしゃいました、エリスさん」

「あなたは?」

「私はシャーロット。アルフレッドの母で、今日からエリスさんの義母になるわ。よろしくね」

「は、はい、こちらこそよろしくお願いします」


 エリスは驚きを隠せなかった。シャーロットの外見は二十代前半くらいにしか見えず、とても成人している男子を持つ母とは思えなかったからだ。


「もしかして私が若くて驚いた?」

「正直……」

「良く言われるの。でも実年齢は秘密。息子にさえ教えていないもの」


 外見だけでなく、テンションも若い。だがこの態度は嫁いできたばかりのエリスを緊張させないための優しさだと気づく。


(この人が義母になるなら、やっていける気がします)


 シャーロットに案内されて、屋敷の中へと足を踏み入れる。大理石の室内はひんやりと冷たい。


 飾られている調度品は一級品ばかりで、天井にはシャンデリア、壁には名画が並んでいる。


「あの絵……シャーロット様ですか?」

「五年前に描いてもらったの。私の右隣が亡くなった旦那の絵で、左が呪いを受ける前の息子の絵よ」

「美形揃いの家族ですね」


 特にアルフレッドの容姿は、母親譲りの黄金の髪と、宝石のような蒼の瞳で輝いていた。


(社交界で王国中の令嬢を虜にしたとの噂を聞いていましたが、実物はそれ以上かもしれませんね)


 もっとも、その優れた容姿も呪いで失われてしまっている。異性は外見より内面だと考えるエリスにとっても、それはとても残念なことであった。


「息子の呪いが解けてくれればいいのだけれど……」

「解く方法があるのですか?」

「黒魔術の術師本人に解除させれば解けるわ……でも、あまり現実的ではないわね。なにせ犯人の手がかりさえ掴めていないもの」

「黒魔術師は自分の魔術を秘匿しますからね……」

「だからね、私にできるのは息子を愛することだけ。呪いを受けても、たった一人の大切な子供であることに変わりはないもの」

「シャーロット様……」


 悲しそうな目で、シャーロットはアルフレッドの絵画を見つめる。その瞳には息子を思う母の情が浮かんでいたのだった。

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