地球泥棒を追え! ⑤

「そりゃあ、なんだ、アレか」


 渋い顔で逡巡した後、一郎は言った。


「今、地球を分割しているワープゲート装置。それに問題がある感じか」

「そうです。テルストロンを動力としているのでエネルギーが切れる心配は無いのですが、どうもコンバータ回りのパーツを意図的に壊してあるようでして」

「それが限界に達すると思われる時間が、あと十二時間十分、と言う訳か」

「そうなりますね」

「あのさあ。ひょっとしてとんでもなくマズい状況なんじゃない」

「そうなりますね」

「赤もそうだったけどさあ。シレっと言うよね宇宙のひとって」

「シレっと言うしかない状況ですからねえ」


 にこやかなティルハとは真逆に、一郎は渋面を強めた。


「出来ないの? 修理とか交換とか」

「出来ますとも。ただその為には――」


◆ ◆ ◆


 それから二十分後。

 一郎達は、南極に居た。

 左腕には先日も装着したプレートの変形した小手。正式名称パルス・アダプター。今までつけたどんな手袋よりも滑らかに動く五指を開閉しながら、一郎は眼下の氷原を見た。


「わかっちゃいたけど全然寒くないのな」

「当然だろう、僕が周辺温度を適切に調整しているからな。月面に踏み入った時と同じだ」

「そういや絶対零度ってヤツだったよな、宇宙って」


 今、一郎はシロガネの掌の上に立っている。シロガネが展開したワープゲートを通り、南極へ来たのだ。


「で、問題の装置がアレか」


 右手をひさしに、一郎は見上げる。

 前方。白一色の氷原にまったく溶け込む気配のない、異星の構造物を。

 時折光の線が走る、黒色の巨大な塔を。


「でっけえなあ」

「そうだな。単純な高さだけならフランスのエッフェル塔に匹敵する」

「つまり、三百メートル近くあるのか? そんなデカイもんがどうやって」


 ここまで来たんだ。そう一郎が言い切るより先に、塔が答えた。

 浮いたのだ。音も無く、ふわりと。


「既に知っていると思うが、疑似重力制御は知性群でも連合でもありふれた技術の一つだ。マス・ロッドが良い例だな」

「ああ、うん。そうやって飛んで来たワケね」


 左拳を握るシロガネ。腕を組む一郎。二人が見据える中、塔は変形を始める。

 横倒しになったかと思うと、中央部装甲が展開して四本の巨大な腕が出現。更に三角錐状だった先端部が開き、赤い眼光と巨大な口が現れる。一直線だった塔は蛇じみて柔軟な動きを見せ、体表を走る光はいよいよ激しさを増す。

 それは最早、異星文明の手による異形の首長竜であった。塔の姿は待機状態だったのだ。


「野生のワープゲート発生装置ってのは凶暴なんだな」

「正確にはあれの内部に搭載されているんだ。あの機体、トルーゴォ型の外観が凶暴なのは認めるがね」

「そして調査のため内部に踏み込んだ所、閉じ込められて難儀しているのが僕達と言う訳です」


 気づけば何の前触れも無く、ティルハが一郎の隣に立っている。彼の身体は仮想質量体であり、言わば触れる立体映像だ。適切なネットワークと投射設備があれば、理論上どこにでも出現する事が出来る。今回はシロガネを経由して現れている格好だ。二重環惑星連合のティルハにアクセス許可する事を子規は渋ったが、結局は一郎の頼みに折れた。協力者という立場上、地球人である一郎の決定を覆せないのだ。

 そんな子規の、現シロガネの歯がゆさを知りもせず、一郎はティルハに問う。


「破壊、なんてもっての外だよなやっぱ」

「勿論です。僕の本体が乗っていますし、何より地球を分断しているワープゲート発生装置を破壊してしまえば」

「元の木阿弥にも程がある、か」


 右手をひさしに、一郎はトルーゴォ型を見やる。


「でも、先方はやる気満々みたいだぜ。どんどん近づいて来る」

「ですねえ」

「だからこそキミも仮想質量体を作ったんだろう、一郎」


 指摘するシロガネ。「まあな」と頷く一郎。彼は改めて自分を見下ろす。つい十分ほど前、一郎はシロガネの腹部コクピットに座った。今もそうしているのが実感として分かる。

 だが同時に、シロガネの掌に立ってもいるのだ。


『ティルハ・ジナード・アクンドラの情報から鑑みるに、キミの仮想質量体を作成するのが最も理に適っている』

『難しく考える必要はない。念じれば動くラジコンのようなものだ』


 作成前に子規からそう言われ、実際にそんな感じである事を感覚として理解した一郎である。

 あるが。


「どうにも妙な感じだなーやっぱ。身体が二つあるなんてのは」

「やろうと思えばそれ以上増やせるが?」


 シロガネがそう言うと同時、遂にトルーゴォ型がシロガネを射程に捉えた。胴体から展開する四本巨大腕の内、下二本の先端が変形。現れた巨大な砲口から、口径に相応しいビームを放って来たのだ。


「いやいいよ今は。そんな余裕無いでしょ」

「そうですね。それに生体脳を有する生物にとって、多量の仮想質量体を持つ事は推奨されません。精神に悪影響が出る確率上がりますし」


 一射、二射、三射。シロガネを狙い、容赦なく注がれるトルーゴォ型の熱線。掠めるだけで装甲を溶かそうとするエネルギーを、稲妻の如き軌道で回避するシロガネ。その掌の上で、一郎とティルハは微動だにしない。仮想質量体だからこそ出来る芸当だ。


「そもそも地球泥棒は何がしたいんだろうな? 犯行声明とか悪用の気配とか、そういうの無いの?」

「ない」

「なんにも?」

「なんにも」

「やってる事だけ抜き出したら愉快犯だな、まるで」


 渋面を作る一郎。ティルハも首を振る。


「まったくです。だから連合内の足並みが揃わないのですよ」

「でもさ。地球の残り時間があと二十時間くらいって情報を流せば、流石に状況動くんじゃない?」


 ビームを乱射しながら高速突撃してくるトルーゴォ型。振り上げた上二本の腕が伸び、本体の錐揉み回転と合わせて読みにくい軌道と凄まじい速度で襲い来る。


「かもしれん。だがそれが連合内での方向性を決定付けてしまう可能性を考えると、積極的には採用したくない選択だ」

「なんで?」


 例えるならそれは、腕を生やした竜巻。一撃必殺の威力を秘める打撃の渦を、シロガネは更なる加速で回避、あるいは掻い潜る。そんなシロガネの的確さに内心舌を巻きつつ、ティルハは補足する。


「連合にとって、地球を修復する積極的な理由が無いからです。突発的な状況とは言え、連合の中心部にテルストロンの噴出地帯が現れたわけですからねえ」

「あー。地球で言うなら敷地内にいきなり油田が沸いたみたいな感じか」

「感じです。最悪の場合、いっそ本当に物理的に地球を二つにする、みたいな採択もされかねませんよ」

「だからそうなる前に、俺達だけで横槍も文句も入れられないような、状況の解決を図る必要がある、か」

「そうだな」

「そうですね」


 もう一度トルーゴォ型を見やる一郎。攻撃を全て回避された首長竜は、仕切り直しの為に回転を止め、長い身体を旋回させている。

 遠い間合い。

 だが、明らかに鈍い動き。

 隙が、ある。


「しかもそれは、地球人である俺が主導するカタチなのが一番いい」

「そうだな」

「そうですね」

「でも、だからってさあ」


 トルーゴォ型の隙に合わせ、シロガネは右手を振り被っている。野球のピッチャーのように。

 だがその手の上にあるのはボールではなく、遊馬一郎とティルハ・ジナード・アクンドラの仮想質量体であり。


「こんなやり方で乗り込むのもどうかと思うんアアアーッ!」


 その二人を、シロガネはトルーゴォ型目掛けて、躊躇なく投擲した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る