叔母と呼ぶな、王子よ。

 

 ざわついた会場。私が目立つことをするのは珍しいのだろう。ヒソヒソと小声で話しているのが聞こえた。

 「太公陛下だ…」「パーティーにいらっしゃるとは」「甥の誕生日パーティーは来ないとまずいだろう」「国王陛下と…」などと、色々聞こえた。



「えっ、えーっと…。叔母上、なぜ止めるのですか!?こいつはベラを、未来の王妃を虐めたんですよ!」



 一瞬言い淀んだが、また威勢がある声だった。近衛兵達はほっとしたように息を吐いている。王子の暴論に付き合わせたことを申し訳なく思った。

 こいつと言い指を差す王子を見ていると、何故か陛下を思い出す。血縁だなぁ…と少し昔を思い出した。



「はぁ…叔母上と呼ぶのはお辞めなさい。クロリスと呼ぶように。

 で、何故止めるのか、でしたわよね。当然です。虐めだけで拘束するのはおかしいでしょう?証拠も何もなしにルーシェン嬢を脅迫するような形で認めさせるつもりでしたの?」



 まだまだ言いたいことはあるが一気に言っても無視されそうだ。一度言葉を止める。王子を睨むように見るのは不敬に当たるが私はこれでも太公だ。それくらいは許される。

 ぐ、と言葉に詰まる王子。まさか何も考えてないのか、と思った時、自分と王子以外の声が聞こえた。



「あの…!!いきなり何ですか、貴方。ギル様に向かって…不敬ではないんですか?それに私はそこのリコリア様に虐められたんです!」



 ルーシェン嬢の声ではない。だとすれば、とティファーレ嬢の方へと視線を向けた。おずおずと言っているが言葉の端々に私が正義!という意思を感じる。

 不敬だといえば、公式の場でティファーレ嬢がギル様と愛称で呼ぶのも不敬だが…。ちなみに、王子の名はギルベルトである。婚約者であるルーシェン嬢も殿下と呼んでいるあたり気がつかないものか。いや、自分は特別だからとか思っていそうだ。



「これでも一応、殿下の叔母に当たりますので。陛下からも許可はいただいておりますわ。そちらこそ不敬ではなくって?名も名乗らずに…。」



 残念そうな目を向けるとティファーレ嬢はぐぎぎ…なんて音がしそうな顔をしていた。

 話が進まなそうなので、彼女の事は放置しておく。隣にいる王子が何とか宥めてくれるだろう。



「それで、ルーシェン嬢。彼女の言っていた事は事実ですの?レイもよ。学園でそういう事はあったかしら?」


「ティファーレ嬢の噂はあっても、ルーシェン嬢が広めた感じではないですね。むしろルーシェン嬢が宥めているのを見た事があるくらいですよ。」


「…いいえ、太公殿下。私はティファーレ嬢とあまりお話しもしたことがありません。虐めるなどもっての外です!」


「嘘っ!!だって無視したり教科書を隠したりしたでしょ…それにギル様と仲良くなったら沢山悪口を言われたわ!」



 許さない!なんて言いながら威勢よく吠える吠える。私はティファーレ嬢に質問をしていないのに、割り込んで来て…。

 レイの淡々とした声。変に巻き込んだからだろうか。睨まれている気がする。

 あ、ルーシェン嬢の目が死んでる。恐らくこれが初めてではないのだろう。これは確かに、ある種のトラウマになりそうだ。

 だけど、私としてはルーシェン嬢の口から聞こえた言葉に疑問を覚えた。



「えぇ…ヒロインってこんな子じゃなかったのに…。」



 ヒロイン?首を傾げそうになったが、本人は口から溢れている事に気がついてなさそうだ。他の方も気がついた様子はないのでスルーしておく。



「ほら、ベラもそう言っているじゃないか!おば…クロリス殿もこれは虐めだと思いますよね!?」


「虐め…まぁそうですね。本人が言うなら虐めでしょうね。ですが、それは本当にルーシェン嬢が行ったのですか?」


「いいえっ!少なくとも悪口や教科書を隠したりには身に覚えがありません。無視に関しては、その、あまりにも礼儀がなっていないので誤魔化したりした事はあるかも知れませんが…。」



 言いずらそうに口にするルーシェン嬢。彼女自身に身に覚えがなくとも、その誤魔化しに煽動された取り巻きが無視を行っていてもおかしくないのだろう。彼女が申し訳なさそうにしているのはきっとそのせいだ。



「…わかりました。一先ず、虐めについては置いておきましょう。彼女だけの責任ではありませんし、詳しく調べなくてなりません。婚約破棄騒動に関しても本人同士で決めることは出来ません。」


「叔母上!それはないです。俺はベラと結婚したくて!!」


「ギル様…」



 きらきらとした目で王子を見るティファーレ嬢。その様子を見た王子は自信を取り戻したように笑顔を浮かべた。



「…だから、叔母上と呼ぶなと言っているでしょう??とにかく、これ以上お客様に恥を晒すものではありません。陛下に話しておきますので、今日は終わりになさい。」



 ため息を吐きながらそう言えば、王子はまた青ざめた。表情も顔色もよく変わること。そんな事では王になどなれませんよ、と眺めながら思う。

 ルーシェン嬢は明らかほっと安心していた。私が見ている事に気がついたのか、慌ててカテーシをすると会場から出て行った。



 誕生日パーティーだというのに、祝われる側の人間があんな騒動を起こすとは。もうこれ以上続ける必要もない。

 私は王子達から離れ、レイを連れて陛下の元へと急いだ。王子が突進する前に話さなくては。レイが疲れたような表情を浮かべていたのは気のせいだと思いたい。

 レイ、巻き込んでごめんねーっと心の中で謝っておいた。


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