第6話 おもしれー女達と俺の観察日記の始まり(加賀美視点)


 席を立ち、トイレから図書館へ帰ってくると、古典の本棚のところに長瀬の姿があった。


 何となく気になって、傍に行ってみる。

 何となく、というか実のところ、長瀬とゆっくり話してみたかったのかもしれない。いつも長瀬の傍には一ノ瀬がいるから。


「何か探してるのか?」

「あ、加賀美君。いや、集中力切れちゃったからさ、いまおさらいしているところに関連する本を何か読もうかと」

「真面目だな」

「いや~そうでもないよ。あ、加賀美君相手なら、高いところの本を取ってもらってキュンとする、なんてシチュエーションもいいな…」

 そんな戯言を聞いて、思わず溜息がでる。

「お前それ、一ノ瀬相手に俺にさせようとしてるだろ」


「なんでバレたの!?」

 なんでバレたの、じゃない。

 バレバレなのだ。

 ここ数日、入学初日からずっとこうなのだから。


「はぁ…、あのなぁ」

 ずい、と身を乗り出して、長瀬に迫る。

 長瀬の顔のすぐ横の本棚に手をかけて見下ろしてやれば、逃げられないだろう。

 最初のうちにちゃんと言っておかないと、一ノ瀬だって迷惑だろうし。

「言っとくけど、俺は別にそんなんじゃ…」

「なにしてるの?」


 背筋の凍るような声色に、ハッとなって振り向く。

茉莉に何してるの?加賀美君」

 今にも俺は病院送りにされるんじゃないかという気迫に、「あ、真姫ちゃん、これは違うんだよ」と能天気な声で弁明する長瀬。

「……席に戻りまぁーす」

 俺はそそくさとその場を離れることしかできなかった。





 それからしばらくして、俺たちが受けた学力テストの結果が貼り出された。


 1位が一ノ瀬、2位が俺、長瀬は10位だった。

 俺のことはさておいて、あいつらふたりも凄いな。


 長瀬は貼り出された順位表を見ながら、「これじゃあ加賀美君に勉強教えてもらおう作戦、ができない。うぬぬぬ。ステータスを上げすぎた弊害がここに…」なんてよく分からないことを呟いている。


 頭いいのに変な奴だよな、あいつ。


「お前、凄いな」

 順位表を見たまま、隣に立っていた一ノ瀬に正直な気持ちを伝える。

「当然よ。茉莉より勉強できないと、教えたりいざという時に頼ってもらえないでしょ」

「ふぅん」


 段々こいつの思考パターンが分かってきた気がする。

 一ノ瀬がちらりと順位表から目を逸らしてみた先は、少し離れたところでクラスメイトと喜び合っている長瀬だった。

「それ、本人に伝えたら?」

「いつも言ってるわよ」

「そうじゃなくて」

「なによ」


 この間の図書館あたりから少し俺への当たりがきつくなったな。

 思わず苦笑いになる。

 うん、段々こいつの思考パターンが読めてきた。


「あいつ、俺らのことくっつけようとしてる」

 途端に、一ノ瀬から怒気の籠ったオーラが溢れ、気迫のこもった目で睨まれた。

 緊張感のある空気に、胃がきりきりと痛みそうだ。

 俺、本当は関係ないのに。


「一ノ瀬も、苦労してるんだな」

 取り合えず、怒りを落ち着けてもらうために、気休めでも慰めてみる。

「諦める気はないわ」

「へぇ。――お前らふたりとも、面白いな。じゃあ、俺は観察させてもらうおうかな」

「やめて。見世物じゃないわ」


 真っ直ぐに一ノ瀬を見つめる。

 一ノ瀬の視界には、俺は映っているけど、映っていない。

 俺のことが全く眼中にないんだ。見てれば分かる。そういうことなんだ。


 それならそれでいい。

 すっきりする。


 俺は俺で、このふたりを今後は観察して楽しませてもらう。

「はぁ、もう、勝手にすれば」

「勝手にするさ」

 あの日途切れた一ノ瀬との繋がりが、あの日とは違ったかたちで紡ぎ出された。



(第1章おわり)

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