第43話 海戦 3

 巨大な黒いドラゴンと、それに比べれば小さな白いドラゴン。

 それらが物凄い速度で飛び回り、膨大過ぎる魔力がぶつかり合う。


 赤黒い炎が吹き荒れ、青白い雷が奔る。規模がおかしい……あんな魔法は人の域じゃ無理だ。

 お互い避けた攻撃が海を穿ち、海面が爆発する様に弾ける。

 魔法を放ちながら飛び、爪や牙で襲い掛かった。お互いが切り裂かれ、尾を叩き付けて大きく吹き飛ぶ。

 

 速度はエルちゃんが勝ってるようだけど、体格差の所為か若干力負けしてるっぽい。


 組み合う様に落ち、海を抉って舞い戻る。

 恐ろしい咆哮が何度も響いた。エルちゃんでもあんな風にドラゴンらしく叫ぶ事があるのか。


 炎と同じ様な赤黒い雷も奔った。あのドラゴン、火と雷に優れてるらしい。どっちも桁外れだ。

 エルちゃんはそれに対し、風と水をも操ってさながら嵐そのもの。


 もう戦いの余波で海も大荒れだ。強風と土砂降り。私達も嵐に直撃したみたいになってる。

 というかもう自然現象にまでなってる様な……いつの間にか真っ黒な雲が空を覆っていた。



 巻き込まれない様に逃げる、なんて遅かった。

 こんなの天変地異と言われても納得してしまう。

 私達はもう、海に放り出されない様にしがみ付いてるだけだった。


 なんとか少しずつ離れてはいるけど、荒れた海の所為で思う様に動けてないみたいだ。


「なんなんだアイツら!? あんなの見た事無いぞ!」


「どっちもそこらのドラゴンじゃねぇ! とんでもなくヤベェのが出てきやがった!」


 正体を知らなければ恐ろしいなんてものじゃないだろう。

 むしろ知ってる私からしても恐ろしい。本当に、戦いの次元が違う。

 あんなの街の1つや2つは簡単に滅ぼすだろう。


 そりゃあ化物だなんて自嘲する訳だ。

 だけど私だけは……そんな事思っちゃダメだ。どれだけ恐ろしくても、拒絶だけはしない。


 というかあのエルちゃんが本気で戦ってるんだ。

 純粋に心配しかない。綺麗だった白い身体があちこち赤く染まってる。



「こっちに来たぞ!!」


 そのエルちゃんが船の方へ大きく吹き飛ばされてきた。

 しかも巨大な赤黒い炎まで追撃として飛んでくる。

 あまりにも恐ろしい炎だ。絶望そのものの様に感じた。


 そんな炎を、エルちゃんは無理矢理に体制を変えて受けた。

 業火が爆発……その衝撃と熱風、音は凄まじい。船が大きく揺れた。


 避ける事も出来た筈なのに、あえて受ける。それはきっと、私達を護る為だ。

 避けたら船に直撃、私達は死んでいただろうから。

 もしかしたら、そうさせる為に最初から船を狙った攻撃だったのかもしれない。


 私達は思わず悲鳴を上げて死を覚悟したけれど……受けた彼女も悲鳴を上げた。

 ドラゴンの絶叫だ。揺れる船がビリビリと震えた様に感じた。


 堪らず墜落しかけた彼女は、なんとか持ち直して加速。雄叫びを上げて空に戻っていった。

 その飛び出す勢いだけでまたしても船が大きく揺れる程だった。


「俺達を護ったのか……!?」


「一体どういう……何が起きてるんだ!?」


 恐怖と絶望、混乱。訳の分からない状態でも、あえて炎を受けたという事は理解出来たらしい。

 ただしそのお陰で余計に何がなんだか分からなくなってるみたいだけど。



 エルちゃんと奴の戦いは続いてる。

 黒い翼が轟雷に貫かれ、巨体が叩き落される。だけどエルちゃんも炎に巻かれて落ちていった。


 荒れる海に水柱が2つ。

 間を置いて海が弾け、2人は飛び上がっていく。

 この短時間でもう傷が消えてるのか……


 舞う様に飛び、何度も食い付き、切り裂き、吠える。

 そんな戦いを眺めながら、私達は少しずつ離れていった。


 きっと大丈夫という思いはあるけど……それでもやっぱり心配だ。

 どうか無事で戻ってきて……








 出来得る限りの全速力で船を動かし、港に辿り着いた。

 ここまで誰1人として無駄口を叩く事は無かった。


 だけど誰もが悲痛な表情をしていた。

 なにせ子供を1人、天変地異の如く荒れる海に置き去りにしてきたのだから。

 皆の為に危険な中に飛び込んでくれた女の子を。


「クソッ……ちくしょう!」


 隣でルークが泣きそうになりながら船を殴り付けている。

 船員さん達も揃って似た様なものだった。


 私は大丈夫だと信じてるけど……こんな皆を見ていると揺らいでしまう。

 本当に……早く戻ってきてエルちゃん――



「あー……酷い目に遭った……」


 なんか隣に居た。


 いつの間に……全然気付かなかった。ていうかびっくりした。

 傷はもう無いけど、物凄く疲れてる。なんなら顔が死んでる。

 ビッショリ濡れて裸足で、なんか幽霊みたいになってるな……


「うぉおお!? お、お前……無事だったか!」


 更に隣のルークが叫ぶ。

 釣られて船員さん達も気付いて喜び出した。


 うん、まぁ……びっくりしたけど安心した。良かった……


「騒ぐな騒ぐな……本当に疲れたんだ……」


 当の本人は鬱陶しがってる。

 そりゃあんな戦いしてきたんだからね……疲れたなんてもんじゃないだろう。


 皆は謝罪から始まり、後はとにかく労って喜ぶばかりだ。

 純粋に心配されて、無事を喜んでくれてるのが分かってるんだろう。

 鬱陶しそうにしても邪険にはしてない。


「ていうかなんで、何時から船に!? めっちゃ心配したんだぞ!」


「必死に船にへばり付いてたんだよ、もういいだろ……寝たい」


 とりあえずそれっぽい事を言って誤魔化すだけにするようだ。

 実際は飛んできたか、途中から泳いできたんだろうな。

 それはそれで大変だ……本当にお疲れ様だよ。


 寝たいという言葉通り、エルちゃんはぐったりしてる。

 言いながら剣を差し出してきた。はいはい、仕舞っとけって事ね。


「アリーシャ……私はもう限界だ。荷物と一緒に私も運んでくれ」


 むしろ剣どころか全部任せるつもりだった。

 まぁいいか。こんなに弱った彼女を見るのも初めてだし。


 もう座り込んでしまった彼女を抱き上げる。

 げっ、ノーパンだ……気を付けて運ばないと。


 全くもう、何時になったら……いや元々脱いでたんだから穿いてたらおかしいか。

 なによりそんな事に気が回らないくらいヘトヘトなんだろう。

 ていうか軽……ちっちゃ。あんな戦いをしてたドラゴンだなんてとても思えないや。


 あぁいや、感傷に浸るのは後にしよう。

 皆には申し訳ないけど、諸々の作業は任せて私達は宿に行かせてもらおうかな。



 そう伝えて、私達は荷物を取りに戻る。勿論、不満を言う人は居なかった。

 むしろ快く見送られながら船を降りて歩き出す。


 戦いがどうなったのかとか、色々聞きたい事はあるけど全部後回しだ。

 こないだとは逆で今度はエルちゃんがダウン。しっかり看病してあげなきゃ!

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