第20話 試合開始
さて、時間はドーンと飛ばして……闘技大会の当日だ。
え、早い? だってこの数日間は特別語る事も無かったし。
強いて言うなら、やたらアリーシャが張り切ってたって事くらいか。
なんだか吹っ切れた様な感じだけど、わざわざ聞く事はしてない。
やる気があるならそれでいいだろう。
逆に私は全く気負う事も無く普段通りだが、それでも色々考えてはいる。
せっかくの催しを台無しにする気は無いんでね。
これは勝負であり見せ物でもあるのだから、圧倒的な力で全てを捻じ伏せるのは違う。
どう上手く戦って盛り上げてやろうか……
多分その場の勢いでどうにかする展開にしかならないけど。
今日も今日とて、なるようになーれ。
まぁともかく、初戦が始まったんだが……これは予想外だったな。
まさかのルーク対レイナードだ。
ここでルークが負けると私の目的が1つ果たせない。
レイナードには悪いが、ルークには頑張ってもらいたいものだ。
優勝候補が相手じゃ厳しいかもしれないが。
と、そんな事を考えながらのんびり観戦していた。
が――
「あっさり負けてるぅーっ!?」
ルーク、無惨。私の思惑、霧散。
おい! ちょっと情け無さ過ぎるぞ!?
最早試合になってなかったじゃないか。
圧倒的敗北だ。語り様が無い程に酷い試合だった。
こんな一方的な試合は大会としては歓迎されないのに。
どうした騎士団長。アンタだってそれくらいは分かってるだろう。
「どうだ、思い知ったか偽物め!」
って、アンタも同じ目的かい!?
「とっくに調べはついてんだ、いつまでもくだらねぇ真似してんじゃねぇ! 大体エルヴァンの子がそんな弱ぇ訳があるか!」
いや、特別弱くは無かったと思うぞ……
アンタが強いだけでしょーよ。
多分、同じ目的でも理由は違うだろうな。
私に憧れてくれてるらしいから、子を騙って調子に乗ってるのが我慢ならなかったのかもしれない。
それで丁度良くルークが参加するという話を聞きつけたあの日、思い立ってすぐに登録に来ていた訳だ。
そういえば受付で話し込んでたとも言ってた。受付と言うより運営のお偉いさんの事だったのかもしれないな。
その時にこの組み合わせを仕組んだんだろう。偶然とは思えない。
印象強く残り、且つ他の試合の流れを盛り下げない初戦でやりたかった……とか。
騎士団長って立場なら、何かしら適当な理由を付ければ通るだろう。
「これで誰もが分かっただろうよ! さぁ行くぞ、これで終わりじゃねぇからな! 虚偽は普通に犯罪だ馬鹿野郎!」
あ、引き摺ってった。
虚偽って程に周到じゃなかったが……まぁ自業自得だしどうでもいいか。
はぁ……しかしやられたな。楽しみを横取りされるとは思わなかった。
何してくれとんじゃ、あのおっさん。
*
若干やる気が下がったが、それでも私にはもう1つの目的がある。
その為にもちゃんと戦って勝ち抜けた。無駄に苦労したけどな。
どいつもこいつも、私の見た目で油断しまくりなのだ。
まずは認識を改めさせる所から始まり、それから良い感じに試合を運んで勝つ……という余計な手間が掛かってしまった。
そりゃあ子供相手に一切の油断をしない奴の方が少ない。むしろ居るのかってくらいだ。
けどそれは実力を知らない初見の場合だろう。
何故2回戦以降の奴らまで油断しているのか。
今までの試合で何を見てきたんだ。
参加者が少なくなったどころか、レベルもかなり下がってる様に感じる。
実力の話じゃなく意識的な面ではあるが……これじゃ廃れるのも当然かもしれない。
しかしそんな事は今はどうでもいい。
それくらいの楽しみがやってきた。
これから始まるのは準決勝、相手はレイナード。
少なくともこの場では頭抜けた実力の持ち主。良い戦いが出来そうだ。
それに……八つ当たりしたかった所だしな。
そして驚くべき事に、アリーシャもここまで勝ち進んでいる。
まだまだ眠った力は目覚めていないというのに……正直予想外だ。
とは言えどの試合も辛勝。かなりギリギリの戦いだった。
それでも、つい先程わざわざ私に宣言してきたのだ。
『次も勝ってみせる。そうして決勝でエルちゃんと戦う。全身全霊で挑むから、受け止めて』
今までに見せた事の無い、何処か覚悟を決めた様な顔でそう言い切った。
最初は及び腰だった癖に、一体何があったのやら。
あの様子ならきっと勝つだろう。
なんなら戦いながら成長してるまであるからな。
あぁ……本当に楽しみだ。
「ん? 何を笑ってる?」
おっと、今はレイナードに集中しようか。
試合開始は秒読み……まぁルール上は入場した時点で開始だから、後は私達のタイミングなんだが。まずは挨拶ってね。
「いや、これで八つ当たりが出来るなーって。ルークを見せしめにぶっ飛ばすつもりだったのに、何処かの誰かが横取りしていったからな」
「そりゃ……すまなかったな」
とりあえず文句の1つくらいは言わせてもらおう。横取りされたのは事実だしな。
するとレイナードは苦笑して謝ってきた。
後でルークがどうなったのか聞いて……いや見に行ってみようか。ついでに1発ぶん殴ろう。
「アイツの事、分かってたならさっさと訂正すれば良かったのに」
それはそれとして、手を打たずに今日まで泳がせていた理由はなんなのか。
気になっていたからこれも聞いておこうか。
「彼の故郷と歳、逆算して当時のエルヴァンの足取りを調べてたんだよ。万が一本当だったら大変だからな」
「そこまでするの?」
なんだ、ただ慎重だっただけか。
予想以上にしっかり調べ上げてから動いていたらしい。
そこまでしなくても良さそうなもんだけど……
「確かに、先んじて流れてた噂だってよくよく調べれば小さな女の子の事だった。けどエルヴァンが居ない以上、ある程度の確証が無きゃあな……」
「迷惑掛けるねぇ……」
あぁ……まぁ、結局そこだよな。
なんにしろエルヴァンが居ないから面倒になってしまってる訳だ。
いやー、悪いね。お疲れさん。
「なに、そんなもんはこの試合が吹き飛ばしてくれるだろ。ふふ……アイツをぶっ倒すだけのつもりだったのに、君を見ていたら珍しく滾って勝ち進んじまった」
どうやら彼も戦う事が楽しみらしい。
強い奴ってのはどうしてこうなんだろうな。
いや、逆か。こうだから強くなれる……のかもしれない。
私だって昔から戦う事そのものは好きだったしな。
「全く末恐ろしい子だ……さぞ楽しませてくれるだろうな」
喋りながらもレイナードが剣を構えた。
挨拶は終わりだな。
緩かった空気が一気に張り詰めていくのが分かる。
「誰の子だと思ってる。というかアンタも言ってたじゃないか……エルヴァンの子が弱い訳が無い、ってさ」
合わせて私も剣を構えた事で、張り詰めた空気は観客にまで伝搬する。
勿論お互いの剣は刃の無い物。
なのに今にも切り裂かれそうな程の闘気がぶつかり合う。
彼は昔の私と同じ大振りな剣。憧れているからなのか?
対し私は極一般的なサイズだ。それでもやはり私の体だと大きく感じる。
「それもそうだな――けど俺は子供だからって油断しねぇ……征くぞ」
レイナードの気迫に満ちた低い声が、音の消えた会場で静かに響く。
ああ、こっちこそ……征くぞ。
そして何を合図にする事も無く、お互いに力強く1歩を踏み込んだ。
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