お嬢様部 〜パクパクですわ!〜

R884

第1話 ごきげんよう

三つ星学園お嬢様部


港町神戸にある名門 三つ星学園高等部にはお嬢様部なる部活が存在している。

元々お嬢様や御曹司が数多く集まる学園ではあるが、その中でも選りすぐりの財力と人脈を備えたお嬢様による部活動として学園内外で絶大な権力を誇っているのだ。ちなみに御坊ちゃま部は存在しない、かわりと言ってはなんだが王子部がある。


お嬢様によるお嬢様のための華麗な世界、

そんなベェリーーーーーーィエレガントな世界を世に広めるべく存在する、

それがお嬢様部である!


ドドォーーーーーーーン!!







よく晴れた朝、黒塗りのメルセデスのリムジンが学園玄関の送迎ロータリーに静かに横付けされる、登校中の生徒達が皆一斉にその車を見つめた。


カチャ


運転席から降りた執事が恭(うやうや)しく後部座席のドアを開けると、スラリとした長い脚がニョキリと車内から出てくる、次に現れたのは腰まで伸びた黒髪をこれまた見事に縦ドリルにカールした女性、切長の瞳は目力に溢れ、そのスタイルは日本人離れしたプロポーションを誇っている、見た目はまるで一歩間違えれば悪役令嬢なのだが、慈愛と品に満ちた雰囲気がそうとは見させることはない。一瞬で空気が清涼なものに変わった気がした。


コツッ


「ありがとう瀬場州セバス


「ではお嬢様いってらっしゃいませ、お迎えはいつもの時間でよろしいですね」


「えっ、今日は帰りに……」


「よ・ろ・し・いですね」


「ハイ、お願いしますわ」




ザワザワ



「はぁ~、本当お綺麗ですわ」

「えぇ、それに今日はどこか野性味も感じられて一段と素敵です~」


ザワつく生徒達など気にすることなく玄関に向かうお嬢様、こんな生活を17年も続けていれば自然と慣れてしまうものである。

そんなことより気になるのは……。



「クンクン、まだ、昨日のホルモン焼きの匂いがしますわ、やっぱファブリーズをかけただけじゃ駄目ね、クリーニングに出しましょう」




第26代お嬢様部部長 西園寺エリカ。


伝統あるお嬢様部であるがその中でも今代のエースオブエース、お嬢様の中のお嬢様である、名家西園寺財閥のご令嬢、西園寺エリカはぐんを抜いて圧倒的な存在だ。

なによりも格を重んじるお嬢様部、西園寺エリカは1年生ながら入学と同時に圧倒的な支持を得て部長に就任した。

世界でも10本の指に入る大企業西園寺グループのCEO西園寺 光一こういちの一人娘、古くは公家の血を引き血統も財力も申し分ない生粋のお嬢様だ。さらに海外の英国王室には叔母も居て国際性もバッチリ、成績は常に学年10位以内(女子の中では2位)とエースを狙うどころか既にその手に掴んでいるお嬢様であった。



だが、一見完璧なお嬢様は同時に非常に残念な方でもある事を知る者は少ない。



迎賓館を思わせる豪奢な校舎、その広い廊下をコツコツと靴音を響かせ優雅に進む、突き当たりまで来ると後ろに控えていた西園寺家で侍女を務める戸田とだ郁美いくみがサッと前に出てウォルナットの重厚な扉を開いた。

扉の横で頭を下げる戸田を一瞥するとそれが当然の事のように部屋に足を運んだ、そこには学校の部室とは思えないい豪華な空間が広がっていた。学校には不釣り合いなシャンディアがキラキラと光っておられる。




「ごきげんよう西園寺様、本日もとても美しくていらっしゃいますわ」


「ごきげんよう、九条様」


「綾小路様も藤原様もごきげんよう」


エリカは部員達に挨拶しながら部室の中をキョロキョロと見渡す。


「あら、今日は伊集院様はいらしゃらないの?」


「伊集院様は本日は九州のご実家の行事でお休みとのことですわ」


「あら、鹿児島のご実家に、今日のアフタヌーンティーにお好きだとおしゃってたフーケの半熟生カステラをご用意いたしましたのに残念ですわ」


「ふふ、それはそれは、お戻りは3日後とおっしゃってましたから、きっと、伊集院様も悔しがられますわ」








窓側のいつもの席でシェイクスピアの詩集を読んでいたエリカ、その横には侍女の戸田がティーポットを持って静かに立っていた、エリカがふと顔を上げ物憂げな視線を窓の外に目を向けた。まるで1枚の絵画のような光景、エモさ満点である。



「あぁ、西園寺様はシェイクスピアの詩集が良くお似合いですわ」

「本当に、でもこの前は宮沢賢治の銀河鉄道の夜を読んで涙してらしたわ、お優しいのね」


そんな西園寺を遠巻きに小声で盛り上がる1年生部員達。当の本人はと言えば。



「それにしても、昨日なんばで食べたホルモン焼きはジューシーな脂たっぷりで美味しかったですわ、今度は違うメニューにもぜひ挑戦してみましょう」


西園寺がそんな事を考えていると、同じクラスの綾小路あやのこうじが声をかけてきた。


「あら、西園寺様、今日はグロスでもつけてらっしゃるの?唇が艶やかでいつもより色っぽいですわね」


「あぁ、それは昨日ホル…」


エリカが口を開こうとした瞬間、それを遮るように慌てて戸田が声を上げる。


「そ、そうですわ、お嬢様は従姉妹のエリー様から頂いたリップを大変気に入られて!!」


「あ、あら、戸田さん、そうですの?で、エリーさんとはどなた?」


「イギリス王室のエリー王女ですわ、お嬢様と大変仲がよろしいんですよ!」


「あら、イギリスの」


綾小路がなにやら納得したように頷いている。




コソッ「戸田、人の話を遮るのはお行儀が悪いですわよ」


「お嬢様のイメージを守るためでございます」


「イメージ?」


「普通のご令嬢はホルモン焼きなどお食べになられません」


「あら?でもエリーは前にトンコツラーメンも喜んで食べてましたわよ」


「それはお嬢様の悪影響ですわ!あぁ、こんど女王様(エリーのお母様)に会うのが怖い!」


ガシィ、エリカの肩に手をかける戸田。


「他には何も隠してませんよね?お願いだからないって言ってください!」


「新世界で九州出身の店主が作ってくれた炭火焼き鳥は大変美味しかったですわ~、ホッピーとの相性がまた抜群で~」


「うあぁあああぁ~〜〜〜!また奥様に叱られますぅ!!」


頭を抱え器用に声にならない絶叫を上げる戸田。


「もう、大袈裟ですわね戸田は」




そんな絶叫している戸田などおかまいなしに、エリカは昨日の出来事を思い出していた。




大阪難波の道頓堀赤鬼。その店先で一人の美少女が店主に熱い視線を送っていた、言うまでもなく西園寺エリカだ。


ジュッ


熱い!


熱気を含んだ空気がユラリと立ち昇り視界が揺れる。

これから壮絶な熱い戦いが始まると思うと心臓のドキドキが止まらない。鉢巻を巻いた精悍な叔父様が鉄板の窪みに油を引くと、出汁がたっぷりのトロトロの生地を満遍なく凄い速さで流し込んでゆく、あの手首の小刻みな動き、出来る。

鰹出汁の香りが熱せられた鉄板の上で一気に爆発する、なんと魅惑的な香りだろうか、天かすと細かく刻まれた紅生姜がばら撒かれる、ん、あのピンク色は桜海老でしょうか、お相撲の砂かぶり席のように身を乗り出してじっと見つめる。

さぁ、いよいよここで主役の登場ですわ、タコの切り身が正確にくぼみの中に次々と落とし込まれてゆく。

少し気泡が浮いてきた生地をピックで切るように分けてゆく、ここからは時間との勝負だ、器用にピックを動かし窪み一つ一つの形を整える、クルクルと鉄板の上で回転し球形になってゆく様はいつ見ても魔法のようで心が踊る。仕上げのサラダ油が表面をカリッと香ばしく焼き上げる。

カカカッとピックで舟皿に乗せられ刷毛でソースが塗られる、仕上げに磯の香りがする青海苔と花鰹をかければ芸術品の完成だ。この香り、ソースはやっぱりヘルメスでしょうか。


「ほいよ、別嬪のお嬢ちゃん!お嬢ちゃん可愛いから2個おまけだ!!」

「あ、ありがとうございますわ」


ゴクリ

ユラユラと踊る花鰹につばを飲む。


「では焼きたての熱々をいただくとしましょう」


パクッ


「んん~~~~~~~~~~~~~っ!!」







「なぁ、あそこでたこ焼き食ってる姉ちゃんめっちゃ可愛くね」

「へっ、マジ可愛い、超脚長ぇ!」

「あのくまモンのモンキー、あの姉ちゃんのかな?」

「メット被ってるしそうじゃね」

「でもあの制服、三つ星学園だぞ」

「えっ、流石にバッタもんだろ、あそこはお嬢様、御坊ちゃまが通う学校だろ、あんな所でたこ焼きなんか食わねぇって」


「にしても、美味そうに食うなぁ」


グゥゥゥゥ


「俺らも食うか?」

「そだな」





黒と赤にカラーリングされたホンダ モンキー、ガソリンタンクにはお気に入りのくまモンのエンブレム、西園寺エリカの愛車である。以前父親と一緒にホンダの工場視察行った時、飾ってあったものだが可愛い可愛いと誉めまくったら翌日には家に届けられた物だ。

たこ焼きを堪能しそろそろ帰ろうとキックペダルを長い脚で蹴り下ろせばトトトと小気味よいエンジン音で鳴き始めた。


さてと、ハンドルに手をかけた時。


キキィーーーーーーッ

「あぶねえぞババア!!死にてえのか!!」


青信号を渡ろうとしていたお婆ちゃんとお孫さんが信号無視の車にあわや轢かれる所だった、だが驚いて転んでしまったお婆さんは腰を打ったのか動けないようだ。それにしても


「なんと品の無い……」


エリカはエンジンを切り、お婆さんに駆け寄り声をかける。


「大丈夫ですかお婆さん?」

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