第38話 出迎

「本当に、行くの?」

「どっちにしろ家には居られないんだ」

「そうじゃなくて……」

「一晩寝ても気持ちは変わってない」


 スーツケースに圧縮袋を詰め込んで、秀は無理矢理ファスナーを下ろした。部屋のドアに心配そうにもたれる母親は、充血した目を押さえて顔を埋める。


「どうしてこんな事に……」

「ごめん、母さん」

「考え直してくれないの?」

「ごめん」

「こんな形で、外に出てきて欲しくなかった」

「ごめん」


 震える母親の肩に手を置きかけたが、秀はその手を引っ込める。そして固く閉ざされた父の仮部屋の前で、彼は目線を落とした。

 ドアの奥で物音がする。何かが床に落とされる音だろう、そして妙に甘ったるい匂いと鼻をつくような香りが漂ってきた。

 秀は大きく息を吸って、肺に溜める。一度吐き出してからまた吸うを何度か繰り返して、手の甲をドアに近づけてから、握り直した。


「父さん、俺行くよ」

「……」

「寝ても考えても、俺やりたいんだ」

「……」

「……身体……。いや、ごめんなさい」


 スーツケースの取手を掴む。抱えてドアを出た彼は、一瞥もせずに仮説アパートを後にした。



 指定された駅のターミナルに到着した秀は、名刺の裏に書かれたメモ書きを読む。彼の過去の記憶でもドラマの世界でしか見ない、古びた連絡方法だった。


「お待たせしました」


 予定時刻になり、二台のクラウンが秀の前に停車する。颯爽と前方の車から下車した人物は、程よく焼けた顔を朗らかに崩した。


「初めまして、になりますかね」

「は、はい」

「警視庁次世代機械対策本部・第四整備隊に所属するラーマ・チャンと申します。臨時行動隊の後方待機員バックアップも兼任しています」

「え、あー、ま松代秀です」

「よろしく。自分はインド出身ですが、かれこれ日本に来て二十年経ちました。心は日本人だと思って頂けると幸いです」

「は、いえ。こ、ちらこそ」


 二台目のクラウンの運転席から降りたのは、やはりインド人の風貌の男性だ。こちらは秀は顔を見知っている。


「貴方は……」

「よっ、兄ちゃん。また会えたな」

「あの時会いましたね」

「ジュニア。ちゃんとご挨拶しろ」

「わかってるよ兄貴。感動の再会だぜ?」

「大袈裟な表現はよせ」

「わーった、わーた。コムラム・Jr.。皆からはジュニアと呼ばれている。仲良くやろうぜ!」

「は、はい!」

「おお。いい返事だ。見た目よりもしっかりしてるじゃないの」

「おい。仮にも歳上だぞ」

「うるっせぇなぁ。へへ、早速だが喉乾いてないか?色々仕込んできたんだ、ラッシーは好きですかい?」

「ジュニア、後回しで構わないだろう。所属を伝えろ」

「んなもの要らねーだろ兄貴よ」

「どこの奴か分からない男を、どうして信用する」 

「俺は一目で好かれる性質だろ?平気平気……わーったっての。えー……んと、警視庁、警備課……いや、臨時課?」

「警視庁。次世代機械。対応本部。第四整備隊。ッホン。我々二人は裏方です。貴方を含めた臨時行動隊のGDMを、問題なく作動させる為に」


 ぶーくさ文句を言うジュニアを注意するラーマの肩を叩いたのは、初老の男性だ。


「こいつは頼りになる。ジュニアは、まぁボチボチだ」

「ひでーぜ大将」

「俺は野村正彦。能書しょっぴくと、臨時行動隊で専属医師をしておる。専門は内科医だが、昔脳外科で研修を積んだ事もあってな」

「あっ、じゃあ」

「何故、臨時行動隊預かりになっちまったか。少しは察しがついたようじゃねえか」


 ヒョロ長い背丈の彼と握手をすると、今度は小柄な初老の女性が手を取ってくる。


「ほう。こうして見ると年の割に、悪く無いね」

「ハァ……」

「鍛え甲斐がありそうだってことさ。臨時行動隊付きの第四整備隊を指揮する、野村真智子隊長だ。長い付き合いになるよ」

「あの、よろしくお願いします」

「今時珍しく啖呵を切ったそうじゃないか。ええ?」

「ノリってか、ノリではないんですけど、まぁ……」

「私に任せときな。ノリだろうが何だろうが、ついてこさせるよ」


 逞しい握手であるが、何故か秀は背中に冷や汗を感じた。苦笑する男性陣の反応も疑問であるが、後で聞こうと秀は思う。


「来たのですね」

「はい」

「覚悟は……聞く方が野暮、でしょうか」

「してきたつもりです」

「つもりは困ります」

「してきました」

「フン」


 香草煙草の電源をつけた千恵は、鼻を抜けるような香りの水蒸気を吐きながら、秀に手を差し出した。


「歓迎します。以後お見知り置きを」

「よろしくお願いします」


 そしてクラウンの後部座席が開かれた時だ。


「お母様ですね」


 ラーマの一言に、秀は心拍数を上げる。背後を振り向くか迷う彼は、その場で固まってしまった。


「警視庁次世代機械対策本部・第四整備隊所属の、ラーマ・チャンと申します。息子さんの後方支援を担当するものです」

「……八代秀の母親でございます」

「失礼ながら、身の上話を。自分には兄弟姉妹が十五人おります。来月には、また新しく」

「それは、それはまた」

「離れていても、我が家族は一心同体。だからこそ、今回の決断におけるお母様の心境、他人ながら少しは察しているつもりです。

 息子さんの安全は私が全力を尽くして御守りする事を、約束します」

「どうも。同じく整備隊所属のコムラム・Jr.です。俺も兄弟が十三人居て、五人目と六人目の双子の姉妹が彼と同じく、今年に働きに出てしまう。これもまた何かの縁、ドンと任せてください!!」


 秀はクラウンの後部座席のフレームを掴んだ。そして滲む視界の中、彼は意を決して背中の線上にいる人に言葉を向ける。


「……行ってきます」



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