第48話 天弓の翼4


 従属の印で捕らえられた火竜は、火の巫女を守る精霊としてルミエラの身に宿っていた。

 青竜のもたらした青玉に心を静められて――




 ◇

 


 

「魔族のわたくしが言うのもなんですがねぇ。人間の心の力は、ものすごいんですよ」

「うん。魔王のオレを優しく抱きしめるぐらいに、強いものだ」


 宙から降りてきたジャムゥは、ポエナの身体を脇に抱えたままだ。

  

「ぐ……ぎ……が、わた、くし……?」

「ましてや恋心なんて、その最たるもの。どうですか。苦しいでしょう」

「な……ばか……な、ルミエラが、起きた……だと」

「アウシュニャは、恋や愛を好む」


 ジャムゥがそんなことも知らないのか、という呆れの態度で語る。


「それをもてあそんだおまえは、逆鱗げきりんに触れたんだ」

「火竜の逆鱗に触れたということは、青竜も怒らせたことになりますねえ。つがいですから」

「!!」


 アモンが、大げさにやれやれと肩を竦めてみせる。


無窮むきゅうの賢者が見下みくだした精霊の力。どうなることやら、見ものですね」


 すると、まるでタイミングを合わせたかのように、ハンスに預けていた宰相直通の音石が慌ただしく鳴り響き始めた。


「アモン殿! 帝国から伝令が届いたっ」


 最後列でシーラ王女を警護しているハンスが、叫ぶ。


「独立都市ウェリタスで河川かせんが氾濫! 同時に、多数の火災が起きている模様! 被害は甚大じんだい!」

「ぐ、ぎ、ぎ」

「あらあら、それは大変ですねえ。魔導士団の主力、ほぼここにいるのでは?」


 アモンが崖上に片目だけ目線を投げる。


「どうしますか。賢者殿」

「く、そ……」


 賢者のが居ると思われるウェリタスを未曾有みぞうの大災害が襲っているなら、こちらに構っている余裕はなくなる。

 

 ふ、とルミエラが気絶するのを、アモンは咄嗟に駆け寄って受け止めた。

 横からジャムゥが、体内の魂がひとつになったことを確認し、頷く。


「はあ。骨が折れましたねえ。火竜が先に出て行ってくれてよかったです。魔法対決にならなくてホッとしましたよ」

「そうか? うずうずしてただろう。尻尾出てるぞアモン」

「これは失敬」


 揺れる黒猫の尾をそのままに、アモンは崖上を見つめる。


「マイロード。いかがいたしましょう」

「うん。あいつらを、連れて行ってくれるか」

「仰せのままに」

「無事帰ってきたら、なでなでぎゅーってしてやるぞ」

「!!」


 アモンは瞳をギラつかせてから、深深と臣下の礼をする。

 

 それからルミエラをシーラとハンスに託し、ニドヘグへと姿を変え、気絶したままのポエナの首元を噛んで持ち上げるや、崖上へ飛び立った。


 ジャムゥもそれに帯同し、ウェリタスへ戻るよう魔導士団を説き伏せる。――先程までのジャムゥとアモンの行動を見ていた彼らは、自分たちの音石から流れてくる逼迫ひっぱくした状況も相まって、素直に従った。

 

 アモンと、アモンが新たに呼び出した魔族が魔導士たちを背に乗せ次々飛び立っていくのを、ハンスは不思議な気持ちで見送るしかできない。


「はんす」

「はっ」


 そうして戻ってきたジャムゥは、地面にうつぶせに倒れているアナテマを指さす。

 

「オレの魔法は、あいつの時を止めただけだ。治療、頼んでいいか?」


 ハンスは目を潤ませると、ただただ、こうべを垂れた。


 


 ◇

 



「はあ。後ろはなんとかなったみたいだね、ゲンさん」

「うひー。あっちもこっちもヤバかったなあ」

「集中していこう!」

「おう!」


 何度切り落としても蘇る生首に嫌気がさしているふたりは、決定打に欠けたまま戦い続けていた。


「はらが~~~~へった、なあ~~~~~~~~~~~~」

ブラインド目くらまし!」


 

 ――ぼわん!

 


「み~えな~~~い~~~~~~」


 シュカの魔法が全ての視界を遮ったものの、それでもめげず、


「おいしそ~な~~~にお~~~い~~~~~」


 息遣いや体温を目当てに、ガチガチと歯を鳴らしながら襲ってくるのに、


インフェルヌス地獄の業火!」


 シュカがさらに、強烈な火魔法で反撃する。


「あぎゃ~~~あ~づ~~~~い~~~えへへへ~~~~~~」


 ところが、攻撃の勢いはとどまるところを知らない。

 それどころかまき散らされた猛毒を吸った人間の騎士たちは倒れ、魔族たちも膝を突いている。

 

「ち、醜悪極まってやがる!」

「ジャムゥ! ハンス! みんな危険だ、下がらせて! ウルヒ! もっと風を!」

「わかった」

「はっ!」

ハウ・カハ強い風!」


 シュカによる瞬時の判断が、なんとか戦況をこの場に押しとどめている。


「ったくよぉ、厄介なもんになりやがって」

「せめて。せめて急所が分かれば」


 前衛にジャムゥも加わり、

ホーマ!」

 次々攻撃魔法を放つ。


 ――が、やはりダメージを受けている様子は無い。


ドゥルガー究極破壊魔法、するか?」

「それ……は」


 ジャムゥの提案に、シュカは眉根を寄せる。

 前世において、魔王城でその魔法を喰らった勇者パーティ。ヨルゲンは片腕を失い、城ごと木っ端微塵となった、まさに究極の魔法である。無国地帯とはいえ、ここで放たれれば犠牲は計り知れないだろう。


「待てジャムゥ。カルラは、魔王の力が必要だと言った」


 背後からウルヒが、冷静な声で意見を出す。


「もしかして、召喚、じゃないか?」

「!!」

「そうか。オレがいないとできない!」


 ヨルゲンが、『蒼海そうかい』を振るいながら叫ぶ。


「何を、呼ぶってんだよっ!」

「竜たち!」


 シュカが怒鳴った。


「キースが持ってる竜石が媒体になる! ジャムゥ、やれる!?」

「わかった……そっか、アモンいない……仕方ない。カイム」


 ものすごく不本意な顔で、ジャムゥが呼ぶと――地面に黒い魔法陣が現れ、顔全体もクチバシも真っ黒なオウム頭で、背に黒い大きな翼を持つ魔族が現れた。


「魔王様ったら! ようやくお呼びですか! ピチッチ! まったくいつまで呼ばないつもりかと、アタシはハラハラ、ハラハラ、待ってましたよ! ピチュン!」

「うわぁ」

「うへぇ」


 シュカもヨルゲンも、一瞬にしてジャムゥがカイムを呼びたがらない理由を悟る。甲高い声で早口。正直もう既にこめかみが痛い。


「召喚魔法で、竜を呼ぶのを手伝え」

「魔王様ったら簡単に言いますね! こんななんにも無いところで? ピルッ。アタシに魔法陣書けって言うんです? ピチッ。 道具も魔石もなんにもないじゃありませんか! ピチュン! まったく無茶にも程が」


 口をへの字にして押し黙るジャムゥに痺れを切らしたシュカが――キレた。

 

「あーもう! 状況見て!」

「なんです? いきなり失礼なっ! ピルッ! アタシはこれでも由緒正しき」

「それ以上無駄なおしゃべりしたら、その舌、切るからね!」

「っ」

「あれ。見える? 今話してる余裕ない。分かった?」

「ピルッチュ」

「なら、今すぐ取りかかる!」

「ピッ」


 バサバサと飛び立ち適当な場所を選定し、ブツくさ言いながらも懐から出した杖の先に魔石とインクを付けて、地面に何かを描き始めたカイム。

 ジャムゥが「やっぱり、シュカが一番怖い」と呟いた。


「ちげえねえ!」

「はっは! その通りさ」


 シュカは苦笑いしつつ「もうなんでも良いよ、平和になるなら」と皆に強化魔法をかけ直す。魔法陣の場所を守るよう、魔族たちに指示を飛ばす。召喚に備えて、背後の騎士たちに盾を構えるよう、注意喚起する。


「頑張って、ゲンさん。正念場!」

「おう!」


 グレーン国王の波状攻撃をたった一人で抑え続けているヨルゲンの疲労は、気力体力共にピークのはずだが、回復魔法を受けつつ尋常でない攻撃の嵐を見舞う。軽口を叩きながら、力強く輝く水の竜のごとく、右へ左へ縦横無尽に暴れまくっている。

 

 ウルヒはウルヒで、魔族に囲まれた安全地帯まで下がり、白フクロウの半面を着けると全力で巫女の舞を舞い始めた。


「全ての精霊へ捧ぐ! 風よ、火よ、水よ、土よ!」


 柔らかな手の動きと、激しい首と足の動きは、何もかもを愛し歓迎する、精霊の巫女の踊りだ。


「ウルヒ、綺麗だ!」


 ジャムゥの声にヨルゲンが頷きながら、より一層激しく『蒼海そうかい』を振るう。

 

「だろう! この俺の! 自慢の、嫁だかんな!!」

「ちょ! こんな時にっ」

「愛してるぜええええ!!」

「ばか!」


 ――すると、ルミエラがゆらりと起き上がり、ハンスの制止を振り切ってシーラの元を離れ、ウルヒの横に立った。


「殿下!?」


 何の異変かと身構えたウルヒに、ルミエラはしっかりとした目で告げる。

 

「わた、くしは、火の、巫女……!」

「!!」

「共に、舞を!」

「ならば、あたしのやる通りに!」

「はい!」


 シュカは胸を撫でおろし、また状況把握に意識を戻す。

 ジャムゥは魔素を集め始め、ヨルゲンは剣を振るい続けた。


「空気が、喜んでるぞ」

「っはは! 燃えてきたぜえ!」

 


 たちまち風と火の力が、周囲にみなぎってきたのを肌で感じた――

 

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