第22話 波乱の夜


 冒険者ギルドを出て宿屋へ向かう一行は、シュカとジャムゥを挟んで前をウルヒ、後ろをヨルゲンが歩いている。

 

「さて。宿屋に荷物を預けて、ジャムゥのローブとか靴とか買おうぜ」


 頭の後ろで両手を組みながら言うヨルゲンに、ウルヒも頷く。


「賛成。あたしの予備のじゃ靴ズレするから、ちゃんと合うやつを買おうね。あと眼鏡かなんかで、瞳の色は変えた方がいい」

「わかった。オレの目、だめか?」


 不安そうなジャムゥに、シュカが優しく微笑みかける。


「だめじゃないよ。でも、赤い目は魔王とか魔族のイメージが強いんだ。普通の人を怖がらせちゃうかもね。あと黒いローブは、高位魔導士の象徴でもある。目立つってだけだよ」

「こういまどうし?」


 ヨルゲンが、

「めっちゃくちゃつええ魔法使いってことだ」

 と付け足すと

「……それは、ほんとのことだけど。かくしたい」

 ジャムゥは素直に首をコクンとした。

 

「そういうこったな」


 シュカと手を繋いだままフードを被っている小さな頭を、ヨルゲンは後ろからぽんぽんと叩きながら、軽口も叩く。


「しっかしボボムのやつめ、ケチりやがって。前金が宿かよ!」

「まー、いいだろ。あたしは、風呂に入りたい。ベッドで寝たい」


 身をよじるウルヒの背中を、シュカがふふっと笑う。

 

「火がないんなら、入れないんじゃない?」

「は! そういやそうだ! ぐっはー!」

「ふろ?」

「あったかいお湯で、体を洗うことだよ」

 

 ふむ、とジャムゥが頷く。

 

「ウルヒ。オレたぶん、火がなくても魔法でお湯、つくれるぞ」

 

 振り返ったウルヒの翠の瞳が、ぴかーん! と文字通り光った。


「うおおぉ、嬉しい! んもうほこりやら汗やらでベタベタしてほんと気持ち悪いんだ」

「おーおー。きったねえな」

「あ!? きったねえおっさんにだけは、言われたくないね!」

「ちょっとー。僕らを挟んで喧嘩しないでよ」

「オレも……きたない?」

「「うっ」」

 

 ジャムゥにすっかり毒気を抜かれた大人ふたりは、それからすごすごと大人しく宿屋に入った。


「ウルヒ、ひとりの部屋?」

「あーうん。えっとね……」

「ヨルゲンといっしょ、じゃないのか?」

「「じゃない」」

「あー……僕はそれでもいいよ?」

「「良くない」」

「そう?」

 

 と、部屋割りでひと悶着? あったものの、シュカ、ヨルゲン、ジャムゥの三人と、ウルヒ一人の二部屋に収まった。

 

 それから買い物に出た四人は、まず防具屋へ向かい、ジャムゥのローブを新調することにした。

 

 大帝国コルセアの誇る皇都はさすが大規模な商店街があり、武器などの装備、小物や食料などなんでも手に入る。


 レンガ作りの街並みや行き交う人々、窓から見える珍しい品々に、ジャムゥはフードの中の目を輝かせながら歩いている。

 

「黒髪だしなんでも似合うけど。好きな色ある?」

「シュカと同じがいい」

「ふふ。僕の装備とはちょっと違う方がいいから……色だけ合わせようね」


 細かい刺繍が入った青い魔導士ローブに茶色いズボン、革のブーツを買う。瞳の色を隠す眼鏡は、試しに掛けさせてみたものの、邪魔だと文句を言われたので――

 

「じゃあ、カルラに幻惑のピアス作ってもらおっか」

 

 宝飾店で青い魔石のピアスを買った。

 ひし形にカットされ金で縁取られた大きなもので、動く度にゆらゆら揺れる。

 

 とりあえず、とシュカがその場で着けてあげていると、陳列された色々なアクセサリーを見ながらウルヒが言い出す。

 

「ふむ。パーティの証明的な何かも欲しいな」

「ああ。メンバーだって嘘つくやつ、出てくるだろうしな」

 

 ヨルゲンも、腕組みをしながらそれに同意した。その態度を見て、過去に何かあったのかなとシュカは想像する。

 高ランクパーティとして名が売れると、名声に便乗する詐欺も横行するのだ。

 

「オレ……これがいい……!」


 ディスプレイされていた、両翼の形をした銀のネックレスを指さして、ジャムゥがキラキラした目を向けたので、シュカはにっこり頷いた。


「うん。じゃあこれにも魔石を付けてもらおうか」

 

 その場で職人に、翼の下にぶら下がるチャームのような小さな石を付けてもらう。

 ヨルゲンは青、ウルヒは緑、ジャムゥは赤、そしてシュカは黒い石だ。


「なるほど、瞳の色か。でもなんで魔石にしたんだ?」

 

 配られたネックレスを眼前に持ち上げて眺めながらヨルゲンが問うと、シュカは自身の考えをするすると吐き出す。


「後でカルラに音石にしてもらおうと思ってね。そしたら万が一離れ離れになっても……あ」


 だが途中で、を思い出し、口の動きが止まる。何やら徐々に高まる殺気を感じるのは気のせいだろう。ヨルゲンの顔が若干青く見えるのも、きっと気のせいだ。


「それ以上言うな」

「えーっと」

「言うなっつってんだろ!」


 なぜか慌て始めるヨルゲンの背後で、両腕を組んで仁王立ちをしているウルヒがいる。ゴゴゴゴ、と風が渦巻いている気がするのも、気のせいだろう。


「まさか嫌とは言わないよねぇ?」

「はひ。言いません」

「なら良いけどぉ。後ろめたいことでもあるのかしらぁ?」

「ひぃえっ、滅相もございませんっ」


 かつて、こんなに小さくなった剣聖を見たことがあっただろうか。


「なあ。ゲンは、なんで怒られてるんだ?」

「ふっふ。さて、なんでだろうね。ふっふ」


 シュカはしばらく、波打つ腹筋を抑えることができなかった。




 ◇



 

 その夜。

 宿屋の部屋、窓際に置かれた大きな木のタライの前。

 

 ぐつぐつと煮えたぎったマグマのような湯を目にしたヨルゲンが、滝のような汗を流しながら「人肌の温度にしろ」とジャムゥを教育しつつ、なんとか久しぶりの風呂を堪能すべく、服を脱ぐ。


 衝立ついたての向こう側では、シュカが買ってきたものを整頓したり、キースに餌をやったりしている。

 

「おし。入り方教えてやるから、お前も脱げ」

「わかった」

 

 素直に服を脱ぎ始めたジャムゥが、ローブを脱いでヨルゲンの真似をしてバサリと衝立の上に掛け、ストンとズボンと下着を床に落としたところで――ヨルゲンは固まった。


「……!?!?!?!?」

「どうした、ゲン。ん? その足の間に生えてるのは、なんだ? オレ、ないぞ」

「……ない……だと……?」

「?」


 よろけたヨルゲンの体に当たった衝立が、倒れてバン! と大きな音を立て、驚いたキースがバサバサと翼をはためかせて窓台に避難する。


 真っ裸で愕然がくぜんとするヨルゲンと、キョトンとしているジャムゥを見たシュカは。

 

「えっ!? おおおお女の子だっ……あ、いけないっえっと、わわわ」

 

 声は冷静なものの、タオルを探して珍しく右往左往した。


「なあゲンってば。それ、なに?」

「指さすなーーーーーーーーーっ!!」

「オレ、ないぞ。ほら」

「見せんなーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」

 

 

 バアンッ!


 

「あんたら、何騒いでんっ……!?!!!」

 

 騒ぎを聞きつけたウルヒが部屋に飛び込んでくるや、目を見開いて絶句し――すぐ我に返ったかと思うと、床に落ちていたローブを拾い手早く羽織らせ、問答無用で自分の部屋に連れ去っていった。

 

 まさに、風のようである。


 部屋に残された男ふたりが、しばらく呆然と突っ立っているしかできなかったのは、当然だろう(ちなみにヨルゲンは、素っ裸のままである)。

 

「……ねえ、ゲンさんさ……おぶってたよね?」

「ああ……全然……気づかんかった……」

「……そっか……」

「ゲン、ホッホー」

「キースゥッ! くっそ、否定できねえええええ!!!!!!」

 


 翌朝、宿屋の食堂で朝食を食べていると(火が使えないので、硬いパンとミルクが提供されていた)、ジャムゥが無邪気に

「ウルヒのおっぱいすごかった。オレも欲しい。どうしたら良い?」

 と大きな声で話すものだから――三人は、飲んでいたものを盛大に吹いた。



 

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 お読み頂き、ありがとうございます!

 

 シリアスが続きましたので、息抜き回でした。

 ジャムゥ、女の子だったんですね~

 フル〇ン・ヨルゲンて脳内で唱えたらツボに入ってしまい、ちょっと大変だった作者です。

(手が震えてキーボードが打てなかった)

 

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