18話:多摩動物公園ダンジョン〈2〉

 はぁ、と溜め息を漏らす。


「確かに動物要素は欲しいって言ったけどこれは無いわ」


 動物要素には勿論可愛いという属性があるわけでして⋯⋯ただの骨は可愛いとは呼べないのでは。


「ただ⋯⋯」


 そう。現在、足を止めたのにはワケしかない。

 俺から見て一番手前に位置している恐らくライオンの見た目をしている奴の顔が、今俺と目が合っている。


 正確には、合ってしまった、だ。


「あはっ、どうも⋯⋯なんて──」


 まるで落雷が落ちたような地鳴りがしたあと、ライオンが一瞬で姿を消した。

 なんとなく直感が自分の脳みそに語りかけてきている。


"もう、狙われているぞ"と。


「⋯⋯!」


 そう頭が判断した瞬間、急いでリュックを左側へと放り投げ、一回舌打ちをしてから目を細め、視野を広げながら短剣を構える。


 と同時に、俺は内心ビビリまくっていた。

 あれ? ここ初心者ダンジョンなんだよね?と。


「ふざけんなよ、いくら身体能力が上がってるからって──」


 ⋯⋯掠れたように漏れでる荒い呼吸する音。

 俺は微かに獣の呼吸音を感じた瞬間、自分の身体が無意識にその方向へと短剣をもう向けて出すところまで勝手に行っていた。


「⋯⋯?」


 自分でも驚いた。


"何故武器の経験もない自分がこんなに動けるのだろうと"


 原因は分からないが、今はそんな場合じゃない。

 頭で考えるな。これは本能に従えという直感だ。


「うっ、」

『グルルルル⋯⋯』


 半円描いて斬り落とすつもりで出した俺の短剣は、今まさにこちらの首元を抉ろうと前爪で頭上から迫りきっていた所だった。


 後少し判断が遅れていたら、自分の首は一瞬で別れていた。

 身体とは別に、精神面がガタガタになり掛けているのを感じるが、そんな場合じゃない。


「くそったれが! もっと、可愛いのを出せよ!!」

「グゥ!?」


 まずこうして膠着状態になって気付いたことが、骨だけのせいなのか、威力は思った以上に無かったことだった。


「おりゃッ!」


 不甲斐ないほど覇気のない声を発しながらライオンを全力で蹴り飛ばす。吹き飛んだライオンはそのまま5メートルほど後方にまで飛んで行き、道中にあった墓がパラパラ崩れてしまっている。


「すまん、許してくれ、亡者さんたち。今は⋯⋯自分の命が優先だ」


 やっぱり身体能力はかなり最初と比べると増えたはず。

 今の一瞬でもライオンをあそこまでも飛ばせるんだから。


「アイツ早すぎ、なら──こっちから攻めねぇと!」


 両手をクロスさせながら短剣を構え、その場で一回軽く浮き上がる。

 そして着地すると同時に、一気に吹き飛んだライオンの方へと加速する。


 ヒュォォ──!

 加速した煌星の速度は周囲の風を切り、一気にライオンとの距離を詰める。


 さっきの地鳴りみたいな音は恐らくライオンの持つ身体能力に起きて生じているスピードだろう。

⋯⋯なら、アレをされる前に攻めて攻めて攻めまくる!


 吹き飛んだライオンは、まだ体勢を整えることで精一杯。

 起き上がった時には──煌星が頭上からライオンへと短剣を振り下ろしているところだった。


キィン──!


「⋯⋯ッ!」

「ゥゥゥッ⋯⋯!!」


 まじかよ、まだやる気か?

 振り下ろした一撃は爪で防がれる。


「⋯⋯くっ!」


 もう片方の前爪が来る前に俺はその場から飛び退く。

 恐らく、ライオンは下がったと同時にこちらへと攻めてくるの気配を感じるから──


「ウゥッ!!」


 煌星がフィギュアスケート選手に引けを取らないきれいな足取りで飛び退いたその瞬間、ライオンはそれをすぐに感知して一気に爪を剥き出しにさせながらここぞとばかりに突っ込みにいく。


「よいしょっ!」


 煌星はリュックがある所まで下がり、片手で漁る。

 手にしたのは槍。


「ふぅ、やるぞ⋯⋯来い」

「ウゥッ!」


 距離僅か2m。

 煌星は"初心者"とは言えないほど冷静に状況とライオンの動きを観察しており、その双眸は──明らかに常人のソレを遥かに超えているとすら感じるほど異様な落ち着き。


 その本人の脳裏には朧気な記憶が流れる。


───

──


 昔、イジメられていた事がある。

 当時は小学生だった。

あるクラスのいじめっ子たちのターゲットが俺になった。


『いっつも人を見下したように見つめやがって⋯⋯調子に乗んなよ!』

『こっちはいつでも何でもできるんだからな!』


 そんな言葉を投げつけられていたこの時代。俺はまだ極真空手を習う前の事だった。

 正確には⋯⋯キッカケとなった出会いだったからだ。


 イジメはどんどん加速していき、ステータスの適応が始まっていた時期だったからか、中高生の先輩たちすらもが親のようにしゃしゃり出て来ていた。

 通していない自分はカスみたいな弱さであり、学校中ではそいつ等が神様のように扱われていた。


 俺はそんなモノに屈しない。

 屈してはならない。

 

『おい! 今日こそはお前死ぬぞ!』


 ある日一人のクラスメイトが兄弟を連れてきた。

 連中は明らかに強く、こちらの事をおもちゃのように見下し、嗤っていた。


"さすがに今回は死ぬかもしれない"


 """人生で今まで何故か自分が死ぬということを信じられなかった"""。


 絶対に死なないという自信。

 妄想ではなく、何故かそう思っていたが、さすがにそんな俺も⋯⋯そんな言葉が頭の中に流れていた。


そんな時だった──。

誰かがクラスメイトの兄弟の肩をポンポン叩いた。


『あぁ?』


 ボコボコに腫れ上がっていた俺を今にも殴り掛かる直前、謎の青年が止めたのだ。

 

 その青年はとても美しく、隣にいるそのゴリラ顔と比べる事が失礼な綺麗な男の人だった。

 

『なんなんだよ、お前何様のつもりだ?』

 

 今思えば、この兄弟は有名な4大クランの一つとかだったのかもしれない。しかしそんな男の脅迫にも青年は全く臆することなく煙草を吸いながらこう言った。


『よってたかってガキンチョ●●●●●一人をいたぶろうなんて趣味悪っ』

『オイオイ、お前いい加減にしろよ?』


 呆れ笑いを浮かべながら青年の方へと振り向く。

 彼の他には、沢山の仲間、鉄パイプや危ない武器まであった。

 誰もが青年を哀れんだ。


 ⋯⋯勇気と無謀は違う。

 青年の場合は無謀であり、青年もこちら側に来てしまうのだと。

⋯⋯だが、現実は違った。


 ──ドンッ!

 確かに鉄パイプが彼の体に直撃した。

 青年を嘲笑う声が木霊したが、次の瞬間──鍛冶台の上で鉄を思い切りぶん殴ったような金属音がこの場に轟いた。


 辺りは一瞬で静まった。

 次に聞こえてきたのは、さっきまであれほど笑っていた兄弟の一人が⋯⋯バタンと死んだように地面に伏した事だった。


『おい』


 青年は倒れた一人を見下ろしながら、悪魔の笑みをみせていた。

 次の瞬間、一斉に青年へと向かって殴りかかった。


 まさに数十人が一人に向かって集団リンチまがいの事をした。当然無理ゲー。

 しかし、数分の末──残ったのは青年が数十人の倒れた男たちを並べ、自分の高さに合わせて積み上げてその場に座った絵面だった。


 信じられなかった。

 青年は避ける事もせずに、数十人が自分へと向かってくる拳を両手を丸めた状態で受け止め、そのままボディービルダーと錯覚するほど大ぶりの一撃を振るった。


 すると地面に叩きつけられ、一人、また一人と⋯⋯気絶とはいえ屍の山が出来上がっていた。


『あ、ありがとうございます』

『⋯⋯ん? おー、大丈夫か?ガキンチョ』


 青年の顔は朧気で、あまり記憶にはない。

 しかし、青年の髪は真っ白だったのを覚えている。


 凄く特徴的だった。

 綺麗な髪に美しい容姿。

 加えてこの強さ。


『ぼ、僕も⋯⋯』

『ん?』

『僕も強くなれるかな!?』


 俺はきっと憧れたんだと思う。

 あの強さに。

 

 不動の強さ。

 あんな強い人達に囲まれても怯まずに淡々とぶち殺せる強さを得るにはどうすればいいのか。


『ああ、なれるさ』

『どうすれば強くなれるの!?』

『とりあえず極真空手ででもやってみれば? 俺の"知り合い"が運営している小さな道場だが、きっと強くしてくれる』

『お、お兄さんに教わる事はできないの?』

『俺のは⋯⋯武道じゃない。倒すことを目的にした術だ。教える訳にはいかない。だが、極真空手は限界まで人を強くしてくれるだろう』


 そう言って青年は立ち上がって、もうすぐ落ち行く太陽を数秒眺め、立ち去る。


『名前は何て言うの!?』


 歩く足を止め、青年⋯⋯いや、彼はこう俺の自己紹介した。












『神城仁。まぁ、会うことはないだろうが、いつか強くなれよ、ガキンチョ』


 そう振り返って彼は消えていった。

 俺は、彼のようになれるだろうか。


 それから時間が経過し、俺は道場に通った。

 先生があるとき、俺にこう言ってくれた事がある。


『昔化物みたいな奴と戦い、そして一時期共にした事がある。彼はその時⋯⋯目が全てを支配すると俺に言ってくれた。それからずっと鍛錬を怠らない』


───

──


 前爪が迫るその瞬間──腕に力が入り、槍を軌道修正しながら爪の軌道をそらし、回して柄でライオンの首を跳ね上げる。

 

「ゥグ」


 上がったその瞬間も煌星は一切目線を変えずに構えた槍をスカスカの骨の間にあるエネルギーの塊目掛けて突いた。


 バキン。

 突いたエネルギーの塊がガラスの割れた音と同じような音色を発しながら八方に散ると、骨のライオンが一瞬で霧となって霧散した。


「ハァ、ハァ」


 煌星の瞳がホッと落ち着き、異様な落ち着きの見えるものからいつもの腑抜けた光を宿した。


「危ない、マジで死ぬかと思ったわ」


 前言撤回。

 ダンジョンの初心者レベルとか⋯⋯まじで信用ならねぇわ。

 さっさと終わらせて帰るぞ。


 移動する事に身の危険を感じた俺は、急いでキラーラビットを発見すべく、離れたところから先程の場所に沸かないかどうかを眺める行動に出た。

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